8日目
その日、僕は自分の身体が、ただの「加工可能な肉塊」であることを確認した。
第8日目。死の、二十日前。
今日の課題は【感覚の去勢と、全感覚の汚染】
二十日後の完成の瞬間に、肉体という「生存本能」に邪魔をされてはならない。
痛み、匂い、不快感。
それら全ての警告を「ただの刺激」へと格下げするための訓練が必要だ。
僕は机の上に、錆びた安全ピンと、インク代わりの安価なサインペン、そして海外製の「世界一臭い缶詰」を置いた。
「……あ、あはは。これは、僕じゃない。素材だ」
僕はまず、震える手で太ももを露出させた。
サインペンで、皮膚の上に歪なひらがなを書く。
『ゆい』
彼女の名前を肉に刻むことで、この部位は僕の所有物ではなく、彼女への供物になる。
僕は安全ピンの先をライターで炙ることもせず、そのまま『ゆ』の一画目に突き立てた。
「……っ! ぁ、あ……」
鈍い音がして、針が脂肪層にまで達する。激痛が脳を焼くが、僕はそれを「熱い」という情報として処理した。
ブスリ、ブスリと、針で皮膚を掬い上げ、文字の輪郭に沿って穴を開けていく。そこへインクを流し込む。
太ももは赤黒く腫れ上がり、不器用な『ゆい』の二文字が、血と墨にまみれて浮かび上がる。
これは愛の証ではない。僕が自分という「物」に刻んだ、所有者のタグだ。
次に僕は、缶詰の蓋に手をかけた。
開けた瞬間、逃げ場のない室内を、数年放置された公衆便所と腐肉が混ざり合ったような、暴力的な死臭が埋め尽くした。
「う、ぇっ……ごほっ、ごほっ!」
涙が溢れ、鼻の奥が焼ける。
だが、僕はそのドロドロに溶けた魚の残骸を、一切の抵抗を捨てて口に運んだ。
舌の上で「腐敗」が踊る。胃液がせり上がるが、それを飲み込み、さらに追い打ちをかけるように「食用のサクサン(蚕の蛹)」を口に放り込んだ。
パキッ、と乾いた殻が割れ、中から脂ぎった土のような内臓の味が溢れ出す。
痛み、死臭、昆虫の味。
それらすべてが僕の中で混ざり合い、僕という「人間」の輪郭を内側から崩壊させていく。
ピコン
スマホが震える。
『結衣:佐藤くん、お疲れ様! 明日のゼミの資料、コピーしといたからね。佐藤くん、最近少し痩せたみたいで心配だけど……ちゃんと夜は眠れてる?』
結衣さん。
君が今、清潔なゼミ室で紙の匂いに囲まれている時。
僕は自分の足に君の名を縫い付け、口の中を汚物で満たしている。
君の知らないところで、君の名前は僕の血と膿にまみれているんだよ。
二十日後。
君がこの部屋のドアを開け、鼻を突く「本物の死臭」を嗅ぐ時。
君は僕がどれほど深く、君という呪いを自分に刻み込んできたかを知ることになる。
僕は、腫れ上がった太ももを撫でながら、次の「刺激」へと手を伸ばした。
【記録:第8日目】終了
被害者は死の20日前から、感覚を麻痺させるための極めて侵襲的な自傷と、生理的拒絶反応を伴う摂食を繰り返していたことが断定された。




