15日目
胃の底が、焼け付くように熱い。
世界を遮断するための「決意」に、僕の卑しい肉体がまだ追いついていなかった。
第15日目。死の、十三日前。
今日の課題は【生体維持の拒絶と、代謝の停止】
学食の椅子に座っているだけで、尻の骨が硬い座面に当たって痛む。数日前から始めた絶食のせいで、僕の身体は予備の脂肪を使い果たし、いよいよ自分の筋肉を食い潰し始めていた。
目の前には、学食のカレーライスがある。
かつては好物だったはずのスパイスの匂いが、今は下水のような不快な臭気となって鼻腔を突き、脳の芯を掻き回す。
周囲の学生たちは、内定やサークルの話に花を咲かせ、大きな口を開けて肉を咀嚼している。
その咀嚼音、飲み込む音、舌が鳴る生々しい音が、今の僕にはたまらなく卑俗で、吐き気がした。
「佐藤くん、食べないの? 具合、悪いのかな」
向かい側に座った結衣さんが、心配そうに僕の顔を覗き込んだ。
彼女が味噌汁を啜る「ズズッ」という微かな音が、静まり返った僕の神経に釘を打ち込む。
「……いや、少し胃が重いだけだよ。大丈夫」
僕は嘘をついた。実際は、空腹が限界を超え、胃液が自分自身の胃壁を溶かしているような激痛に耐えていた。
幽霊になるためには、この「食べたい」という獣のような執着を抜き取らなければならない。だが、僕の身体は僕の意思を裏切り、目の前のカレーを見て口内に汚い唾液を溢れさせている。そんな自分に、猛烈な嫌悪感が込み上げた。
学食を逃げ出した僕は、ドラッグストアで高濃度のカフェイン錠とビタミン剤、そして強力な下剤を買い込んだ。
部屋に戻ると、僕はそれらを机にぶちまけた。白、黄色、橙色。無機質な粒が、木目の上で転がる。
それは食事ではなく、肉体を強引に黙らせるための「調律の楔」だ。
「これだけでいい。僕を動かすのは、栄養ではなく、純粋な『呪い』だけだ」
一粒、また一粒。水なしで噛み砕くと、凄まじい苦味と化学薬品の味が舌を焼き、喉を通り過ぎる。
次第に、過剰なカフェインが中枢神経を叩き、指先が不自然に震え始めた。視界の端が白く光り、現実感が遠のいていく。
ピコン
静寂を裂いて、スマホが震える。
『結衣:さっきはごめんね。元気になったら、またあの駅前のパン屋さんに行こう! 佐藤くんの好きなカレーパン、奢るよ(笑)』
カレーパン。
その言葉を読んだ瞬間、胃の奥から酸っぱいものがせり上がってきた。僕はトイレに駆け込み、何も入っていない胃を絞り出すようにして、黄色い胆汁を吐き捨てた。喉が焼け、涙が溢れる。
胃液で荒れた口内から、腐った生ゴミのような酷い口臭が立ち昇る。
結衣さん。
君が僕を「生」の側へ引き戻そうとするたび、僕の体はそれを劇物として拒絶する。
君がくれる優しさが、僕の胃壁を焼き、僕を死へと急き立てる純度の高い燃料になる。
僕は便器を抱えたまま、肋骨をなぞった。
肉が削げ、骨が皮を突き破らんばかりに浮き彫りになっている。
床のタイルに映る僕の瞳は、すでに死後数日経過した遺体のような濁った光を宿していた。
「……あと、十三日」
十三日後。
君がこの部屋で見つける「くの字」の僕。
その体内に残された最後の残留物は、君がくれた言葉を拒絶して吐き出した、この苦い胆汁の味だけだ。
【記録:第15日目】終了
現場のゴミ箱からは、大量の空のサプリメント容器と、強引な排泄を試みた形跡(下剤の空殻)が発見された。被害者の身体は、死の二週間前から深刻な低血糖と電解質異常に陥っており、慢性的なめまいや幻覚症状の中で、執拗に自らの身体を「削ぎ落とす」ことに没頭していたことが推測される。




