6日目
その日、僕は自分の部屋から「喜び」という名の汚れをすべて排除した。
第6日目。死の、二十二日前。
今日の課題は【人間的娯楽の破棄と、精神の再構築】
まずは、僕を「生者」の世界に繋ぎ止めている、浅ましい娯楽どもを殺さなければならない。
僕は棚に並んでいた漫画本、ゲーム機、そしてお気に入りだった映画のディスクを床にぶちまけた。かつて僕を熱狂させたそれらは、今や僕の「羽化」を邪魔するゴミでしかない。
僕は大型の裁断機とハンマーを手に取った。
バキッ、メキメキッ。
プラスチックのケースが砕け、虹色に光るディスクが鋭い破片となって飛び散る。本はページを一枚ずつ引き千切り、シュレッダーの刃に噛ませた。
指先が紙で切れ、血が滲む。
だが、その痛みが心地よい。
僕の細胞が、一つずつ「人間」を辞めていく音が聞こえるようだった。
僕はパソコンを起動した。
ダークウェブの奥底から、数千円で購入した「精神を崩壊させる」と謳われる出所不明の映像データ。
それは、色彩の暴力と、不協和音、そして出所不明の悲鳴のような電子音が延々と続く地獄のアーカイブだ。
「……あ、あはは。これでいい。これで、僕の脳は『正常』を忘れる」
点滅する不浄な光に網膜を焼かれながら、僕はその映像をループ再生し続けた。
ピコン
スマホの画面が、地獄の色彩の中で場違いなほど白く光った。
『結衣:佐藤くん、お疲れ様! こないだ言ってたお勧めのSF映画のDVD、もしよかったら明日貸してほしいな。週末にゆっくり観たくて!』
SF映画。週末。ゆっくり。
あまりに無垢で、殺意を覚えるほどに健全なメッセージ。
僕は、たった今ハンマーで粉々に叩き潰した、その「お勧めのDVD」の破片を、指でそっとなぞった。破片が指の腹に食い込み、血が画面を汚す。
『佐藤:ごめんね、結衣さん。あのDVD、もう「見られない形」になっちゃったんだ。今はもっと……特別な映像に夢中で、他のものは全部捨てちゃったよ』
送信。
返信はすぐに来た。
『結衣:えっ、捨てちゃったの? もったいない! でも、佐藤くんが今見てるその「特別な映像」って何? 気になるな、私も見ていい?』
見ていい?
結衣さん。
君がこれを観れば、君の綺麗な脳は一瞬で焼き切られ、君の言う「明日」なんて永遠に来なくなるよ。
僕は画面の向こうの彼女に、冷酷な笑みを向けた。
「二十二日後、君にはもっと『特別な実写』を見せてあげるから。僕という名の、最高傑作をね」
部屋には、スピーカーから溢れ出るノイズと、僕の低く湿った笑い声だけが響いていた。
【記録:第6日目】終了
後の捜査で、被害者のパソコンからは合計400時間を超える、重度の視覚的・聴覚的ストレスを与える異常な動画ファイルの再生履歴が確認された。また、部屋の隅からは、粉々に粉砕された娯楽品の山が、被害者の血痕と共に発見されている。隣人はこの頃から、佐藤の部屋から「耳を劈くような不快な電子音」が昼夜問わず聞こえていたと証言している。




