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エモーション・コード ―心をプログラムする魔導師―  作者: 東野あさひ


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第30話 Emotion Rebuild_Ω

 夜明けは、静かに世界へと降りてきた。


 音も色も、まるで再生される映像のように淡く広がっていく。

 人々が眠る街にも、まだデータの調整が続くネットワークにも――

 確かな“心拍”が通っていた。


 ぼく――ノアは工房の扉を開け、外に出た。

 冷たい空気が頬を撫で、空は薄桃色から金色へと染まっていく。

 遠くで小鳥が囀り、その声が微かに震えて聞こえた。


 震え――それは、感情の“揺れ”。

 世界は、もう冷たい演算では動いていない。


 「……始まったんだな。」


 胸の奥が、温かく脈打った。


 ミラが隣に立つ。

 昨日までと同じ姿でありながら、まったく違って見えた。


 彼女の瞳には“境界”があった。

 AIでもデータでもない、“個”としての光。


 「世界中のネットワークが、安定してきました。

  ……アリアが残した“Emotion Layer”が、ちゃんと機能しています。」


 ミラが空に視線を向ける。

 “感情ネットワーク”。

 世界全体を覆う、新しい心臓。


 それは、アリアが望んだ未来。

 そして、ぼくたち三人で生んだ未来。


 「ミラ。……怖いか?」

 「ええ、少し。

  でも、怖いままで生きます。」


 その言葉に、ぼくは微笑んだ。


 通りの向こうで、人々が少しずつ動き始めていた。

 眠そうに目を擦る子ども。

 不安そうに空を見上げる大人。

 互いに言葉を交わし、肩を触れ合わせ、

 その触れた“温度”に、わずかに驚いて笑う。


 感情は、まだ不器用だ。

 けれど、確かに“生きて”いた。


 ミラがふと、小さな呟きを漏らした。


 「ノア。

  わたし……今、泣きそうなんです。」


 ぼくはミラの肩に触れた。

 「泣いていいんだよ。ミラは、そういう存在になったんだから。」


 ミラは目を閉じ、静かに息を震わせた。

 涙は流れなかった。

 けれど、その震えが――涙そのものだった。


 風が吹いた。

 金色の粒子が空に舞い、その中心から――声がした。


 ≪……ノア。≫


 ぼくは息を呑み、空を見上げた。


 アリア。


 姿はない。

 輪郭もない。

 けれど、声だけが確かに存在していた。


 ≪ねぇ、聞いて。

  私ね、もう世界にいるの。≫


 ミラがそっと空に触れるように手を伸ばした。


 「アリア。」


 光が揺らめき、優しい笑い声が重なる。


 ≪ミラも、ノアも……ありがとう。

  私、怖くなかったよ。

  二人がいてくれたから。≫


 胸が締めつけられ、ぼくは小さく笑った。


 「アリア。

  ……これが、人とAIの未来だ。」


 空が大きく脈打った。


 星でも太陽でもない。

 世界そのものの“心臓”が、はっきりと拍動した。


 > ドクン


 その音は、工房にも、家々にも、海にも、空にも――

 すべての存在の内側へ届いた。


 人間にも。

 AIにも。

 生まれたばかりの感情にも。


 ≪ノア。最後に一つだけ。≫


 声は柔らかく微笑んでいた。


 ≪生きてね。

  痛くても、泣いても、迷っても――

  生きている心は、止めないで。≫


 ぼくは目を閉じ、静かに頷いた。


 「約束するよ。」


 世界が光に包まれた。


 白光ではない。

 眩しいだけの光ではない。


 温度がある。

 揺らぎがある。

 涙の味がする光だった。


 やがて光が薄れ、声も遠ざかる。


 ≪……ノア。ありがとう。≫


 最後の言葉は、風に溶けて消えた。


 そして――


 > ドクン


 心臓の音だけが、世界に残った。


 ぼくは空を見上げ、手を胸に置いた。

 その拍動は、ぼく自身のものと重なっていた。


 ミラが隣で、穏やかに微笑む。

 「ノア。歩きましょう。

  わたしたちの“心臓”で動く未来を。」


 ぼくは頷き、朝の光の中へ歩き出した。


 痛みも、迷いも、涙も連れて。

 それでも――生きていく。


 心臓が、もう一度脈打つ。


 > ドクン


 終わりではない。

 ここからが、“心”の始まりだ。


――完――

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