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幽霊になる方法  作者:


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26日目

まだ、僕の心臓は規則正しく動いている。それが、ひどく不快だった。

この部屋の空気はすでに僕の死後を先取りしているのに、肉体だけが往生際悪く、生存を主張し続けている。


第26日目。死の、二日前。


今日の課題は【環境の同質化】


意識は、もう限界だった。数日間の不眠と、カフェイン中毒、そして重金属の毒。視界は常にどろどろとしたノイズに覆われ、一歩踏み出すたびに脳が頭蓋骨の中で揺れるような目眩に襲われる。

けれど、まだ死ぬわけにはいかない。幽霊としてこの場所に定着するための「準備」が、あと二日分足りない。


「……臭いが、足りない。もっと、死の色を……」


部屋の四隅には、常温で放置され、黒ずんだカビに覆われた「生卵」と、僕の体温で腐臭を放つ「牛レバー」が死臭を放っている。

だが、それだけでは足りない。魂が「綺麗すぎる空間」を嫌って霧散しないよう、この部屋をあらかじめ死体安置所よりも不浄な場所へ作り変えなければならない。

僕は震える足で、最後のアガキのように深夜の街へと這い出した。

もはや直立して歩くことすら困難で、壁を伝い、荒い呼吸を吐きながら、近隣のゴミ集積場へと向かった。

 

深夜のゴミ捨て場。カラスが突き破った袋の中から、腐敗した生ゴミの汁を、僕は素手で掬い取った。

他人の食い残し、腐った果実、誰かの体液がついたティッシュ。それらを宝物のように集め、僕は自分の部屋へと持ち帰る。

 

部屋に戻ると、僕は集めてきた汚物を、僕が死を遂げる予定の「中心点」に塗りたくった。

激しい吐き気が襲い、胃液が喉を焼く。だが、僕はその嘔吐物さえも、部屋を彩る「死の資材」として床に広げた。

 

ピコン

 

スマホから、この世で最も清潔で、最も残酷な通知音が鳴る。


01(結衣さん)

『結衣:佐藤くん、お疲れ様! さっきテレビで「お部屋の消臭術」特集をやってたよ。重曹とクエン酸がすごく効くんだって。もしお掃除大変だったら、明日私が道具持って行こうか?』


消臭。重曹。クエン酸。

 

君はどこまでも「生」の側の人だ。


でも、ごめんね。


君が明日持ってくる重曹で、この「僕の苗床」を洗い流されてしまったら、僕は幽霊になれないんだ。

 

僕は汚物まみれの指で、液晶を濁らせながら返信を打つ。


『佐藤:ありがとう。でも、今は「特別な香り」を調合しているところなんだ。君が来る頃には、きっと驚くような空間になっていると思うよ』


送信。

 

僕は、結衣さんから以前貸してもらった「ハンカチ」を、汚泥を塗った床の上に置いた。

彼女の清潔な匂いが染み込んだ布が、生ゴミの汁と僕の嘔吐物に汚染されていく。


聖女の持ち物が、僕の死臭に同化していく。

 

その光景を見ていると、酷い吐き気と共に、脳の奥で致死的な昂揚感が爆ぜた。

鏡の中の僕は、土色の肌をし、焦点の合わない目で、誰にも見えない微笑みを浮かべていた。

 

あと、二日。

 

二日後、彼女がこのドアを開けた瞬間。

重曹なんて何の役にも立たない、この世で最も厭な「僕の完成形」が、彼女の網膜と鼻腔に永遠に刻まれる。


【記録:第26日目】終了

被害者のアパートから近隣住民が通報しなかったのは、被害者が事前に通気口の全てを汚れた綿で塞いでいた為、匂いが外部に漏れなかったと推測される。

また、室内で強烈な香気(後に、収集した生ゴミと自身の排泄物が混ざり合ったものと判明)を「死臭のシミュレーション」として充満させており、警察の家宅捜索時、防護服なしでは立ち入れないほどの生物学的汚染状態であったことが確認されている。

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