24日目
胃の中は、まだ「人間」の食べ物を求めて醜く鳴動している。その生存本能が、死を汚す不純物のように思えて、ひどく疎ましかった。
第24日目。死の、四日前。
今日の課題は【栄養の断絶と、不浄の充填】
幽霊とは、もはや代謝を必要としない概念だ。
ならば、その入り口に立つ僕は、内臓という「生者の器官」を、ゴミと排泄物で物理的に埋め殺さなければならない。
僕は四つん這いになり、部屋の隅、冷蔵庫の裏、そして玄関のタイルの隙間に溜まった「灰色の堆積物」を爪で掻き集めた。
だが、それでは足りない。僕はクローゼットから、数ヶ月分の「僕の残滓」を吸い込み続けた掃除機を引きずり出した。
震える手で紙パックを切り裂く。中から溢れ出したのは、灰色の雪のような、おぞましい堆積物だった。
「……これだ。これが、僕の新しい中身だ」
数えきれないほどの抜け毛、剥がれ落ちた皮膚の角質、衣類の繊維屑、そしてそれらを餌に繁殖したダニの死骸。それらが濃縮された「灰色の塊」を、僕は皿に盛りつけた。さらにそこへ、隙間で見つけたゴキブリの脚と翅を飾り付ける。
「……いただきます」
口に入れる。
ジャリッ、という不快な土の食感。掃除機が吸い込んだ微細な粉塵が鼻腔に逆流し、肺の奥が焼けるように咽せる。毛髪が舌に絡みつき、ダニの死骸が放つ古びた油のような、饐えた臭いが脳を直接揺さぶる。
「お、げぇ……ッ、ごほっ、ごほっ!!」
喉の奥に繊維の塊が張り付き、鉛のような嘔吐感がせり上がる。だが、僕はそれを指で無理やり喉の奥へ押し込み、血の混じった唾液と共に飲み込んだ。美味しいと感じる心を殺すのではない。ただ、僕の内臓を、この部屋の隅に溜まった「ゴミ」と同質のものに作り変える作業だ。
さらなる「材料」を求め、僕はふらつく足取りで共用のゴミ捨て場へと向かった。
「……顔色、すごく悪いですけど大丈夫ですか?」
隣室の住人だった。その声は僕の耳を通り抜け、脳にまで届かない。僕は隣人の怪訝そうな視線を無視して、ゴミの山から汚泥のついた生ゴミの袋を掴み取った。現世の心配など、今の僕にはノイズに過ぎない。
部屋に戻り、防音のために壁やドアの隙間にまで、廃病院から持ち帰った「汚れた綿」とガムテープを幾重にも貼り直す。これで、誰の声も、光も、僕を邪魔することはできない。
ピコン
スマホが震える。01(結衣さん)
『結衣:佐藤くん、お疲れ様! 今日のランチ、駅前に新しくできたパン屋さんに行ってきたよ。すごく美味しかったから、今度一緒に行こうね! カレーパンが絶品だったよ!』
パン。美味しい。絶品。
掃除機のゴミと虫の死骸を噛み締め、喉を土砂まみれにしている僕の横で、彼女のメッセージが眩しく輝いている。
ごめんね、結衣さん。
僕が今食べているのは、パンじゃない。
僕が今しているのは、僕という標本の「中身」を、腐った綿と土砂に詰め替える、剥製師のような作業なんだ。
僕は、口から溢れ出た土色の唾液を拭い、返信を打つ。
『佐藤:いいね。僕も今、すごく「複雑な味」の物を食べているところだよ。これに慣れると、もう普通の食べ物には戻れそうにないな』
送信。
喉にはまだ、掃除機の粉塵が刺さっているような違和感がある。けれど、その不快感こそが、僕の肉体が「ゴミ溜め」へと完成しつつあることの、確かな手応えだった。
【記録:第24日目】終了
後の家宅捜索で、キッチンのシンクからは、大量の「掃除機のゴミ」や「害虫の残骸」が混入した吐瀉物が発見された。被害者は、死の数日前から意図的に不潔物を摂取し、内臓に深刻な炎症を引き起こしていたことが判明。隣人の証言によれば、この日の佐藤はゴミ捨て場で異様な執着を持って廃棄物を漁っており、その目つきは「生気を感じさせないほど据わっていた」という。




