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幽霊になる方法  作者:


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29/30

1日前

その日、僕は自分が「生きている人間」の列から、音もなく滑り落ちた。


第1日目。死の、二十七日前。


今日の課題は【日常の埋葬と、存在の再定義】


放課後の誰もいないはずの講義室。忘れ物を取りに向かった扉の向こう側から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。結衣さんと、彼女の取り巻きの友人たちだ。

「佐藤くん? ああ、すごく落ち着くよね。なんだか、綺麗な景色の一部みたいで」


不意に、結衣さんの声が僕の耳を打った。悪意など微塵もない、春の陽だまりのような優しい声。

「あー、分かる。いい意味で空気っていうか。そこにいて当たり前で、でも全然邪魔にならない。彼が視界にいると、なんだか部屋の湿度がちょうどよくなる気がするんだよね。不思議だよね」

クスクス、という湿った、けれど楽しげな笑い声。

それは、路傍の美しい花を愛でるような、あるいは部屋に置かれた便利なインテリアを褒めるような、絶対的な「境界線」に基づいた慈愛だった。


僕は扉に手をかけたまま、氷のように固まった。


景色。湿った、ノイズ。


その温かな言葉が、僕という人間を内側から腐らせる劇薬になった。


彼女にとって、僕は「対等な人間」ですらなかったのだ。僕が必死に選んだ言葉も、貸してあげたノートも、彼女にとっては「心地よい背景」のテクスチャの一部でしかなかった。


「……そうか。僕は、君の『景色』だったんだね」


喉の奥が熱くなる。

彼女に選ばれる「主人公」にはなれない。けれど、ただの「背景」として消えるのは、あまりに癪だった。

 

なら、なってあげよう。


君が一生、網膜を逸らすことができない、この世で最も醜悪で、最も美しい「絶景」に。

 

暗い部屋に帰り、僕は吐き気と悦楽が混じり合う中で、深夜の検索エンジンに指を走らせた。

 

【死体 芸術 忘れられない 方法】

【人間を 永遠に 呪う 愛】

 

辿り着いたのは、よどんだ水底のようなスレッド。


『幽霊になる方法——最も美しい消失の作法』


「人間は、生きている間は常に不完全である。誰かに代替され、消費され、やがて忘れられる。だが、死体として『静止』した瞬間、人は初めて唯一無二の物質へと昇華される。……ただし、その幽霊が真の永遠を得るには、『純粋な観測者の心』という代償を焼き切る必要がある」


代償。


ああ、結衣さんの、あの無垢な精神のことか。


ピコン


スマホの画面が明るくなる。結衣さんからのLINEだ。

 

『結衣:佐藤くん、今日のゼミお疲れ様! 佐藤くんがいると、なんだか教室が落ち着いた雰囲気になるから助かるよ。明日もよろしくね、おやすみ!』

 

教室が落ち着く。明日もよろしく。

 

結衣さん。君にとっての「心地よい景色」は、今日で終わりだ。


二十七日後、僕は君に、僕という存在の「完成」を突きつける。


君が僕を「観測」したその瞬間、君の心は僕を永遠に飼い慣らす器になる。


君が鏡を見るたび、君が幸福を感じるたび、背景の一部だったはずの僕が、君の首筋を冷たく撫で回すようにしてあげよう。

 

僕は真新しいノートを開いた。

1ページ目には、震える筆致でこう記した。

 

【死の遡行スケジュール:残り27日】

 

明日から、僕は少しずつ「人間」を辞めていく。

この汚れた肉体を削ぎ落とし、君の記憶に突き刺さるための、鋭利な「くさび」へと作り変えていく。

 

「……生まれてきて、本当によかった」

 

死を、彼女への究極の所有欲として認識したその時、僕は人生で初めて、自分が世界を支配する王になったような悦びに打ち震えた。

 

夜明け前の部屋で、僕は自らの遺影となるはずの鏡を、愛撫するように優しく撫でた。

指先に触れる鏡の冷たさが、まるで未来の僕自身の肌のように、心地よく僕を誘っていた。


【記録:第1話】終了

後の家宅捜索で押収された被害者のパソコンからは、この日を境に「就職活動」や「学業」に関する履歴が一切消え、代わりに「死の定義」「特定の精神疾患における視覚的トラウマの永続性」といった、極めて偏執的な検索記録が埋め尽くしていた。

彼は、自分を殺すためではなく、結衣という一人の女性の人生を「背景」から「支配」するために、その第一歩を踏み出したのである。

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