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幽霊になる方法  作者:


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28日目

視界が、まだ低い。

天井を見上げる余裕すら、もう僕には残されていない。

 

第28日目。死の、当日。


僕が僕として呼吸を止めるまで、あと数十分。


すでに右手は、人差し指から小指までをペンチで叩き潰した「赤黒い肉塊」と化していた。開放骨折した指先から、吸音材に吸い込まれるほどの小さな音で「ポタ、ポタ」と血が鏡に滴る。


幽霊になる。結衣さん、くの字。

 

その言葉だけが、灼熱の針のように脳に突き刺さっている。


僕は床に這いつくばったまま、震える左手で「園芸用の太い針金」を手に取った。


「……ぁ、が、ぁ……あ」


僕は膝を胸に押し付け、胎児のように丸まった。そのまま、腰から太もも、そして胸にかけて、針金を何重にも、何重にも巻き付けていく。

肉に針金が深く食い込み、スウェットが血で滲む。骨が軋む音が、吸音材に遮断された密室に「ミシミシ」と響く。

針金の端をペンチでねじり上げると、僕の体は物理的に、二度と伸ばせない「くの字」に固定された。

 

内臓が圧迫され、口からドロリとした嘔吐物が溢れる。

けれど、僕は笑っていた。

この角度だ。この角度なら、首を吊ったとき、僕の瞳は床の鏡に映る自分自身を、死後も永遠に凝視し続けることができる。


ピコン

 

足元の鏡の上で、スマホが暴力的に光る。


01(結衣さん)

 

『結衣:佐藤くん、お風呂入ってリラックスしてね。明日はきっと、いい日になるから。』

 

いい日。

 

僕は口の中に、彼女の名前を刻んだ「鉛の板」を押し込んだ。

金属の冷たさと、毒の味が舌を痺れさせる。

 

僕は、潰れていない左手の親指だけで、最後の一文を打ち込んだ。


『佐藤:君の中に、僕の場所を作りに行くよ。』


送信ボタンを押し、スマホを床の鏡へと滑らせる。

 

僕は「くの字」に固まった体で、まるで巨大な虫のように這い、踏み台へと上がった。

針金が脇腹を裂き、呼吸をするたびに肺が潰れるような激痛が走る。

 

縄に首を通す。

 

目の前には、壁一面の鏡。


足元には、床一面の鏡。


そのすべてに、異様に折れ曲がり、血と汚物にまみれた「怪物」が映っている。


足元の鏡の上で、スマホが狂ったように光り、震える。


ピコン。ピコン。ピコン。


それはいつもの優しい心配だった。


『結衣:え、どういう意味? 場所を作るって……何?』


『結衣:ねえ、冗談だよね? 怖いよ。お願いだから返信して。』


『結衣:佐藤くん? 既読つかないけど大丈夫? 今から家の前まで行くから待ってて!!』


……数分後


ドンドンドンドン!!


防音材越しに、彼女がドアを叩く微かな振動が伝わってくる。


『結衣:佐藤くん!! 開けて!! お願い、開けてよ!! 何があったの?この匂いなに!!』


スマホの画面は、もはや彼女の絶望で埋め尽くされていた。


『結衣:ねえ……何か、変な音が聞こえるよ。誰か中にいるの?なんで笑ってるの怖いよ。返事してよ。佐藤くん、どうして無視するの?ほんとに、怖いよ!!』


鏡の中の無数の僕は、泣き叫ぶような彼女の文字に照らされながら、歪んだ笑みを浮かべていた。


結衣さん。そうだよ。


君が僕のドアを叩けば叩くほど、君の脳裏に


「あの日、私が助けていれば」


という呪いが深く深く根を張るんだ。


僕は、口の中に彼女の名前を刻んだ「鉛の板」を噛み締め、最後の一歩を踏み出した。


ガクン。


衝撃。


視界が揺れ、鏡の中の自分が、僕と寸分違わぬ絶望の顔でこちらを見ている。


鳴り止まない電子音。それは、彼女が僕という「呪い」を一生背負うことを誓う、結婚式の鐘の音のようだった。


僕は、鏡に映る自分と、震え続ける彼女の文字に包まれて、永遠の沈黙へと堕ちていった。


【後日談:残された者の記録(結衣の供述より)】

「……ドアを叩いても、返事はなくて。でも、中から『ギィ……ギィ……』っていう嫌な音が聞こえてきたんです。

それと、あの……聞こえたんです。佐藤くんの声じゃない、もっと低くて、カサカサに乾いた『笑い声』が、ドアの向こう側ではっきりと。

 

私が『佐藤くん!』って呼ぶたびに、その声が『ケケッ、ケケケッ』って、私をあざ笑うみたいに……。

管理人さんがドアを開けたとき、最初に見えたのは、鏡に反射した無数の『折れ曲がった背中』でした。

それとあの時、部屋の中にいた『老人』は、誰だったんですか?

どうして佐藤くんは、あんなに嬉しそうに、鏡の中の自分を見つめていたんですか?」


【記録:最終考察】

鑑識の結果、室内からは佐藤以外の生体反応は一切検出されなかった。

佐藤は「幽霊」になったとされている。

しかし、彼をあちら側へ導いたのは、彼の狂気だったのか。それとも、あの部屋の鏡の向こう側に、最初から「彼」がいたのか。

答えは、今も鏡を直視できずにいる結衣の瞳の中にだけ、隠されている。


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