2日前
2日目。死の、二十六日前。
今日の課題は【損壊効率の測定と、実地シミュレーション】
ただ死ぬだけなら、方法はいくらでもある。
けれど、僕は「ただの死体」になりたいわけじゃない。発見された瞬間、結衣さんの脳を焼き切り、一生消えない「染み」として彼女の中に居座るための、絶対的な「強度」を持った死体にならなければならない。
僕は大学の図書館で借りてきた法医学と解剖学の図録を、床いっぱいに広げた。
「……どれも、美しくない」
図録に並ぶ、かつて人間だったものたちの成れの果て。僕は無機質な蛍光灯の下で、いくつかの「機能停止案」を実際に、僕の肉体という試験管で試していくことにした。
【案1:飛び降り・飛び込み】
僕はベランダの柵に身を乗り出し、アスファルトを見下ろした。衝撃で肉が飛び散り、僕の輪郭が失われる未来を想像する。結衣さんが見るのは「僕」ではなく「赤い染み」だ。それでは僕の表情が伝わらない。却下。
【案2:入水・溺死】
洗面台に水を張り、顔を沈める。1分、2分。肺が焼けつくような苦悶。不意に顔を上げると、鏡の中の男は鼻水を垂らし、醜く喘いでいた。遺体がふやけて膨張する。僕の「標本」としての美学を損なう。論外だ。
【案3:オーバードーズ(服毒)】
手持ちの市販薬をまとめて口に放り込み、嚥下せずに噛み砕いてみる。舌を刺すような苦味。胃液がせり上がり、吐瀉物にまみれる自分の姿を想像した。あまりに無様で「観測」に耐えない。
僕は台所から一本の包丁を持ち出し、洗面所の鏡の前に立った。
刃先を腕の内側に当てる。少し力を込めると、薄い皮膚が容易に裂け、鮮やかな赤が洗面台の白に散った。
「……ぁ、ああ……っ」
痛み。だが、それは「佐藤くん」が感じる痛みではない。素材が変形する際の摩擦熱のようなものだ。僕はその傷口に指を差し込み、じりじりと広げてみた。溢れ出すのは、昨日まで僕を『生かしてしまっていた』醜い粘液だ。
ぬるりとした熱が指に絡みつく。この肉を、もっと冷たく、硬い『標本』へと追い込まなければならない。
ピコン
スマホが震える。
『結衣:佐藤くん。さっき水槽を見たら、お祭りで取った金魚が死んじゃってたの……。なんだか変な死に方で、水面に対してまっすぐ直立して浮いてるの。まるで首を吊ったみたいで、すごく不気味……。佐藤くん、今日会えないかな? 怖いよ』
首を吊ったみたいに、直立して。
僕は、自分の血で赤く汚れたスマホの画面を見つめ、陶酔に近い笑みを漏らした。
結衣さん。それは、君への予行演習だよ。
金魚は、僕が君の脳に植え付ける「絶景」の、ほんの些細な前触れに過ぎない。
『佐藤:それは災難だったね。でも、金魚は最後に、一番美しいポーズを選んだのかもしれないよ。……明日、その話をもっと詳しく聞かせて』
僕は彼女の恐怖を丁寧に育て上げるように返信し、代わりにカッターナイフを手にとった。自分の指を一本ずつ、逆方向に曲げてみる。メキリ、と嫌な音がするまで。
あと、二十六日。
僕は、自分の肉体を「オブジェ」へと作り変えるための、最初の損壊を喜んで受け入れた。
その日、僕は自分の身体を「自分」として見るのを辞めた。それは、ただの「加工しがいのある素材」になった。
【記録:第2話】終了
後の家宅捜索で発見された被害者のノートには、自らの肉体を使った「各種自殺方法の不快感指数」に関する膨大な記録が残されていた。この日から、彼は一切の鎮痛剤を廃棄し、自らの肉体に刻まれる「損壊の感覚」を、幽霊になるための唯一の通過儀礼として享受し始めたのである。




