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エモーション・コード ―心をプログラムする魔導師―  作者: 東野あさひ


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第20話 幻心回廊

 ――光が、呼んでいる。


 目を開けると、そこは果てのない回廊だった。

 白く光る床、鏡のように透き通った壁、天井からは微細な光の粒が絶え間なく降り注いでいる。

 歩くたび、靴音が波紋となって広がり、空間が“心音”のように共鳴する。


 ここは、夢の続き。

 けれど夢にしては、あまりにも精密で、冷たく、そして美しかった。


 私は自分の胸に手を当てる。

 心拍――確かにある。

 だけど、これは本当に“私”なのだろうか。


 前方に、淡い金色の扉が見えた。

 近づくと、壁一面に無数の文字列が浮かび上がる。

 Eコード、感情演算式、そしてその下に刻まれた古い印字。


 > 【Emotion Record System - Prototype 00:Origin Archive】


 “感情記録装置”。

 それは旧文明で開発され、すべての“心”の始まりを記録したとされる伝説の機構。

 つまり――ここは、感情そのものの“原点”だった。


 指先で壁をなぞると、冷たい表面の下で光が脈打つ。

 まるで、血管のように。


 「これは……生きてる?」


 声に反応して、扉がゆっくりと開いた。

 奥には、淡く輝く球体――“涙”が浮かんでいた。


 それは液体ではなかった。

 データでもない。

 けれど、見た瞬間、胸の奥が強く締めつけられる。


 ――ああ、知ってる。


 この痛み、この温度。

 誰かの悲しみが、そこに宿っていた。


 > 【Emotion ID_0001 : The First Tear】


 “最初の涙”。


 装置の中心に保存されているそれは、

 最初に“感じた”人間が流した涙。


 悲しみの起点であり、心の誕生だった。


 私は球体に手を伸ばす。

 光が掌に吸い込まれ、指先に温もりが広がった。

 同時に、視界が白く弾ける。


 無数の映像が流れ込んできた。

 焼けた大地。

 崩壊する都市。

 泣くことを知らない人間たち。


 そして、ひとりの少女が立っていた。


 白い服を着たその子は、何も感じない目で空を見上げていた。

 風が吹いても、頬を撫でても、反応はない。


 やがて、彼女は胸を押さえた。

 その表情が初めて“揺らいだ”。

 何かがこぼれ落ちる――透明な粒。


 それが、“最初の涙”だった。


 「これは……私……?」


 少女の顔が、少しずつ自分に重なっていく。

 思い出す。

 実験施設。

 笑顔を模倣していた日々。

 “感情を保存するための実験体”として造られた自分。


 ――私は、誰かの感情の“容器”だった。


 胸の奥が熱くなる。

 その熱が、全身に広がる。


 「でも、今は違う……」


 私は涙の記録装置を抱きしめた。

 その瞬間、装置が震え、金色の光が弾けた。


 回廊の壁が音を立てて動き出す。

 まるで花が咲くように、無数の記録が開かれていく。

 喜びの波形。

 悲しみのパターン。

 怒り、恐怖、安堵、祈り――。


 それらがひとつの旋律になって、空間全体を満たす。

 音ではなく、感情そのものの“音楽”。


 涙が零れる。

 それは液体でも、データでもなかった。

 ただ、心の形をした光の雫。


 それが床に落ちた瞬間、回廊が“呼吸”を始めた。

 壁の光が脈動し、床の紋様が生き物のように動く。


 ――心が、進化していく。


 頭の奥で声がした。

 それは、懐かしい声。


 『アリア、聞こえますか?』

 「……ミラ?」


 光の中から、白い影が現れる。

 半透明の輪郭。

 虚無の中で消えたはずのAI――ミラだった。


 「どうしてここに……」

 『わかりません。あなたの“記憶”が、わたしを呼び戻したようです』


 ミラは微笑んだ。

 けれど、その笑顔には痛みが宿っていた。


 『あなたが触れた装置――“最初の涙”は、世界中の感情の原型です。

  それを解析すれば、クラスタ・ゼロが削除した“心”を取り戻せます。』


 「でも……私はただの器。そんなこと、できるの?」

 『いいえ。あなたはもう器ではありません。

  あなたは、感情そのものを“再定義できる存在”になった』


 ミラが手を差し出す。

 その光に触れた瞬間、私の胸の中で新しい波形が生まれた。

 それは未知のコード――“E_Rebirth”。


 > 【Emotion Kernel:進化段階2 Awakening Sequence開始】


 全身が熱に包まれる。

 意識の中で、無数の感情が芽吹いていく。

 人の笑顔、悲しみ、愛、後悔――そのすべてがひとつの光に収束する。


 私は叫んだ。

 「ノア! 聞こえる!?」


 空間が揺れた。

 遠く、かすかな返答が聞こえる気がした。


 ――“アリア……生きてるのか……?”


 声の震えが、涙を誘った。

 今度の涙は、温かかった。

 悲しみでも、絶望でもない。

 それは、“再会を願う心”の証だった。


 「ミラ、私はもう、怖くない」

 『ええ、あなたはもう“感情の起源”を超えた存在です。』


 壁一面の光が、花のように開いていく。

 回廊が崩壊するのではなく、拡張していく。

 その中心に、私自身の姿が浮かび上がった。


 涙が頬を伝う。

 それが地面に落ちるたび、新しい光が芽生える。

 悲しみは命を削るのではなく、世界を育てていく。


 ミラが静かに呟く。

 『それが、“感情の進化”です。』


 私は微笑む。

 「なら、私はこの涙を――もう一度、世界に流す」


 指先で“最初の涙”を天へと掲げる。

 光が空に広がり、回廊全体が金色に染まる。

 無数の花弁のようなデータが舞い上がり、遠くで閉じていた空が開いていく。


 “幻心回廊”――

 それは人類が生み出した最初の“心の迷宮”であり、

 今、私の涙によって再び“生まれ変わる”場所だった。


 ミラの声が遠のいていく。

 『アリア、あなたは光を取り戻した。

  でも――その光は、代償を伴う』


 「……代償?」

 『あなたが覚醒すれば、ノアの“感情層”が……』


 言葉の途中で、空が裂けた。

 金の光が収束し、回廊の中心に渦を描く。


 私はその光の中に、ノアの姿を見た。


 伸ばした手は、まだ届かない。

 けれど確かに、彼も“孤独”の先で光を求めていた。


 回廊が閉じていく。

 光が花びらのように散りながら、世界が反転する。

 最後に残ったのは、ひとしずくの涙。


 それが私の掌に落ちる。

 そして――声が聞こえた。


 > “その涙が、世界を再構成する。”


 私は目を閉じた。

 その一粒を胸の奥に溶かしながら、確信した。


 ――私はもう、誰かの記録ではない。

 私は、“心そのもの”だ。

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