柾木譲司の場合 プロローグ
第1章はコメディ強めのお話です。あまり甘い展開は期待できません。
初投稿です。誤字脱字などありましたら、ご連絡いただけると嬉しいです。
「その手を離せ! 彼女は俺のものだ」
気づいたら柾木譲司はそう叫んでいた。
言われた男も、庇われた彼女も驚いて呆然と俺を見ている。騒がしかった周りも水を打ったように静まり返った。
しまったと思ったが引くに引けない。
彼女……もとい田辺紫の肩を、いやらしく掴む男の手を振り払い、紫の手をそっととって引き寄せた。
「大丈夫?」
戸惑う紫を安心させたくて、できるだけ優しく微笑む。
自分で言うのは嫌味で嫌なんだけど、日英ハーフの人目を引く容姿、文武両道、父親は実業家、と女性にモテる要素はいくらでもある俺は、学園の王子の異名を持っていた。
そんな俺に間近で微笑まれ、落ちない女は今までいなかった。
そう、今までは。
紫は俺の微笑みを見ても、まったく嬉しそうではなかった。そしてわずかに苛立たしげな表情を滲ませ叫ぶ。
「痛い!」
優しくつかんだはずの手を振り払われ、紫は飛ぶように逃げ出した。
そして手近にいた、先ほどのいやらしい男 ーー確か名前は鈴木だったかな?ーーとは別の、大人しそうな男子学生の胸にすがりつく。
「怖い……」
小刻みに震える紫は暴力に恐れる子供のようだった。
先ほどまで、周囲の非難は鈴木に向かっていたのに、今の紫の言動で俺に移った。特に男どもの視線が痛い。
紫に地味に隠れファンがいるって噂本当だったんだ……。などと感心している場合ではない。
誤解は速やかにとかねば。
俺はゆっくり紫に近づきながら、恐る恐る声をかけた。
「ごめん。怖がらせちゃったみたいだね」
紫は男子学生の胸からゆっくり顔あげ、振り返った。素早く周りの気配を確認し、皆が俺ばかりを見ていて、自分には注目していないことに気づいたようだ。
それからやっと俺を正面から見て、俺を嘲るような笑顔を浮かべる。その凶悪な笑顔を見て初めて悟った。コイツ、わざと俺を嵌めたな……。
先ほどまでのただ純粋に彼女を助けたいという、優しい心は砕け散った。
上等じゃないか、売られた喧嘩は買ってやる。
ここに一人の男と女の、恋愛というには恐ろしすぎる戦いが始まった。