ひまつぶし
「先輩どこいきます?」
重い荷物から解放されて、真宮は浮かれたように弾んでいた。俺は盛大に溜め息をついた。
「お前今日何しに来たわけ? 俺と仲良く遊ぶんじゃなくて、美咲ちゃんと仲直りのためだろ」
真宮はしまったとつぶやいた。どうやら本気で忘れていたらしい。
「おまえなぁ……」
「いいんです。美咲ちゃん最近ずっと暗い顔してたけど、今日はすごい楽しそうにしてたから」
真宮は嬉しそうな寂しそうな複雑な笑顔をしていた。いつも単純明快なこいつには珍しい。
俺は真宮の頭をポンと叩いて、笑った。
「じゃあこの時間を利用して、美咲ちゃんへのプレゼント買っておけ。後でこっそり渡せば、おまえの株もあがるぞ」
「えぇー! プ、プレゼントなんて、今までしたことないから……何あげたらいいのか……その前に突然渡されて、美咲ちゃん迷惑だったり……」
「気になる男にプレゼント渡されて、喜ばない女はいない」
きっぱりと言い切った俺に、真宮はしがみついた。
「先輩! 何買ったらいいか教えてください」
「お前が選ぶ事に意味があるんだろう」
真宮を振りほどこうとするが、必死にしがみつきながら、上目使いでお願いされてしまった。だから似合うからって男がそんな事するな!
「……高すぎるプレゼントは気を使うからダメ。美咲ちゃんも女の子なんだから、可愛い小物とかいいんじゃないか」
渋々俺は答えた。
「行ってきます」
一目散に手近な雑貨店に駆け込む真宮。女の子達ばかりの可愛らしい店に男一人でつっこむとは、なかなかチャレンジャーだ。
思いっきり馴染んでいるんだが。
「先輩! これなんてどうですか?」
真宮が選んだのはマスコットつき、携帯ストラップ。
しかもキモカワイイ系を狙ったつもりがみごとに外れてて、グロキモイ感じだ。
いっちゃった目と口から血を吐いたクマらしきキャラで、腹からリアルな内臓がはみだしている。メチャクチャ売れ残ってて、半額セールしているし。
これはさすがにプレゼントされて困るだろう。しかも携帯ストラップだと、つけないと悪い気がするし、つけたら周りから趣味悪いと思われるし。
「……こっちのほうがいいと思うけど」
手近にあった無難なクマのぬいぐるみを指差してみる。
「えぇー。普通すぎてつまらないですよ。こっちの方が可愛いし」
そのグロキモイキャラを可愛いというセンスは異常だ。
美咲ちゃんのために頑張ったが、結局あのグロキモイキャラのぬいぐるみで妥協した。
まあ携帯ストラップよりはましだろう。押し入れの奥にでも突っ込んで放置すればいいんだから。
夢見悪くなりそうな気持ち悪さだけど。
プレゼントのラッピングしてもらう間、手近な店を見渡して気になる物を見つけた。
「真宮悪い。適当に時間潰して、先行ってて」
真宮は笑顔で頷いて、そこで俺達は別れた。
俺は携帯ショップで新機種を見ながら、ぼんやり思い出していた。
紫の携帯を初めて見て、なんでそんな古い機種使ってるんだ? と聞いた時、僅かに紫は動揺していた。
機種変更するお金がもったいないとか、いくらでもごまかせたはずなのに。
それが何故だか気になった。
「何かお探しですか?」
ショップのお姉さんが愛想よく話しかけてきた。営業スマイル以上の下心含みで。
「機種を買いたいわけじゃなくて、古い機種について調べたいんですけど……」
売上に繋がりそうもない相談なのに、お姉さんはむしろやる気満々で乗り出してきた。
「おまかせください。どんな機種かわかりますか? 特徴とか」
「6~7年前に販売していたキッズ携帯なんですけど……」
俺の奇妙な相談にやる気になったお姉さんは、すぐにパソコンで調べ始めた。
しかし情報が少ない上に古過ぎる。お姉さんもまだ働いていないであろう頃の機種だ。なかなか見つからなかった。
苦戦中のお姉さんの様子に気がついたのか、裏から上司らしき中年の男性がでてきた。
「6~7年前のキッズ携帯? ……ああこれじゃないかな?」
さすがベテラン、すぐにパソコンを動かして画像を呼び出した。
その写真は確かに紫が持っていたのと同じだった。
「これです。よくすぐにわかりましたね」
「当社が他社に先駆けて、初めて作ったキッズ携帯だったので覚えてただけです」
俺はすぐに機種名やメーカーなどをメモにとった。帰ったら調べてみよう。
「さすがにこの機種の取扱い説明書とかもうないですよね」
「印刷物はありませんが、電子データのPDF版なら、当社ホームページからダウンロード可能ですよ」
頼もしい言葉に拝みたくなった。
男性はディスプレイの中の携帯を見つめながら、懐かしげに目を細める。
「ワンタッチのヘルプボタンがあって、押すとあらかじめ指定された保護者の携帯にヘルプメールが送られる機能がついてたんです」
「便利ですねぇ」
素直に感心したが、男性は苦笑していた。
「それが実際はあまり役にたたなくて。親がメールに気づかなかったり、気づいても遠くにいて間に合わなかったり」
なるほど、確かに連絡するだけなら、警察にでも繋がった方がいいかもしれない。
「最新機種ですと、警備会社と契約して、ワンタッチで最寄りの警備員が駆けつけるシステムになってます。機種変更されるならオススメですよ」
世間話をしながらさりげなく営業トークに持っていく男性に、うまいなと感心してしまった。
「6年もたったら、キッズ携帯も卒業ですよ」
「親の立場にたったら、子供はいつまでも子供で心配のタネですよ」
穏やかに話す男性の顔は、店員ではなく父親の顔になっていた。きっと子供の事を思い出しているのだろう。
そういえば紫の親ってどんな人だろう。紫そっくりの腹黒だったらやだな。