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幽霊になる方法  作者:


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27/30

3日前

その日、僕の世界に「ノイズ」が混じり始めた。


第3日目。死の、二十五日前。


今日の課題は、【平穏の拒絶と、静かなる宣戦布告】


まだ僕は「佐藤」という平凡な大学生の皮を被ったまま、キャンパスの喧騒の中にいた。


隣の席では、結衣さんが熱心に講義のノートをとっている。

シャープペンの芯が紙を削る音、彼女が時折つく小さな溜息、そして風に乗って届く柔らかなシャンプーの匂い。そのすべてが、これまでは心地よい「日常」の一部だった。

 

けれど、今の僕にはそれらが、耳鳴りのように不快で、理解しがたい異音にしか聞こえない。

僕の意識は、すでにここにはない。

昨夜、偶然迷い込んだあの「場所」で見つけた、美しすぎる終末の予感に支配されていた。


「佐藤くん、今日のところ難しくない? あとでノート、見せ合っこしよ」


講義が終わった瞬間、結衣さんが屈託のない笑顔で僕に声をかける。

 

「……いいよ。ラウンジに置いておくから、勝手に見て」


僕は彼女の目を見ずに、冷たく言い放った。

彼女は一瞬、戸惑ったように瞬きをしたが、「ありがとう、助かる!」と無理に明るく振る舞った。

 

彼女の優しさが、指先に触れる毒のように感じられる。

僕がこれから向かおうとしている聖域に、彼女の温もりは必要ない。

むしろ、彼女が僕を「佐藤くん」と呼ぶたびに、僕の輪郭が泥沼のように曖昧になっていく気がして怖かった。


夕方、アパートに帰り着いた僕のスマホが震える。

 

『結衣:佐藤くん、今日はありがとう! ノートのお礼、明日大学で渡すね。何か食べたいものとかある?』

 

お礼。食べたいもの。

 

結衣さん。


君が僕に与えようとしているのは、僕がこの世から切り離そうとしている「食欲」であり、「感謝」であり、「明日」だ。

君は善意で、僕をこの泥臭い生の世界に繋ぎ止めている。

 

僕は返信を打たなかった。

 

画面の光が消え、暗転したスマホに僕の無表情な顔が映る。

僕はその暗い鏡面を指でなぞり、そこに映る自分を、自分ではない「何か」として観察し始めた。

 

明日から、僕は君を遠ざける。いや、君を利用する。

僕が完璧な「幽霊」として完成するために、君のその無垢な善意を、僕の死を最も鮮やかに彩るための「残酷な背景」として仕立て上げる。

 

あと、二十五日。

 

僕は部屋の窓を閉め切り、カーテンを引いた。

光のない部屋で、僕は自分の心臓の音を数えながら、この世で最も美しい「終わり方」を夢想し続けた。


【記録:第3日目】終了

当時の結衣の記憶によれば、この頃から被害者は急に冷淡になり、会話を避けるようになったという。彼女はそれを「就職活動や体調不良によるストレス」だと思い込み、より献身的に彼を支えようとした。その彼女の優しさこそが、被害者が描いた「悲劇の脚本」における、最も重要な歯車となっていった。

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