7日前
その日、僕は彼女に「偽りの未練」を買い与えた。
第7日目。死の、二十一日前。
今日の課題は、【情愛の清算と、負債の付与】
計画は順調だ。しかし、僕が「ただの狂人」として死ぬだけでは足りない。結衣さんの中で、僕は「救えたはずの、優しい友人」として永遠に残り続けなければならない。
幽霊とは、観測者の後悔を燃料にして、より鮮明にその姿を現すものだからだ。
大学の正門前。夕暮れ時。
僕は駅ビルの雑貨屋で選んだ、小さな、けれど趣味の良い銀のネックレスをポケットに忍ばせていた。
「佐藤くん! お待たせ。……あれ、今日はなんだか雰囲気が違うね?」
駆け寄ってきた結衣さんが、僕の顔を覗き込む。
僕は意識して、少しだけ寂しげで、それでいて吹っ切れたような笑みを浮かべた。
「結衣さん、これ。……本当は誕生日に渡そうと思ってたんだけど、早めに渡しておきたくなって」
僕はポケットから、丁寧に包装された小さな箱を差し出した。
彼女は驚いたように目を見開き、それから顔を赤らめて受け取った。
「えっ、何? 嬉しい……開けてもいい?」
彼女の指がリボンを解く。中から現れた細い銀のチェーンが、街灯の光を反射して、まるで捕縛用の糸のように美しく輝いた。
「……綺麗。ねえ、付けてくれる?」
彼女が背中を向ける。僕は震える指で、彼女の細い首にネックレスを回した。
カチリ、と留め金が閉じる音。
僕の指先が、彼女のうなじの産毛に一瞬だけ触れた。
これで、一つ目の鎖が繋がった。
二十一日後。君が僕の死体を見つけるその時、君の首元にはこのネックレスが揺れているはずだ。
「あんなに優しくしてくれた佐藤くんが、なぜ」
その疑問が、この銀の鎖を通じて、君の心臓を永遠に締め付け続ける。
僕が死んでいるその光景と、このネックレスをくれた「優しい僕」の記憶。その強烈な乖離が、君の精神を二度と元の形には戻さない。
「ありがとう、佐藤くん。一生大事にするね」
彼女は嬉しそうに胸元の銀色を指でなぞる。
その言葉を聞いて、僕は喉の奥で冷たい笑いを噛み殺した。
そう、一生だ。君の人生が続く限り、この銀の粒は「僕」という重りとして、君の首にぶら下がり続ける。
「喜んでくれてよかった。……これでもう、思い残すことはないよ」
「大げさだよ、佐藤くん。まだ卒業まで時間あるんだから」
彼女は笑って僕の腕を叩いた。
その温もりが、僕にはひどく遠く感じられた。
二十一日後。
この温もりも、この笑い声も、すべては鏡の乱反射の中に溶けて消える。
ピコン
駅で別れた後、スマホが震える。
『結衣:ネックレス、本当にありがとう。鏡で何度も見ちゃった。なんだか、佐藤くんにずっと守られてるみたいで心強いよ。おやすみ!』
鏡。
結衣さん、君が今見ているのは、ただの自分自身の鏡像だ。
けれど二十一日後、君が僕の部屋のドアを開けたとき、君は「守られている」のではなく、「数千の僕に監視されている」ことを知る。
君がネックレスを鏡で見るたびに、鏡の中に潜む僕の視線に気づく日が、もうすぐそこまで来ているんだ。
僕は自分の部屋に戻り、まだ何もない冷たい壁を見つめた。
そこに鏡が貼られ、僕の「完成」が訪れるまで、あと、二十一日。
僕はネックレスを買った際のお釣りを、そのままゴミ箱へと捨てた。
もう、この世の金銭に価値はない。
【記録:第7日目】終了
第一発見者の女性が現場で身につけていたネックレスは、被害者の遺品の中から発見されたレシートにより、死の3週間前に購入されたものであることが判明した。彼女はそのネックレスを見るたびに、激しい自己嫌悪とパニック障害に陥るようになったという。




