第六話 『15歳の誕生日』
「うう、眠い…。」
早朝、眠い目を擦りながら起床する。
結局昨日は未知の知識に興奮が止まらず、あのあとしばらく寝られなかった。
しかし、図面集の『後編』を見る時間を確保するためにいつもよりも早い時間に起きた。
「あら、ハル、おはよう。今日は早起きね。
そんなに誕生日が楽しみだったのかしら?」
母さんが微笑みながら僕に挨拶をする。
「おはよう、母さん。なんか早く目が覚めちゃって」
なんて誤魔化しつつ顔を洗いに庭へ向かう。
「お父さんは朝から気合い入ってるわよ。
今ちょうどお外で薪を割ってくれているわ。挨拶してらっしゃい。」
庭からは父さんが薪を割る音が聞こえてくる。
「父さん、おはよう。」
「おお、ハル。今日は珍しく早起きだな!今日の夕食楽しみにしてろよ。
母さんが腕によりをかけてご馳走を用意してくれるからな!」
「うん!楽しみにしてるよ」
僕は顔を洗い、タオルで顔を拭きながら父さんの薪割りを眺める。
父さんの斧の振るい方にはまるで無駄がない。
構えたと思ったら、次の瞬間には薪が真っ二つに割れている。
ホント、あの技術は僕には何年かかっても真似できる気がしない。
――――
朝食を済ませ、昨日集めきれなかった薬草の採取に向かうと両親に告げる。
「誕生日の日くらい、家でゆっくりしていていいんだぞ?」
父さんがそう気遣ってくれるが、僕はトキナの山に用事があるのだ。
薬草採取以外の「別の」用事が。
「昨日、薬草が全然採れなかったからね。今日はそのリベンジだよ。」
「とか言って、またミカナの実を探しに行くんじゃないだろうな?」
「そんなことしないよ!」
そんな軽い会話をしていると、父さんが僕に告げた。
「ああ、それと、ハル。」
「どうしたの?」
「今日は、なるべく早く帰って来いよ。」
…?
何かあるのだろうか…?
「?うん、わかった。日没までには帰るね。」
まぁきっと、誕生日プレゼントとかそんな感じのことだろう。
ちょっと楽しみだな。
母さんから弁当を受け取り、こっそり『概論』も持ち、山へと向かう。
――――
山に辿り着き、ひとまず薬草集めを行う。
ユキナナの花、スズキロの根、フィリアの花。
昨日は資料に夢中になってほとんど集められなかった薬草たちだ。
採取ポイントは把握しているから、一時間もあれば十分な量を集められる。
一通り済んだら、例の部屋へ向かう。
昨日と変わらず薄暗く、埃っぽい部屋だ。
しかし、僕以外に誰かが侵入した形跡はない。
「よし…。」
僕は、『零式個体:内部構造及び魔導回路全域展開図』の『後編』を探すことにした。
――――
『前編』が非常に大きな冊子だったので、『後編』もすぐに見つかった。
小躍りしながら部屋中央のテーブルまで持ち運び、中身を広げる。
そこには人形の全体図ではなく、腕部や脚部などのパーツごとに分けられた図面があった。
両腕部は展開するとそれぞれ筒のような形状となり、脚部には非常に鋭利な剣のようなものが収納されている様子が描かれていた。
他の各部位にも刃物が収納されており、且つ剛性は保ったままその構造が作られていることがわかる。
『前編』と併せてそれらのスケッチをとり、他の研究資料にも目を通す。
『概論』を読み込んだおかげで驚くほどすんなりと知識を吸収できる。
人形が動く仕組み、その動力、そしてその性能。
学んだ知識で、また新しい知識を学ぶ。
このサイクルが心地いい。
僕は時間が過ぎるのも忘れて、資料を読み漁った。
……。
――――
ドオオォォン!!!
突然の爆発音。
同時に地面が揺れる。
「何だ!?」
僕は一目散に外へと飛び出した。
少し傾き始めた日光。あと2時間少しで日没か、という時間だった。
村の方面から黒煙が上がるのが見える。
「あれは…?…っ!父さん!母さん!」
両親の安否が心配になり、村へ走り出した。
瞬間、感じたこともないような殺気に包まれ、足が止まる。
「…!?」
その殺気の方向に目をやると、ここらには出ないような凶悪な魔物がいた。
その体躯は僕の2倍以上はあり、巨大な牙を見せつけ、四つの足からは太く鋭利な爪が見え隠れしている。
「なんでこんなところにこんな魔物が…」
その魔物がこちらに飛び掛かるのと同時に、僕は先ほどまでいた研究室へ続く亀裂の間に飛び込んだ。
背後を確認すると、僕がほんの1秒前までいた地面が大きく抉られていた。
たぶん、あの魔物にとっちゃ全く本気ではないのだろう。
僕らが害虫を払いのける同じ程度の力加減に見えた。
完全に捕食者と非捕食者の関係だ。
恐怖で足が震えた。
今飛び込んだ衝撃で足を少し捻ったか。しかし今そんな些細なこと、痛みすら感じない。
それよりも、逃げなければ殺される。
僕は、一目散に研究室へと走り出した。
――――
魔物は亀裂が狭く通りにくいのが鬱陶しいのか、岩壁へその爪を振り下ろした。
岩壁はまるで砂壁かのように崩れ落ち、魔物が通るに十分なスペースが生まれた。
「ハァ…ハァ…」
僕は研究室に逃げ込み、扉を閉めた。
鍵なんてものがあるのかは知らないが、とりあえず今は一瞬だけでもあの魔物の視界から姿を消したい。
ズシン、ズシン、と魔物の足音が研究室へと近づく。
僕は研究室の中央のテーブルの下に隠れ、ガタガタと震えていた。
どうしよう、どうしよう。
何でこんなところにあんな訳のわからない魔物が?
それより村のみんなは、父さんと母さんは無事なのか?
村も魔物に襲われている?さっきの黒煙が?
みんな無事でいてくれ…。
どうしようどうしようどうしよう…。
魔物の足音は部屋の前で止まった。
「…?」
僕がテーブルの下から少し顔を出して扉の様子を伺うと
バガァァァァン!!
轟音が研究室に鳴り響いた。
扉が粉々になりながら研究室内に飛び散る。
飛び散った扉の破片が僕の頭にぶつかる。
意識が一瞬揺らいだ。
「うぁ…」
幸い、あまり大きな破片ではなかったが、頭からはダラダラと血が流れているのがわかる。
意識が朦朧とする。でも、逃げなきゃ。どこへ?
僕が部屋を見渡し、ある場所に気づく。
『最奥の部屋』だ。
――――
僕はもつれる足でその扉に向かって走り出す。
昨日は開かなかった。
そんなことはわかっているはずだが、もうなりふり構っていられなかった。
今、外へ向かおうと魔物に突っ込めば、間違いなく殺される。
かといってあの魔物に勝てるような戦闘能力は僕にはない。
縋る思いで扉へ向かった。
背後からは魔物が本棚をガラガラと倒しながらゆっくりと近づいてくる。
僕は扉の前に到着し、ドアノブを握る。
全力でドアを開けようとするが、開かない。
「ここまでか…。」
そんなことをぼやき、額をドアに打ち付ける。
その瞬間、ドアがぼんやりと発光し始めた。
「!?」
僕がその発光に気が付くのと同時に扉が開いた。
焦る僕は考えるよりも先に、中へと逃げ込んだ。
――――
扉の先は、何もない白い空間だった。
いや、「白い」だけではない。「黒」もあった。
部屋の中央には数多の管がつながった「黒い棺」が置かれていた。
僕は、その棺へと歩み寄る。
魔物の事など、この瞬間は忘れ去ってしまっていた。
「まさか……」
ゆっくりと、その棺を覗き込む。
そこにはあの『図面』で何度も見た少女の姿があった。
服は着ていない。少女の足元に黒い服が畳まれて置いてある。
「美しい……」
ふと、そんな声が漏れた。
瞳を閉じて、まるで眠っているかのような表情をしているが、確実にそこに『人形』がいた。
ほとんど人間と見分けがつかない。
この世で最も美しいと思わせるような少女が、棺の中で眠っていた。
この胸元の紋章は…。
ボガァァン!!
「!?」
一瞬で現実へと引き戻される。
魔物は、追い詰めたぞと言わんばかりの余裕の表情でゆっくりと僕に近づく。
魔物はゆっくりとした動作で僕へ爪を振り下ろす。
僕は反射的に飛び退いて、その一撃を躱そうとするが爪が僕の肩を掠め、血飛沫を飛ばす。
「ぐっ…!!」
なおも詰め寄る魔物に、僕はもう諦めを感じていた。
今の一撃で体が動かない。意識も薄い。
せめて最後に、人形に触れようと手を伸ばした。
僕の血液が、「彼女の胸元に落ちた」。
彼女の胸元と僕の胸元が、共に発光したような気がした。
――――
僕は目を覚ます。
白い天井。白い壁。
「ああ、ついに死んだか。ここは天国か…?」
そんな独り言を呟く。
「いいえ、マスターは死んでいません。
私が脅威を排除した後、治癒魔術プログラムにて止血と傷の治癒を行いました。
安心してください。マスターはこの私が守ります。」
すぐ近くから声がする。
誰だ?
声のする方へ目をやる。
そこには短めの灰色の髪に、透き通るような紫の瞳を持ち、
黒いドレスを着た美しい少女が優雅に座り、僕を見つめていた。




