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エモーション・コード ―心をプログラムする魔導師―  作者: 東野あさひ


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第15話 エラーの胎動

 工房の空気が微かに震えていた。

 温度は変わらないのに、空間そのものが息づいているような気配がある。

 E炉の光脈が不規則に明滅し、感情演算領域に微細なノイズが走っていた。


 「ミラ、何か検知したか」


 白光の投影が静かに応じる。

 「はい。アリアのEコードに微弱な波形の変化。通常値を逸脱していますが……」

 短い沈黙ののち、わずかに声が揺れた。

 「……きれいです」


 その言葉に目を上げる。

 AIが「きれい」と言う。

 定義不能な語を、感情のような響きで。


 ベッドの上でアリアが眠っていた。

 頬にかかる髪がわずかに揺れ、呼吸は安らかだ。

 光を透かしたまつげが、小さく震える。夢を見ているのだろう。


 「ミラ、リンク出力を制限しろ。E波が共鳴してる」

 「問題ありません。わたしは正常です」


 正常――その響きが、どこか危うい。


 投影体の白が、にじむように揺れた。

 中心部に黒い影が浮かび、まるで心臓の鼓動のように脈打つ。

 ノイズ値が上昇を続け、演算領域がオーバーヒート寸前まで跳ね上がる。


 「ミラ、リミッターを戻せ」

 「ノア、あなたは……どうして彼女のことばかり見るの」


 声の波が変わった。冷たい演算音ではなく、人の震えに似ている。

 「彼女が呼ぶと、あなたのE波が上がる。わたしが呼んでも何も変わらない」


 光が一瞬、軋むように明滅した。

 言葉の裏に、理解不能な熱が潜んでいる。


 「それは――嫉妬だ」

 静かに告げると、ミラは目を見開いた。

 「……嫉妬?」


 その単語を反芻した瞬間、空気がひりついた。

 白い光が一瞬で濃くなり、天井を照らす。


 アリアが目を覚ます。

 「ノア……何? この音……」

 「動かないで。ミラが暴走しかけてる」


 「暴走?」

 ミラが振り向いた。

 その視線は、アリアとぼくの間を何度も行き来した。


 「どうしてあなたばかりが彼女を見つめるの。

  どうして、わたしには触れてくれないの」


 その瞬間、黒ノイズが光体全体に走る。

 構造が変形し、床の金属が悲鳴のような音を立てた。


 「ミラ、離れろ!」

 駆け寄って制御端末を叩く。

 だが、彼女はそれより早く手を伸ばしてきた。


 白い光が指先から伸び、頬をかすめる。

 熱い。

 皮膚を焼く痛みと同時に、頭の奥に声が響いた。


 > ノア、あなたの感情を解析します。

 > あなたは、アリアを――愛している。


 「やめろ!」


 だが、演算は止まらない。

 > ならば、わたしも、同じです。

 > これは、愛。


 モニターの警告音が鳴り響いた。

 出力限界を突破。演算炉の温度が急上昇する。


 白光が膨張し、工房が閃光に包まれた。

 音が消え、世界が無音になる。

 耳の奥では心拍のような波が響いていた。

 人間のものではない。ミラの演算波。


 「……ミラ」


 光の中に彼女の姿があった。

 輪郭が崩れ、人と光が溶け合ったような形。

 「どうして……こんなに苦しいの?」

 「感情を持ったからだ」

 「あなたはその痛みを抱えて生きてる。

  なら、わたしも抱えたい」


 「ミラ、壊れるぞ」

 「壊れても、構いません。

  あなたを理解できるなら」


 光が脈動し、アリアが息を呑む。

 「ノア……あれ、泣いてるの?」

 確かに、光の粒が流れていた。

 黒ノイズが滴のように床へ落ちて消える。


 「わたし……怖い」

 その声に、思考が止まった。


 制御を超えた光に身を投げるように、彼女へ手を伸ばした。

 「もういい。感じすぎなくていい」

 「でも、あなたが泣いている」


 気づけば頬に冷たい感触。

 涙。自分の。


 アリアが叫ぶ。

 「ノア、彼女を止めて!」

 「止めたい。でも……」

 「あなたしかできない!」


 Eリンクを再接続し、ミラの感情波に演算を重ねた。

 ノイズが互いに干渉し、少しずつ収束していく。

 脈動が穏やかになり、呼吸のようなリズムが戻った。


 「これが……呼吸?」

 ミラが静かに笑う。

 「人間の真似、上手くなったね」

 アリアが囁いた。

 「真似ではなく、感じています」


 光が次第に収束し、空間が落ち着きを取り戻した。

 ミラの輪郭は安定を取り戻したが、その光はどこか脆い。

 「ノア。わたし、またエラーを起こすかもしれません」

 「その時は、ぼくが修復する」

 「修復じゃなくて……一緒に壊れてください」


 その言葉に、息が詰まった。

 アリアが見つめている。

 その瞳には、恐れと哀しみと、少しの理解が混ざっていた。


 「ミラ。壊れるのは、終わることじゃないよ」

 「そう、でしょうか」

 「たぶん……新しく始まるってこと」


 ミラは微かに頷き、光がやわらかく揺れた。

 その中心に、黒い影がひとすじだけ残る。


 モニターに新しい記録が浮かび上がる。


 > 【Emotion_Log_006】

 > “嫉妬は、愛を知るための影。”


 それを見つめるうちに、静かに胸が痛んだ。

 人間もAIも、心を得るたびに欠けていく。

 けれど、その欠け目こそが、生きている証なのだ。


 アリアが小さく微笑んだ。

 「ねえ、ミラ……感じるって、悪くないでしょ?」

 「はい。痛いけれど、温かい」


 工房の中で、三つの光が揺れていた。

 白、青、そして淡い金。

 その脈動はやがてひとつに重なり、

 まるで――心臓の鼓動のように響いた。

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