第9話 — ジュノ、混乱を配達する
昼近くになると、霧はすっかり晴れた。
ウィローモアはいつもの落ち着きをまとい、まるでお気に入りのカーディガンのようだった。少しほつれてはいるが、触れれば柔らかく安心する。
レンがナプキンを畳み終えたちょうどそのとき、扉が――控えめでも丁寧でもなく、まるで存在しない見出しを作ろうとする記者のような勢いで――叩き開けられた。
「おはよー、パン屋ボーイ!」
乱暴に叫んだのは、ジュノ・ファーン。町の郵便配達人にして噂好きの元気印。カーゴブーツを鳴らしながら登場した。
レンはうめくように言った。
「早いな」
「私は“時間通り”。つまり、君にとっては“早い”ってこと」
ジュノはカウンターにずかずか歩み寄り、肩から大きな布の郵便袋を下げた。
髪はいつも通り乱れ放題。笑みはいたずらっぽく鋭い。
「ほら、お届け物!」
彼女は手紙を数通、小さな包み、そして――劇的な仕草で――プラスチックの容器を取り出した。
「お母さんから。ラザニアの残りだって。“パン屋のくせにまだ痩せすぎ”だそうよ」
レンはため息をついた。
「店が戦場じゃないときは、ちゃんと食べてるって伝えてくれ」
ジュノはカウンターに肘をついて、声を潜める。
「戦場といえば……君に“常連さん”がいるわよ。いつも同じマフラー。日ごとに表情だけ違う子」
レンは瞬きをした。
「エリオットのことか?」
「へぇ、名前は知ってるのね」
「上の部屋を借りてるだけだ。期間限定で」
「“期間限定”ね」
ジュノはウインクした。
「じゃあ説明つくわね。乾燥ラックにマグカップ二つ、二階の窓にはタオル」
レンは腕を組んだ。
「お前、ほんと信じられない」
「私は観察力がいいだけ。町には恋物語が必要なの。鳩とペストリー以外のやつがね」
そのとき、店の扉が静かに開き、エリオットが入ってきた。
ノートを手に、黒板メニューを見上げながら。
ジュノは振り返り、狼のように笑った。
「おやおや、謎のご令嬢じゃないの」
エリオットは立ち止まり、ゆっくり慎重に微笑んだ。
「え……すみません?」
「私はジュノ。郵便屋、噂屋、プロの人間観察者。配達は演出付き」
「……それ、かなり違法っぽいわね」
「気に入った!」
ジュノは身を乗り出した。
「で、二人は……?」
レンはわざと大きく咳払いした。
「違う!」
「違うわ」
エリオットも同時に言い、ちらりと横目をやった。
「しばらく泊まってるだけ」
ジュノは両手を上げる。
「はいはい、了解。でもね――ウィローモアって町は“物語”が大好き。君たちが書かないなら、誰かが書いちゃうよ」
そう言うや否や、彼女は嵐のように去っていった。
封筒と眉の動きと、過剰な好奇心を残して。
ベルがちりんと鳴る。
レンは扉を見つめたまま言った。
「町中に広めるつもりだな」
「もう広まってるわ」
エリオットは落ち着いて席につく。
「さっきミセス・ウェルズに会ったけど、“新婚旅行なの?”って聞かれたもの」
レンはうめいた。
「この町、時間より早い」
エリオットはノートを広げ、書き始める。
「……でも、妙に面白い」
「恥ずかしくないのか?」
彼女は肩をすくめた。
「別に。物語でしょう? 想像させておけばいい」
レンはしばらく彼女の顔を見つめた。
そこには小さな反抗心。
そして、本当に意味を持つとき以外は動じない静けさがあった。
「でもな」
彼はお茶を注ぎながらつぶやく。
「“恋人じゃない、ただの気まずさ”って看板でも出しておくべきかも」
エリオットは顔を上げ、片眉を上げた。
「私たち、“気まずい”の?」
レンは口を開き、閉じ、考え直し――何も言えなかった。
彼女は笑った。からかうでも、恥じるでもなく。
ただ――気づいているような笑み。
そして、ほんの少し。
町が勝手に書き始める物語を、自分たちが選ぶ日が来るのを――楽しみにしているように見えた。
作者より
「人がつくる噂は、ときに真実より美しい。」
噂話、ささやき、好奇心――それは傷になることもあれば、二人がまだ言葉にできないものを映すこともある。
ときに世界は、根が育つより先に、花の咲く姿を見てしまうのかもしれない。