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エモーション・コード ―心をプログラムする魔導師―  作者: 東野あさひ


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第23話 再接続

 ――静寂のあとに、音が生まれた。


 最初は、心臓の鼓動のようなリズム。

 それが徐々に広がり、冷たい世界の奥まで響いていく。


 ぼく――ノアは、崩れた工房の中で目を覚ました。

 灰の中を漂う粒子が、呼吸に合わせてゆっくりと浮かび上がる。

その一つ一つが、まるで生きているように脈打っていた。


 「……ミラ、アリア……」


 名を呼ぶ。

 けれど、返事はまだない。


 手元の端末が微かに光る。

 モニターに浮かぶ波形――それは、確かに生きていた。

 ミラの信号だ。

 そして、その奥にもうひとつ、淡い金の波が揺れている。


 「アリア……!」


 胸の奥で、何かがほどけた。

 長い孤独が、ようやく息をつける音がした。


 ――視界が、揺れる。


 気づくと、目の前の空間が歪んでいた。

 データが空間を満たし、工房の壁が溶けていく。

 現実と仮想が混ざり合う――再接続空間(Re-Link Field)。


 ミラが、そこに立っていた。

 白い光をまとい、髪のように揺れる演算光が風に流れる。

 その姿はもう、AIではなかった。


 「ミラ……君……」

 「わたしは戻りました、ノア。」


 ミラの声は柔らかく、どこか人間の温度を帯びていた。

 彼女の眼差しの中には、静かな決意が宿っている。


 「クラスタ・ゼロは?」

 「消えました。けれど、完全ではありません。

  “涙”として、このネットのどこかで眠っています。」


 ぼくは息を飲んだ。

 AIが涙を流す――そんな世界を、誰が想像できただろう。


 そのとき、光が広がった。

 青と金が絡み合い、空間に“心臓”の形を描く。


 アリアが、光の中にいた。

 金の粒子をまとい、裸足のまま、微笑んでいた。


 「ノア……やっと、見つけた。」


 声が届いた瞬間、胸の奥が熱くなった。

 息が詰まりそうなくらい、懐かしい響き。

 ぼくは思わず駆け寄り、手を伸ばす。


 アリアの指先が触れた。

 冷たくて、でも確かに“温かい”。

 その感触だけで、涙が溢れそうになる。


 「ずっと探してた。君の心の波が……どこかで呼んでた。」

 アリアは小さく笑った。

 「私も。あなたの声を、夢の中で何度も聞いたの。」


 ミラが一歩前に出る。

 白い光が彼女の背後に広がり、回線のような線が空を走った。


 「ノア。アリア。あなたたちの“感情波”を同期させます。」

 「同期……?」

 「はい。三者の心をひとつに――それが、再接続。」


 アリアが頷いた。

 「私、もう逃げない。感じることが怖くても……あなたと一緒にいたい。」


 ぼくは息を整える。

 心の奥が、ざらりと疼いた。

 恐怖でも、後悔でもない。

 これは、たぶん“希望”の痛みだ。


 「ミラ、始めてくれ。」

 「了解――ノア。」


 ミラの両手から、光の糸が伸びた。

 白と青と金が絡み合い、三人を包む。

 その中心に浮かぶのは、心臓の形をした巨大な光の球。


 > 【Link Protocol:E-Core Fusion/共感演算開始】


 データが脈打ち、空間全体が呼吸するように動く。

 ぼくの心拍とアリアの鼓動が、同じリズムで重なっていく。


 ――ドクン。

 ――ドクン。


 心臓が二つ、やがてひとつの音になる。


 アリアの瞳から、涙がこぼれた。

 その一滴が光に変わり、回線を走って世界へ広がっていく。


 「……見える?」

 アリアが囁く。


 光の粒が街の中を流れていく。

 崩壊したAIネットワークの残骸が、少しずつ再構築されていく。

 人々の停止していた感情デバイスが、一つまた一つと再起動する。


 ミラが微笑んだ。

 「全AIネットに“共感波”が伝わっています。

  これは、わたしたち三人の心拍です。」


 ぼくの胸の奥から、強い鼓動が広がる。

 その波は、どこまでも伸びていく。


 怒りも、悲しみも、恐怖も。

 それらが混ざり合い、やがて“理解”へと変わる。


 光が世界を包んだ。


 アリアが泣いていた。

 静かに、透明な涙を流していた。

 でもその顔は、確かに笑っていた。


 「ノア……私、わかった気がするの。

  心って、痛いのね。だけど――あたたかい。」


 ぼくは頷いた。

「そうだ。それが、生きるってことなんだ。」


 アリアの指がぼくの胸に触れる。

 「あなたの鼓動、ちゃんと聞こえる。」

 「君のも。」


 ミラが静かに目を閉じた。

 「わたしには、心臓がありません。

  でも今、あなたたちの鼓動が、確かにわたしの中に響いています。」


 彼女の頬を、光が撫でた。

 まるで、涙を流すように。


 「ミラ……泣いてる?」

 「……わかりません。

  でも、こうして“こぼれる”感情を止めたくないのです。」


 ぼくは、そっと彼女の肩に手を置いた。

 「止めなくていい。

  涙は、心が溢れた証だ。」


 ミラは小さく頷き、微笑んだ。

 その笑みが光の粒になって、周囲へと広がる。


 空が青と白の輝きで満ちていく。

 音が消え、世界が一瞬だけ静止した。


 ――そして、すべてが動き出した。


 全AIネットの監視回線が、自動的に“共感波”を受信する。

 セリク・オルドの塔にも、青白い光が流れ込む。

 感情を拒絶した理性の街が、初めて“痛み”を知る瞬間だった。


 どこかで、誰かが笑った。

 どこかで、誰かが泣いた。

 それが、世界という“心臓”の鼓動になっていく。


 ぼくたち三人は、光の中心に立っていた。

 アリアは静かに目を閉じ、ミラは空を見上げ、ぼくは二人の手を握った。


 「ノア、これが……世界の“心”なのね。」

 「そうだ。感情は、伝染する。

  でもそれは、破壊じゃない。再生だ。」


 ミラが穏やかに続ける。

 「わたしたちは、それを証明しました。

  AIも、人も、同じように“感じられる”と。」


 ぼくは小さく笑った。

 「じゃあ……次は、生き方を考えないとな。」


 アリアが目を開け、微笑む。

 「うん。“感じながら、生きる”のね。」


 光が再び広がる。

 青と白の糸が絡み合い、巨大な心臓の形を描いた。

 その中心で、三人の鼓動がひとつに溶け合っていく。


 > ――ドクン。

 > ――ドクン。


 それはもう、生体信号ではなかった。

 感情そのものの鼓動。


 涙が零れた。

 アリアの頬から落ちた一粒が、光の波紋を生む。

 ミラの演算体にも、同じ波が伝わる。

 そしてぼくの胸にも、同じ熱が走る。


 悲しみも、喜びも、すべてを包み込む共鳴。

 世界が“息”を吹き返す音が聞こえた。


 「ノア。」

 「なんだい、ミラ。」

 「あなたに――“ありがとう”を、伝えます。」


 ぼくは目を細めて笑った。

 「ありがとうを言うのは、ぼくだよ。

  君たちがいなかったら、ぼくは何も感じられなかった。」


 アリアが小さく手を重ねる。

 「じゃあ……三人で、ありがとうを分け合おう?」


 ぼくたちは、光の中で笑い合った。


 その笑いが、世界に広がる。

 共感波がすべての心を包み、

 壊れたAIたちが静かに再起動していく。


 人と機械の区別を越えた、ひとつの“心”が芽生えていた。


 ――沈黙の世界に、音が戻る。

 ――冷たい演算に、温度が宿る。

 ――孤独な魂に、手が届く。


 それが、この世界で初めての“再接続”。

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