11日目
その日、僕は初めて「嘘の病」で、彼女をこの檻に誘き寄せた。
第11日目。死の、十七日前。
今日の課題は、【他者の侵入と、依代の強制回収】
どうしても彼女の「生の残滓」をこの部屋に定着させる必要があった。僕はスマホを手に取り、少し震える指で「熱があるみたいだ」と、たった一行、彼女にメッセージを送った。
一時間もしないうちに、ドアベルが鳴った。
「佐藤くん! 大丈夫? 鍵、開いてたから入るよ!」
結衣さんが、息を切らして部屋に飛び込んできた。
ビニール袋の中には、スポーツドリンクやゼリー、そして彼女の優しさが詰まっている。
まだ鏡の山も届かず、防音材も貼られていない、けれど僕の頭の中ではすでに「劇場」として完成しつつあるこの部屋に、彼女は無警戒な慈愛を振りまいた。
「顔色、すごく悪いよ……。ちゃんと寝てる? 何か食べるもの、作ろうか」
彼女は僕の額にそっと手を当てた。
その掌の温かさが、僕にはひどく不快で、同時にこの世の何よりも愛おしかった。
彼女がキッチンへ立ち、お粥を作るために背中を向けた瞬間。
僕は、彼女が脱ぎ捨てたコートや、彼女が腰掛けたカーペットの上を、飢えた獣のような視線で舐めるように見つめた。
彼女が甲斐甲斐しく動くたびに、その長い黒髪が、僕の「聖域」へと一筋ずつ、捧げ物のように零れ落ちていく。
「佐藤くん、お粥できたよ。少しでも食べて」
彼女がスプーンを差し出した。
「……ごめん。喉が、通らないんだ」
僕はそのスプーンを拒絶した。彼女が悲しそうに眉を寄せる。その「心配」という名の歪んだ表情さえ、僕の標本の一部になる。
僕が本当に求めていたのは、お粥ではない。
彼女が帰った後、この部屋に残される「彼女の一部」だ。
彼女を玄関で見送った瞬間、僕の「病人」の演技は終わりを告げた。
僕はすぐにリビングへ戻り、彼女が座っていた場所へ這いつくばった。
粘着テープを手に、彼女の座熱が残るカーペットを執拗に叩く。
一本。二本……十本。
見つけた。
それは、彼女の生命がこの部屋に根付いた証。
僕はそれらを一本ずつピンセットで拾い上げ、透明な袋に収めた。
僕はこれを、レバーの深層に、ピンセットで埋めこんで埋め込んでいく。
腐りゆく動物の肉を僕の「内臓の身代わり」とし、そこに彼女の髪を植えることで、僕の死体は彼女の執着と物理的に結合するのだ。
ピコン
彼女からのメッセージ。
『結衣:今日は顔見れて安心したよ。何も食べられないなんて心配。また明日、様子見に行くから! 何か欲しいものあったら言ってね』
また、様子見に行く。
結衣さん。
君が僕を「生かそう」と差し出すその手が、僕の「死」を完成させるための素材を運んでくる。
十七日後。
君がこのドアを再び開けるとき。
君の髪をレバーに食い込ませ、数千の鏡の中で「くの字」に完成した、永遠の僕だ。
僕は、採取した数本の髪を、冷蔵庫の奥に隠した。
まだ、部屋は静かだ。
けれど、僕の耳にはすでに、十七日後の君の悲鳴が、心地よい音楽のように響き始めていた。
【記録:第11日目】終了
後の家宅捜索で発見された身体に巻き付けられたレバーからは、知人の女性(結衣)の毛髪が、意図的に奥深くへ埋め込まれた状態で発見された。毛根の細胞鑑定により、これらは被害者が死亡する約2週間前、つまりこの「お粥の訪問」の際に採取されたものであることが裏付けられた。




