5日目
その夜、僕はついに自分の「出口」の形を見つけた。
第5日目。死の、二十三日前。
今日の課題は、【理想の固定と、視覚的模倣】
表面的な身辺整理よりもずっと重要なことが、今、僕の目の前のモニターの中で起きていた。
深夜二時。青白い光だけが僕の顔を照らしている。
辿り着いたのは、海外の、匿名性の高いアンダーグラウンドな画像掲示板だった。
そこには、世界中の「美しく死にたい」と願う者たちが集う場所があった。
スクロールする指が、ある一枚の画像で止まる。
「……あ」
声が漏れた。
それは、どこかの廃墟で撮影されたと思われる、一人の男の死体の写真だった。
男は首を吊っていた。けれど、ただぶら下がっているのではない。
背中を丸め、膝を深く折り曲げ、横から見るとアルファベットの「L」、あるいは平仮名の「く」の字を描くように、不自然な角度で空中に固定されていた。
そのポーズは、苦痛に悶えた結果ではない。
死後硬直を利用したのか、あるいは生前からその姿勢を維持するための凄まじい訓練を積んだのか。
重力に逆らい、まるで透明な椅子に座っているかのようなその「くの字」は、人間という生物の躍動感を一切排し、一振りの刃物のような鋭利な美しさを放っていた。
「これだ……。これなんだ」
僕は震える手で、その画像を保存した。
ただ死ぬだけでは、僕は「佐藤」という哀れな自殺者のままだ。
けれど、この「くの字」として静止することができれば、僕は「意味」へと昇華される。
観測した者が二度と目を逸らせない、完璧な均衡。
この造形を、鏡の海の中心に置く。
僕は自らの肉体をこの形に固めていく。
想像するだけで、全身の血が熱くなるのを感じた。
ピコン
静寂を破る通知。
『結衣:佐藤くん、まだ起きてる? 明日のゼミのノート、さっきまで整理してたんだ。佐藤くんのおかげで完璧! おやすみ、いい夢見てね』
いい夢。
結衣さん、僕は今、これ以上ないほど素晴らしい「夢」を見ているよ。
二十三日後。
君がこの部屋のドアを開けた時、君が目にするのは、君がノートを貸した「佐藤くん」じゃない。
君が知っている僕の肉体が、不自然な角度で屈曲し、数千の鏡に反射されながら、永遠に「くの字」を刻み続けている光景だ。
その瞬間、君の心の中で、僕という人間は完全に死に、一つの「聖遺物」として完成する。
僕はモニターの画像を拡大した。
死体の、色のない指先。
「待っていて。僕も、すぐに行くから」
僕は暗闇の中で、モニターに向かって深く頭を下げた。
それは、教祖に拝跪する信者のようでもあり、自らの最高傑作を構想する芸術家のようでもあった。
あと、二十三日。
僕の人生という長い前置きは終わり、ここから「制作」が始まる。
【記録:第5日目】終了
後の家宅捜索で押収された被害者のパソコンからは、特定の「くの字」の姿勢をとった遺体の画像が数百枚、壁紙やスクリーンセーバーとして設定されていたことが確認された。被害者はこの画像に出会った日から、急速に「死の造形」への執着を強めていったと推測される。




