第十一話 『誕生日プレゼント』
母さんは、僕が小さい頃からずっと僕に笑顔を向けてくれていた。
もちろん、悪いことをしたり近所の友達と喧嘩をしてしまった時は怒られたが、
最終的には優しい声で諭して、一緒に寝てくれた。
父さんは、僕が小さい頃からずっと、色んなことを教えてくれた。
薬師としての知識はもちろん、生活の仕方、剣術、人との関わり方、生きる知恵、
そして思いやりを持って人と接すること。
僕の両親は、僕の本当の両親ではない。
でも、僕という人間はこの両親がいたからこそ、ここまで生きてこられた。
ちゃんとした人間として成長できている、という自信はないけれど
父さんと母さんが与えてくれた、教えてくれたものは、一生の宝物となるだろう。
僕の両親は、記憶にないどこかの王族なんかじゃなくて、
今、僕を抱きしめて涙を流してくれているこの二人なんだ。
そんな両親を傷つけ、悲しみに落とそうという人間がいるのなら、
僕は戦わなきゃならない。
僕は、どこかの王族なんかのために戦うんじゃない。
本当の両親のために戦うのだ。
――――
エルナさんは、僕が首都へ同行する意思を伝えると、僕にこう伝えた。
「ありがとうございます。ハルベルト様。
出立の準備や村の方々との別れなどありましょう。
明日の早朝、またお迎えに上がります。それまでにご準備を…。」
明日の朝か…。早いな…。
あ、そうだ、一つ聞いておかないと。
「一つ、ご提案…というか、条件があります。」
エルナさんが不思議そうな顔でこちらの様子を伺う。
「なんでしょうか…?」
僕はフィリアに視線を送った。
ずっと無表情だが、意図は理解したのか、一歩前に出た。
「こちら、『フィリア』といいます。詳細に関しては少しここでは言えないのですが…。このフィリアも首都「ラミア」へ同行させることは可能でしょうか…?」
エルナさんは怪訝そうな顔でフィリアを眺める。
「フィリア…?詳細が言えないというのはどういうことでしょうか…?」
…言っちゃってもいいのかな。
でも、このまま正体不明だと両親も不安だろうし、エルナさんも連れて行きたがらないだろう…。
「…少し、場所を変えませんか?
父さんと母さんも、来てくれるかな?」
僕は人気の少ないところへ向かうようにお願いした。
昨日のうちに研究所から回収しておいた『概論』を携え、3人の元へ向かった。
――――
僕の説明が終わると、3人とも信じられないものを見るような目でフィリアを見ていた。
「…つまり、かつて魔導国家フィルタニアが生み出した魔導人形が、
200年の時を超えて、現代で起動した…と???」
エルナはまだ目の前に存在する魔導人形の事実に納得がいっていないようだ。
そりゃそうだろう。僕もまだ実感が追い付ききっていない。
「私は現代から217年前の星環歴454年の夏、
『戦闘用自律型魔導人形:零式』、固有名『フィリア』として完成しました。」
「そして現在の星環歴 671年の春、マスターに起動プログラムを実行していただき起動いたしました。」
フィリアは淡々と答える。
「…ハルがとんでもない強さの援軍を連れてきたとは思ったが、まさか200年前の…。」
父さん、母さんも信じられないというような顔をしている。
「…ということなので、フィリアは強力な戦力となることが考えられます。
ぜひ同行させていただきたく思うのですが…。いかがでしょうか…。
たぶん、夜襲や暗殺なんかの類の心配はいらなくなると思います…。」
とりあえずそれっぽいことを言って説得を試みた。
なんとかなればいいが…。
「…本当にフィリア殿はハルベルト様をお守りできるのでしょうか?」
へ???
「ど、どういうことでしょうか…?」
エルナさんは鋭い眼光でフィリアを睨みつけながら、僕に言った。
「一度、フィリア殿とお手合わせさせていただけませんか?
フィリア殿が私に勝てれば、同行を認めましょう。」
――――
僕はエルナさんを何度も止めたが、たぶん納得してもらうにはこれが一番早いだろうとどこかで考えてしまい、しぶしぶ手合わせの許可を出した。
幸い人気のないところにいたので、その場で手合わせをしていただくことに…。
フィリアには何度も「絶対に殺すな。傷もつけるな。相手を転ばせて、寸止めで終わらせてくれ。」と言っておいたが、大丈夫だろうか…。
「承知いたしました。エルナ様を殺さず、傷もつけません。転ばせて、寸止めで終了といたします。」
なんてそのまま復唱していたけど、無表情すぎて本当に理解しているのかわからない。
僕らは今、避難所から5分ほど歩いた場所にある広場に来ている。
周りには人はいない。少しくらい大きな音を出しても大丈夫だろう。
二人は20歩ほどの距離で相対している。
エルナさんがゆっくりと腰に差していた剣を抜く。
少し離れた場所で観戦している僕から見ても、非常に美しい剣だ。
あまり無駄な装飾が無いシンプルな片刃の剣だ。
しかし、その刀身はうっすら青色に輝いているように見える。
エルナさんはその剣を正眼に構えた。隙が無い。
対してフィリアは特に構えることもなく、棒立ちだ。
いや、棒立ちというと少し間抜けに聞こえるか。
育ちの良いお嬢様の立ち方?そんな感じがする。
本物のお嬢様なんて見たことないけど、昔母さんが読み聞かせしてくれた絵本に
あんな感じのポーズで立つお嬢様がいた。フィリアは絵よりも洗練されているが。
「フィリア殿、構えないのですか?」
エルナさんの疑問はもっともだ。
「問題ありません。いつでもどうぞ。」
あ、エルナさん怒ってる。
でもすぐに冷静に戻った…。一流の剣士って感じだな。
「では、遠慮なく…。」
エルナさんが正眼の姿勢から少し体をブレさせたかと思うと、
次の瞬間にはフィリアの目の前に移動し、斜め下から切りかかるモーションに入っていた。
なんて速さだ…!
一方、フィリアは逆袈裟で振り抜かれんとする剣の動きに合わせて、剣の腹に手を滑らせた。
「!?」
エルナさんは驚きの表情のまま、剣を振り抜く。
しかし、フィリアは傷一つついていない。
それどころか、振り抜かれた剣の勢いが止まらず、エルナさんは錐揉みしながらフィリアの後方へ吹き飛ばされる。
エルナさんがすぐに起き上がろうと床に手をつくが…。
既にフィリアの脚部の刃がエルナさんの首に添えられていた。
「マスター。これでよろしいでしょうか?
エルナ様を殺さず、傷つけず、転ばせて、寸止め、でございます。」
フィリアの同行が、認められた。
――――
翌日、早朝。
村のみんなとは昨日のうちに別れを済ませた。
その時にわかったことだったが、みんな僕の出自に関して知っていたらしい。
ある程度の若い人間は知らないみたいだったので、僕がいたせいで村が襲われたという事実に憤慨していたが、周りの大人が落ち着かせてくれていた。
彼らの怒りはもっともだ。
そんな彼らの怒りも、悲しみも、悔しさも、全部抱えて僕は戦う。
彼らと最後に話すことができてよかった。
出立の支度とはいっても、だいたいの僕の私物や着替えは燃えてしまっていたので、あまり量は多くない。
ただ、研究室からフィリアの体の構造に関する資料を何冊か持っていくことにした。これが一番量が多い。
「お迎えに上がりました。」
エルナさんが迎えに来る。
父さんと母さんと、フィリアと共に馬車へ向かう。
改めて父さんと母さんに向き直る。
「父さん、母さん。今までありがとう。
僕には産みの親が別にいるみたいだけど、僕の本当の両親は二人だよ。
僕は、どこかの王族のために首都に向かうんじゃない。本当の両親を守るために、首都に向かうんだ。」
「だから、ずっと元気でいてね。
たまには首都にも遊びに来てね…。
いや、僕がたまにこっちに帰ってくるかも…。」
いつの間にか、大粒の涙がボロボロとこぼれていた。
もはや最後の方はなんて言っているのか、自分でもわからないくらいに。
行かなければならない。守るために。
頭ではそんなことわかっているのに、両親と離れ離れになるのは悲しい。
「やっぱり行きたくない。」
そう言ってしまうのは簡単だった。
だが、それでは両親がここまで育ててくれた意味をなくしてしまう。
守らねばならない。血なまぐさい政治の争いに勝って、二人を、この村を守らねばならない。
それが両親に対する恩返しになるのだから。
父さんと母さんが僕を抱き寄せる。
10秒程度、そうしていただろうか。
父さんが僕を離し、告げた。
「ハル、遅くなったね。15歳の誕生日、おめでとう。」
そう言って、僕に一振りの剣を渡してくれた。
杖が三本交わった紋章が鍔に刻まれた剣だった。
「その剣は、バーンズ閣下からハルが15歳になったら渡すようにと言われていた剣だ。俺たちだけじゃなく、ハルは実の両親からも愛されているんだよ。」
僕はその剣を鞘から抜いた。
その刀身は太陽の光を反射し、虹色に輝いていた。
「その剣の銘は『レガリス・ソラリス』。フィルタニア王家に伝わる剣だそうだ。」
「レガリス・ソラリス…。」
僕はこの剣に不思議な運命を感じた気がした。
手にするとしっくりくるというか、馴染むというか。
ともかく、この剣の所有者は僕であるとさえ錯覚してしまう。
いや、僕のモノになるのだが。
「父さん、母さん。ありがとう。父さんと母さんと、僕を生んでくれた父さんと母さんの、4人分の力が込められている。そう感じるよ。」
僕は剣を鞘に納め、腰へ差す。
「じゃあ、行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」




