表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
場違いな夢想家  作者: TSU
8/19

第8話 — 二つのカップ、ひとつの台所


ウィローモアの朝日は、一度に昇るわけではなかった。


屋根の上に淡い桃色の霞がかかり、それから花鉢や窓の鎧戸、昨夜の雨でまだ濡れた石畳の上に、金色の光がこぼれていく。

町はゆっくりと伸びをするように目を覚ます。

窓が開き、カーテンが息をし、鳥たちは歌う前にささやきを交わした。


二階では、シナモンの匂いが染み込んだ壁に、焦げたトーストの香りが反抗するように広がっていた。


エリオットが客間の扉を開けると、カン、と金属の軽い音と「違う違う……先にひっくり返してから塩だ、バカ」と誰かの小さな呟きが聞こえた。


彼女はまだ眠気の残る目をこすりながら、細い階段を降りていった。


パン屋はまだ開店前。

カウンターは静まり返っていた。

だが、その奥の小さな台所は、朝の琥珀色の光で温かく満ちていた。


レンはコンロの前に立ち、裏切られたかのようにフライ返しを握っていた。

髪は乱れ、肘には小麦粉がつき、フライパンの中では何かがかすかに煙を上げていた。


「起きたんだな」

彼は振り返らずに言った。


「その卵、攻撃されてる」


「違う。創作してるんだ」

彼はむきになった声で答える。

「グルメな……惨事を」


エリオットは戸口に寄りかかった。

「いつもこんなふうに料理するの?」


「誰かに見られてるときだけ」


ようやく彼は振り向き、皿を掲げた。

不揃いなトースト二枚、少し傷ついた卵、かつて野菜であろうと夢見た何かがのっている。


「お茶も淹れた。そっちは安全」


二人は窓際の小さなテーブルに並んで座った。

やわらかな陽が押し寄せるように差し込む。


エリオットはひと口かじり、少し驚いた顔で彼を見た。

「……悪くない」


レンは本気で傷ついたような顔をした。

「朝食だぞ。心の支えなんだ」


「“悪くない”って悪い意味じゃない」

彼女はかすかに笑って付け加えた。

「ただ……思ったより食べられる」


彼はお茶を注ぎながら言った。

「朝の君は容赦ないな」


「いつも容赦ないわ。ただ、今やっと気づいただけ」


しばらくの間、二人は静かに食べた。

フォークの音だけが間を埋める。


エリオットの髪はざっくりと束ねられ、灰色のスウェットを着ていた。

瞳はいつもより澄んでいた。

軽くなったわけではない。ただ、守りを少し解いたように見えた。


レンは短い視線で彼女を盗み見た。

紅茶をかき混ぜるときは必ず時計回り。

一口食べるたびに、必ず一瞬ためらう。

まるで味わうことが肉体的な行為だけでなく、心の確認でもあるかのように。


「部屋はどう?」


「狭い。埃っぽい。でも完璧」


レンはうなずいた。


「本の引き出し、気に入った。……呪われてるのも」


「読んだの?」


「流し読みした。間違いなく呪われてる」


陽射しがテーブルの端まで届き、光のかたまりが彼女の手や袖に重なった。

彼女は手を引かず、そのままにしていた。


「こんなに長く、同じ場所にいるのは何年ぶりかしら」

エリオットがぽつりと言った。


レンは顔を上げる。


「たいていの町は騒がしすぎる。好奇心が強すぎる。……でもウィローモアは」

彼女は少し迷ってから続けた。

「もっと静かな問いかけをしてくる」


レンは何と答えていいかわからなかった。

だから正直なことだけを言った。


「住んでると、馴染んでくる」


彼女はゆっくりとうなずき、ささやくように言った。

「……たぶん、馴染んでみてもいいかも」


それ以上、多くは語らなかった。


二人は朝食を終え、自然と洗い物を分担し、互いを避けるでもなく譲るでもなく、静かな空気の中で不思議にかみ合った。


やがてエリオットはノートを手に、お茶を足して二階へ戻っていった。


レンは静まり返った台所を見回す。


久しぶりに、空虚には感じなかった。


そこには「分かち合う」という感覚があった。

作者より


「ときに、二つのカップと少しの沈黙が、まったく新しい始まりになる。」


“家”はいつも場所として訪れるわけではない。

あるときは朝の光として。

失敗した卵として。

そして、何も変えてほしいと求めず、ただそばにいてくれる誰かとして。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ