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場違いな夢想家  作者: TSU
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第2話 — 町の人々


ウィローモアという町は、たいていの日、まるで描きかけの絵のようだった。

空が最後の一筆を忘れてしまったみたいに。


木々は少し傾いて、こっそり立ち聞きしているかのよう。

家々は年を重ね、愛着と共にゆるやかに沈み込む。

ひび割れたレンガの隙間からは野花が顔を出し、

でこぼこの道も、結局はいつも誰か優しい人のもとへと続いていた。


ここは「誰もが誰をも知っている町」。

――少なくとも、礼儀として知っているふりをする町だった。


午前の遅い時間、レンはエプロンをつけたままパン屋を出た。

片腕には、茶色の紙に包んだ前日のクロワッサン。

煙突からの煙の匂いが空気に混ざり、

小鳥たちが店の庇を飛び交いながら、大げさな町の伝令のように鳴いていた。


広場の向かいには、古びた窓の上で小さな看板が揺れていた。


ステッチ&スクリブル。


服と文房具を扱う、こぢんまりとしたぎゅうぎゅう詰めの店。

その店を営むロウエン夫妻は、町を支えるレンガよりも長くここに住んでいた。


レンがドアを押すと、ベルがチリンと鳴る。


「もう戻ってきたのかね?」

新聞から目を上げずに、ミスター・ロウエンが言った。

色あせたセーターにサスペンダー。

その声はどんな言葉も古い音楽のように響かせる。


レンはクロワッサンを置いた。

「賄賂です。こっちが何も言わないのに、いつもスコーンを勝手に入れてくるから。」


スカーフのカーテンの向こうから、ミセス・ロウエンが現れる。

銀色の髪をリボンで結び、笑顔を浮かべながら。

「だってあなた、感情のあるホウキみたいに見えるんだもの。」


レンは片眉を上げる。

「ひどい言われようだな。」


「いいのよ、それで生きてる証拠だから。」

そう言って、彼女はクロワッサンをひとつ取った。


レンはしばらく、必要もない布見本を眺め、決して使わないペンを手に取っては悩むふりをした。

それがウィローモアの流儀――必要なものを求めて行き、必要のないものに留まる。


店を出たところで、自転車が勢いよく彼の前を横切った。


「気をつけろよ!」

そう叫んだのは、郵便配達人にして町一番の騒がし屋、ジュノだった。


彼女はキィッと急停車し、にやりと笑う。

「郵便、マフィン、そして大騒ぎ――二つまで選んでいいわよ!」


レンはクロワッサンを一つ渡した。


ジュノはそれを宝物のように受け取り、声を潜める。

「聞いた? 見知らぬ人が来てる。スカーフをした旅人よ。昨日、宿に泊まったんだって。」


レンは首を傾げる。

「おまえはカラスみたいに噂を集めるな。」


「私はなんでも運ぶのよ。」ジュノは自転車にまたがりながら言った。

「郵便も、話もね。」


彼女が去ると、セオがどこからともなく現れた。

ポケットに手を突っ込み、半分眠そうな目。髪はまだ風の名残で乱れていた。


「チョコ入りのやつを逃したな。」レンが言う。


セオは大げさにため息をつく。

「人生は苦痛だな。」


二人は一緒に広場の噴水へ向かう。

そこではハトたちが、まるで町の支配者のように行進していた。

石畳には子どもたちのチョーク絵がまだ残っていて――笑顔の太陽、イニシャルの入ったハート、形の崩れた犬。


レンは噴水の縁にもたれかかる。


しばらくして、セオがぽつりと言った。

「なあ、この町って、ちょっと小さすぎると思わないか?」


レンは周りを見渡した。

「いや。ちょうどいい。カーディガンみたいなものだ。」


セオは口元をゆがめる。

「肘に穴のあいたやつな。」


二人はしばし黙って、町の音に耳を澄ませた。

軋む雨戸の音。遠くの鍛冶屋のカンカンという金属音。

そして目に見えないけれど、すべてをつなぎ合わせている温かな糸。


やがてセオが言った。

「新しい人にも、この町は同じように馴染むのかな。」


レンは答えなかった。


ただ、空を漂う雲を眺めた。

そこに留まるべきか、去るべきか迷っているように。

作者コメント


「いくつかの場所は、いつも開かれている――扉ではなく、心で。」


愛よりも前に、憧れよりも前に、変化よりも前に――場所がある。

問いかけではなく、静けさで迎えてくれる場所。

物語が花開くのは、そんな場所から始まるのだ。

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