第一話 『扉』
星環歴 671年 春
この時僕は何もまだ知らなかった。
自分の本当の名前。その運命。
そして、最強の守護者の存在を。
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「おはよう、父さん、母さん」
まだ少し眠い。
しかしあのまま眠り続けていても母さんが怒って起こしにくるから、
自分から起きる方がまだ苦痛は少ない。
「ああ、おはよう。ハル」
「おはよう、ハル。ちょうど起こしに行こうと思っていたところなのよ。」
危なかった。
母さんの起こし方はちょっと乱暴で、平気でベッドから落ちそうになるんだ。
7,8歳の頃は何度か落ちたっけ…。
「ご飯もう少しでできるから、少し待っててね。」
食卓には少しづつ並びつつある食事。
いつものパンとスープだ。
あともう少し、眠れたな…。
――――
食事中、ふと父さんが口をひらく。
「そういえば、ハル。明日でついに15歳だな。あんなに小さかったハルがもう大人になるとは…。」
「もう、よしてよ父さん。別に、急に考え方や生活が変わるわけでもないし…。」
「ははは、それもそうか。まぁ少しづつ『大人になる』ってことがどういういことか、理解していけばいいさ…。それより、明日のプレゼント楽しみにしてろよ?」
父さんはニヤニヤしながらそんなことを言った。
プレゼントか…。
15歳のプレゼントといえば、中級者用の剣や弓といった武具と相場が決まっている。
うちの近所のお兄ちゃんが2年前にこれ見よがしにもらった剣を自慢してきたことを覚えている。
うちも剣かな?
正直、僕は父さんの書庫にある薬草学に関する本を全部読ませてくれる権利とか、そんなのが欲しいんだけど…。
父さんは「毒物の生成に関する記述もあるからダメだ。」と許可をしてくれない。
そう、僕の父親は村で唯一の薬師だ。
薬師とは言いつつも、このトキナ村ではほとんど医者と同じようなことをやっている。
この村は、街から馬車を使っても2日はかかる距離に存在しており、医者はほとんどやってこないのだ。
幸いにも村周辺の山や森には良質な薬草が数多く自生していて、大抵の怪我や病気はこれらを使った薬と母の治癒魔術でなんとかなってしまう。
両親は昔冒険者をしていたという話を聞いたことがあるが、きっとその時に培った経験が生きているのだろう。
小さい頃、父に聞かされた冒険譚の数は計り知れない。
…とは言っても父親は前衛というよりも、母と同じ後衛側の人間だったようなのであまり派手な話でもなかったが。
それでも小さい頃の僕は、父親の話す冒険のお話が大好きだったし、何より母親と3人で仲良くお喋りをするあの時間が心地よくて好きだった。
今でもたまにするけどね。
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「父さん、今日はなんの薬草を集めてくれば良いの?」
「ん、そうだな…。
ああ、そういえばユキナナの花と、スズキロの根、それとフィリアの花が尽きそうだったな。その三つを頼む。」
ユキナナの花、スズキロの根、フィリアの花。
ユキナナの花は解熱や精神安定の効果があり、スズキロの根は胃腸の調子を整える。
フィリアの花は血管を拡張させ、血行促進に効果がある薬草だ。
根には麻薬成分が含まれているので、扱いには注意が必要だ。
どの薬草も家から歩いて1時間半ほどの北の山に自生している。
今から出れば採取時間も合わせて日没までに余裕で間に合う。
「わかった。とんでもない量とってくるからね。」
「はは、楽しみにしてるぞ。」
そんな二人の会話をニコニコ顔で聴きながら、母親が僕に弁当を持たせてくれた。
「この辺りにはあまり魔物は出ないけれど、気をつけて行くのよ。
通い慣れた場所だからこそ、油断して転んだりするんだから。」
「わかってるよ。お弁当ありがとう、母さん。」
――――
『魔物』
そう呼ばれる生物がこの世には存在する。
現在は魔物の出現こそ多くなく、基本的に魔物による人的な被害はほとんどないと言っても過言ではないだろう。
今、世界で強力な魔物が出る場所といえば、迷宮や人跡未踏の地くらいなものだ。
村の近所の山にそんな魔物が現れたりすることはない。
出てもスライムや歩くキノコなど、子供でも勝てる程度の魔物がたまに出現するくらいだ。
僕も両親に「身を守るためだ」と剣術や魔術の教えてもらっている。
もっとも、そこまで上達はしていないが、村近辺の魔物に負けない程度には鍛えてもらっている。
両親の教え方がうまいのだ。
剣術は父親が、魔術に関しては母親が、それぞれ基礎を叩き込んでくれた。
両親ともに冒険者パーティーでは後衛だと聞いていたのだが、父親の剣術の腕前は素人目に見てもなかなかのものだ。
村の自警団に稽古をつけているくらいだ。
父さんにどこでその剣技を身に着けたのか聞いてみたことがあったが、
「昔、剣で成功しようと必死にもがいていた時があっただけだ」と短く答えるだけ。
母さんに聞いても似たような反応が返ってくるだけだった。
母さんも母さんで、その治癒魔術をどこで覚えたのか聞いても、
「昔務めていた教会で覚えたのよ」としか返さなかった。
両親、謎だ。
別にそんなに深く聞くことでもないんだけどね。
――――
さて、そんなことを考えていたら薬草が生えている山に到着した。
特に名前などない山だ。
村のみんなは「トキナの山」と呼んでいる。
いつもの道から山に入り、薬草が自生しているポイントを目指す。
そんなにキツイ山ではないが、良い運動にはなる。
日の光が心地いい。
春になりたてということもあり、山の頂上付近はかなり涼しいだろうが、
ポイントにつく頃にはその涼しさが心地よいものになるだろう。
風に揺れる木々のざわめきと、綺麗な鳥のさえずりに耳を傾けながらズンズンと山の奥へ進んでいく。
ポイントまで、もうすぐだ。
――――
ふと目をやる。
いつもはただの絶壁だった切り立った崖。
そこには謎の亀裂が入っていた。
「7日前の大雨で崖が崩れたからかな?」
それにしては不自然に"人工的な"亀裂だった。
不審に思い近づいてみると、亀裂の奥には僕の身長の倍くらいはある扉があった。
扉の表面には謎の紋章が刻まれている。
治癒術師の母親が使うようなものとは少し違うが、杖が3本重なり合ったような模様だ。
どこかで見たことがあるような…。
なんとなく、その扉に触れてみる。
するとその扉は見た目からは想像がつかないほどの軽い力で開いた。
「なんだ…ここ…」
僕は、抑えられない好奇心から、奥へと進んだ。
――――
用心しながら奥へと進む。
少々埃っぽいが、魔物の気配はない。
それどころか、生き物の気配すら全く感じない。
不思議な空間だ。
薄暗い空間ではあるが、全くの暗闇ではない。
所々に置かれている液体が薄く発光しているからだ。
街からやってきた医者が持っていた「ポーション」と呼ばれる回復薬に似ている。
最奥の扉にたどり着き、ドアノブを注意深く観察するが誰かが開けた形跡はない。
僕はドアノブに手をかけ、その扉をゆっくりと開けた。




