22日目
すべての土台となるこの「意識」が、肉体の限界という生理現象に屈し、勝手に暗転してしまうことが我慢ならなかった。
要は気を失っている事がある。
第22日目。死の、六日前。
今日の課題は【覚醒の永続化と、死後視の予行】
幽霊は眠らない。暗闇の中で、瞬き一つせず、ただ一点を凝視し続ける存在だ。
ならば、僕もまた、まどろみという救いを自らに禁じなければならない。
すでに数日間、僕はカフェイン錠を水なしで噛み砕き続けている。舌は薬物の苦味で痺れ、荒れ果てた胃壁は、摂取した錠剤を異物として激しく拒絶していた。心臓は、壊れた機械のように不規則なリズムで胸板を叩き、指先は自分の意志とは無関係に小刻みに震え続けている。
「……死ぬまで、起きていなきゃ、いけないんだ……」
僕は、ドラッグストアで買った強力な透明テープを小さく切り、自分の上まぶたを眉のあたりに無理やり固定した。
物理的に、瞬きを禁じる。
剥き出しになった眼球が、乾燥で焼けるように痛む。涙さえもすぐに蒸発し、白眼は真っ赤に充血して、角膜の表面には細かい亀裂が走り始めていた。
夜になると、いつもの「老人」が現れる。
眼窩の空っぽな老人が、部屋の隅で、僕の「閉じられない目」を覗き込んで笑っている。
『ほれ、逃げるな。気絶は「逃げ」じゃ。その乾いた目で、ワシを見続けろ』
老人の声に合わせて、壁のシミが蠢き、黒い粘液のような影が床を這い回る。
だが、過剰に摂取したカフェインが脳を叩き、思考が支離滅裂になる一方で、身体は強制的なシャットダウンを繰り返す。椅子に座ったまま、意識が数分間だけふっと消える。
目蓋を閉じられないまま意識だけが飛ぶから、目覚めた時の眼球の激痛は、針で突かれるより鋭い。
ピコン
枕元でスマホが震える。
01(結衣さん)
『結衣:佐藤くん、お疲れ様! ちゃんと眠れてるかな? 最近、夜更かししてるみたいだから心配だよ。クマができちゃう前に、温かいミルクでも飲んでゆっくり休んでね。』
眠る。ゆっくり。温かい。
その優しい言葉が、今の僕には脳漿を直接針で刺すような不快なノイズにしか聞こえない。
僕は血走った目で、粘膜が乾ききって膿み始めた眼球を無理やり動かし、スマホの画面を睨みつけた。
ごめんね、結衣さん。
僕は今、君が一生知ることのない「色」を見ている。
まぶたの裏に隠されていた、ドロドロとした腐敗と絶望の色彩を。
僕は震える指で、一言だけ返信した。
『佐藤:目は開いているよ。今までで一番、はっきりと世界が見えているんだ』
送信。
嘘ではない。
瞬きを捨て、炎症を起こして黄色い粘液が滲み始めた眼球には、現実と地獄の区別がつかなくなった「本当の景色」が映り始めていた。
六日後、君がこの部屋に来るとき。
僕は、この「閉じられない目」で、君が僕の死体を見て嘔吐する瞬間を、一秒も逃さずに見届けてあげる。
【記録:第22日目】終了
後の司法解剖の結果、被害者の眼球結膜には、テープによる固定が原因と思われる激しい乾燥と角膜潰瘍の痕跡が認められた。また、体内からは中毒域を遥かに超える高濃度のカフェインが検出されており、被害者は死の数日前から、重度の不眠症と薬物性精神病による深刻な幻覚症状、および神経過敏による意識喪失(失神)を繰り返していたことが推測される。




