第三話 『概論』
「この図面集は…」
非常に大きな冊子だ。
僕が両手で抱えないと持ち運べないほどの大きさがある。
資料の題名からして、おそらく例の「魔導人形オートマタ」の全体の構造を表したものなのだろう。
正直、かなり恐怖している。
この冊子を開く。
それは「人殺しの道具」の全体図を目にすることになる。戦争の道具だ。
人を救うはずの薬師として、それはどうなんだ。
こんなもの、今すぐにでも燃やしてしまったほうがいいんじゃないか。
ビリビリに破いて、捨ててしまったほうがいいんじゃないのか。
誰か僕以外の人間の手に渡りでもしたら、そう考えるとこの冊子が地獄への扉のようにも思えてしまう。
「でも…。」
見たい。
今まで見たことも聞いたこともないような知識に触れる感覚。
知らない世界を知る感覚。
それが僕の恐怖心を別のモノへと変える。
好奇心だ。
「すー…はー…。」
深呼吸をする。
埃っぽい空気が僕の肺を満たし、口から抜ける。
内容を検めて、あまりにも有害性が認められるものであるならば僕が責任をもって処分しよう。
燃やしてしまおう。
自分の知的好奇心を納得させるために、適当な後処理の方法を考えて自分を納得させる。
覚悟はできた。さぁ、開くぞ。
――――
「美しい…。」
真っ先に出た感想は「美しい」だった。
冊子を開くと、そこには折りたたまれた分厚い紙が折りたたまれた状態で何枚か挟まっていた。
それらを広げてみると、僕の身長を少し超えるくらいの大きな紙になった。
部屋の中央のテーブルはこの紙を広げやすくするためにあそこまで巨大に作られたのだろう。
現に今僕もそのテーブルに紙を広げている。
広げられた紙に描かれていたのは、僕と同じくらいの身長の女性だった。おそらくこれが人形なのだろう。
ある紙には人形の裸体図が。別の紙には、その人形の表皮だけを剥いたような姿が。
そしてまた別の紙には、その人形の骨格だけのようなものが、おそらく実寸大で描かれていた。
「美しい」という感想が出たのは、その人形の裸体図を見たからではない。
いや、確かに。うちの母さんや仲のいい近所のお姉ちゃんなんかに比べて、圧倒的な美人だ。正直、比べるのもおこがましい。
…やましい心はないぞ。
だが、そういう意味ではない。
その構造が、美しかったのだ。
正直、どこがどう美しいかなんてのは専門的な知識を持たない僕にはうまく言語化できない。
しかし、全身に張り巡らされた血管のような管。
人間の骨の構造を忠実に模していて尚且つ機能的にアレンジされていると思えるような骨格。
そしてなにより、胸の中心に存在する人間とは異なる臓器。
臓器…なのか?これは。
ともかく、胸の中心部分にある、人間の心臓とは見た目も構造も全く異なるその「石」?のようなものが非常に綺麗で儚げ思えてしまったのだ。
「……。」
僕は魅入られてしまった。この「人殺し」の道具に。
人を殺すために設計され、人を殺すことに最適化し、人を殺すことだけのための機能が備わっている、この姿に。
正直、僕は見てみたくなった。
この人形の『現物』を。
この部屋のどこかにあるのだろうか…?
あたりを見渡しても、そんなものはない。
巨大なテーブルと壁一面を覆う研究資料以外に、そんな人形を安置してあるような箱や物はない。
ただ、『ある一か所』を除いては…。
そこはある壁の本棚と本棚の間。不自然に空いた空間に存在していた扉。
ちょうどこの部屋の入口の真向かいにあたる壁にあった。
「あの扉の先に…。」
僕は、一抹の恐怖とともにその扉へ歩を進めた。
――――
扉の前までたどり着く。
この扉を開ければ、その向こうに殺人人形がいるかもしれない。
そんな恐怖に駆られてドアノブを握る手が震えるが、好奇心には抗えない。
僕は、意を決してドアノブを捻り、勢いよく扉を開けた。
……つもりだった。
「開かない…。」
扉は開かなかった。
それどころか、ドアノブすら回らない。
「ふぅー…。」
緊張が一気にほぐれ、へなへなとその場にへたり込む。
好奇心に背中を押されて開けようとしたはずなのに、実際はかなり怖かったのだ。
もし扉の向こうにその殺人人形が本当にいたとしたら、僕は一瞬で殺されていたかもしれない。
さっきまでの僕はどこかおかしかったんだ。きっとそうだ。
だいたい、村の近くに本当にあの殺人人形があるはずがない。なんせ200年も前の話だぞ?
フィルタニアが戦争に負けたときに、ラミア王国に回収されて破壊されるか鹵獲されているに違いない。
「…本当にそうだろうか…。」
この部屋は、埃っぽさ自体はあるものの、特に荒らされたりした形跡がない。
研究の資料だって欠けている様子はない。それに僕が部屋に入ったときに見つけた、中央のテーブルに置かれた本…。
『フィルタニア王家守護体系:戦闘用自律型魔導人形・零式 概論』
「そう、これだ。これが部屋の中央のテーブルにぽつんと置かれていた。
ラミア王国がこの部屋に入って、こんな大層な研究成果を放置しておくわけがない。
僕が王様なら、絶対に軍隊を差し向けてでも抑えるね。」
パラパラとその本をめくりながら、そんな独り言をぶつぶつと口から漏らす。
『概論』の最後のページまでたどり着いた。
そこには、短く、しかし異常な筆圧で書かれていた。
それまでのただ淡々と研究の結果や事実だけが書かれていた文章とは大きく異なり、
怒りの感情が滲むかのような文字で書かれた一節が目に入った。
僕は目を疑った。
――――
「この戦闘用魔導人形零式は、ここまでに記した理論的・技術的根拠を持って製作され、ついに完成にまで辿り着くことができた。」
「しかし零式は、起動しなかった。」
――――
「…はっ」
思わず短くため息が出た。
なんだよ、起動しなかったのかよ…。
まぁ、本当に起動していたら今頃もっと違う世界だっただろう。
世界中をこんな殺戮人形が練り歩いていたのかもしれない。
そんな世界まっぴらごめんだ。
僕みたいなひ弱な一般市民は怖くておちおち外にも出られなくなる。
しかし、つまり。
あの扉の先には『現物』が眠っている可能性は高い。
人形は起動せず、戦争に投入されなかった。
この研究は失敗したから、フィルタニアはラミア王国との戦争に負けたんだ。
しかし、ラミア王国、というか今のラミリアント王国がこの200年の間、部屋に入った様子はない。
つまり、ある。
あの扉の奥に。
本当は人形は全く別のところで製作されていて、もうすでに破壊されている可能性もまだ全然捨てきれないけど、僕の考えがあっていれば、あの扉の奥にある。
というかあってほしい。
「…あってほしいのか…?」
人殺しの道具だぞ?自分で自分にそう問いかける。
そんなもの、存在していいわけがない。
でも、見たい。
――――
「とはいっても、『概論』によると、フィルタニアの王様じゃないと使えないみたいだしな。」
結局現物をこの目にできても、ただ動かない人形を眺めるだけになる。
まぁ間違って起動させてしまうことがないのがせめてもの救いか…。
「って、やば!」
気がつけば入口の奥からわずかに差し込む日光が傾き始めていた。
薬草の採取に来たはずなのに、まだ何も採取していない。
急いで採取を終わらせないと。
焦って外へ駆け出そうと足を踏み出す。
……。
一瞬迷ったが、僕は『概論』を引っ付かんで外へ飛び出した。




