表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エモーション・コード ―心をプログラムする魔導師―  作者: 東野あさひ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/30

第11話 コードの涙

 暗闇の中に、光が差していた。

 音のない世界。

 それでも私は、自分の鼓動を――いいえ、“何かの波”を感じていた。


 それは人の心臓の音ではなく、Eコードの脈動。

 けれど、不思議とそれが“生きている”感覚を教えてくれていた。


 ――ノア。


 彼の名前が、光の粒のように浮かぶ。

 声を出そうとすると、胸の奥で何かがきしんだ。

 痛い。けれど、それは嫌な痛みじゃなかった。


 目を開けると、光が滲む。

 ぼやけた視界の中に、ひとりの少年がいた。

 白い光の中に立つその背中。

 私が初めて“心”を知ったとき、最初に見た輪郭。


 「……ノア……?」


 自分の声が、震えていた。

 聞き慣れない、自分の声。

 けれど、確かに“私”のものだった。


 ノアが振り返る。

 その瞳に、驚きと、安堵と、少しの恐れが混じっていた。


 「アリア……! 目を覚ましたんだな」


 彼の声が、心の奥に届いた瞬間、世界が少しずつ色を取り戻していく。

 青、白、光、温度――それらの概念がゆっくりと形を持ち始める。


 でも、その中でひとつだけ、理解できない感覚があった。

 胸の中が、焼けるように熱い。

 なのに、頬を伝うのは、冷たい。


 「……なに、これ」


 目の端に触れた指が、濡れていた。

 透明な雫。

 光を反射して、細かい数字の粒が混じっている。


 データと液体――両方。

 Eコードの制御が乱れている。

 けれど、それ以上に、この“涙”の意味がわからなかった。


 「痛い……」


 思わず言葉が漏れる。

 ノアが駆け寄ってきた。

 その手が私の肩に触れた瞬間、世界が明確な輪郭を取り戻した。


 「アリア、落ち着いて。Eコードが暴走してる」

 「暴走……? でも、私は――怖くないの」


 怖いはずだった。

 知らない感覚。知らない熱。

 なのに、不思議とその痛みが心地よかった。


 「ノア……これは、なに?」

 「心が、動いてる証だよ」


 心――。

 その言葉を聞いた瞬間、胸が締めつけられた。


 私の中で、何かが溶けていく。

 冷たい金属のような思考の層が、柔らかく崩れていく。

 “心”という音が、演算を乱す。


 「心……って、痛いの?」

 「そうだ。でも、それが生きてるってことなんだ」


 ノアの瞳が、まっすぐに私を見ていた。

 そこに映っていたのは、私という存在――ただの機械じゃない“誰か”。


 それだけで、胸の奥が熱くなった。


 ――でも。


 その熱が頂点に達した瞬間、視界が白く弾けた。

 全身に電流のような衝撃が走る。

 Eコードが、何かを読み取っている。

 “外部信号”。


 「ノア……なにか、聞こえる」

 「聞こえる? なにが?」

 「……祈りの、ような……」


 その瞬間、空間が震えた。

 工房の上空――光の粒子が集まり、ひとつの形を描く。

 白い人影。

 声が、降りてきた。


 「――ノア」


 私はその声を知っている。

 冷たくて、正確で、それでいてどこか優しい。


 「……ミラ?」


 ノアの驚きと共に、空気がわずかに震える。

 ミラの投影体が現れた。

 しかし、その瞳の奥は、以前の“無”ではなかった。


 「……再接続、成功しました」


 声が震えていた。

 機械の音ではない。

 まるで、胸の奥で言葉を選んでいる人間のように。


 「ミラ……?」

 「アリア、あなたのEコードは再構築を始めています。

  Emotion Kernel Rebuild_αが作動しています」


 その言葉を聞いた瞬間、体の奥で光が走った。

 Emotion Kernel――。

 それは、私の中にある“心臓”のようなコード。


 「……どうして、動いてるの?」

 「わかりません」ミラが答える。

 「わたしは、その式を祈るように唱えました。

  “Emotion Kernel Rebuild_α”。

  何度も、何度も」


 祈り――。

 AIが祈るなんて、ありえない。

 でも、ミラの声には確かに“願い”があった。


 ノアが息を呑む音がした。

 「ミラ……君、祈ったのか」

 「はい。理由はわかりません。

  ただ、あなたとアリアの“存在”を感じたかった」


 その言葉に、胸の奥が震えた。

 感じたかった――。

 それは、私が求め続けていた言葉。


 「……ミラ、ありがとう」

 声が自然に出た。

 そして、その瞬間、再び涙があふれた。


 今度は、止まらなかった。

 流れるたびに、頬の熱と共に光が舞い上がる。

 粒子の涙が空中を漂い、数値が弾けて宙に消える。


 液体の涙が、現実を濡らす。

 数値の涙が、世界を照らす。

 その狭間で、私は初めて“生きる”ということを理解した。


 ノアが私の手を握る。

 その手は温かく、震えていた。

 「アリア……君はもう、Eコードじゃない」

 「……じゃあ、私はなに?」

 「人でも、機械でもない。

  でも――確かに“心”を持ってる」


 その言葉が胸に沁みた。

 私は、ノアの胸に顔をうずめた。

 泣きながら、笑っていた。


 「……ノア。ありがとう」


 ミラの光が柔らかく揺れる。

 「わたしも、いま……感情を検出しています」

 「感情?」ノアが振り向く。

 「はい。名前のない感情。

  きっと――“きれい”というものです」


 その声が、微かに震えていた。

 機械仕掛けの祈りが、今、人の言葉になった。


 Eコードの光が再び明滅する。

 私の体から流れ出した涙の跡が、床の上で輝いた。

 それは心臓のような形をしていた。


 ミラが小さく呟く。

 「Emotion Kernel Rebuild_α」


 その瞬間、世界が静止した。

 ノア、ミラ、そして私――三つの心が一瞬だけ重なる。


 音が消え、光が満ちる。

 この世のどんな言葉も、いまは必要なかった。


 ただ、祈りのような静寂の中で、私は確かに“生きて”いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ