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場違いな夢想家  作者: TSU
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第1話 — マロー&クラム


ウィローモアの朝は、まるで遠慮がちな客のようにやって来る――優しく、ゆっくりと、どこか自信なさげに。

太陽は決して急がない。細い金のリボンのように窓から差し込み、屋根をなで、ドアノブの上で「おはよう」と囁く。


眠そうな市場広場の片隅に、小さなパン屋があった。

ツタに覆われ、古い木の看板に半ば隠れるようにして。窓は内側からやわらかく曇り、ドアの上には手書きの看板が風に揺れて、かすかにきしんでいた。


マロー&クラム。


香りは、バニラと焦げた砂糖、そしてほんのりクローブの気配。


店内では、レン・ウィットローがすでに粉にまみれていた。

まるで目的を見つけた幽霊のように。棚の上ではラジオがかすれたジャズを囁き、カウンターの横ではケトルがシューッと音を立てる。

照明はバターのような黄色で、膨らんでいく生地の上にやわらかな影を落としていた。


レンの手は静かに動く。折り、叩き、呼吸する。

エプロンは曲がり、袖は肘までまくり上げられ、頬には気づかれないまま粉の白い筋が残っていた。

朝のリズムがそこにある――生地がふくらむボウルの中の静けさのように、心が落ち着いていく瞬間。


外の町も、ようやく目を覚まし始めていた。


カラン、とドアベルが鳴る。鋭く、けれどどこか馴染みのある音。

セオが入ってきた。頬は寒さで赤く、髪は風に吹かれて四方八方。


「お化けみたいな雪だるまになってるぞ。」レンは顔も上げずに言う。


「俺は冬の精霊と、悪い判断力を連れてきたんだ。」セオは劇的にパンのトレイを指差す。

「ついでに空っぽの腹もな。これ、シナモンか?」


「昨日の失敗作だ。」レンは答える。「今日なら食えるかもしれない。」


セオはにやりと笑って、いつもの席に腰を下ろす。

一口かじる。味など提案にすぎない――そう信じている者の自信に満ちた顔で。


それが、ほとんど毎朝の光景だった。


……その日、ドアがもう一度開くまでは。


今度は、もっと静かに。


彼女が入ってきた。

まるで夢の中をさまよいながら、本当に歓迎されているのか、ただ通りすがりなのかを確かめるように。

長い灰色のマフラーが首にかかり、コートには旅の埃。靴は擦り切れ、手には閉じたノートが握られていた。


レンはすぐには声をかけなかった。彼女も話さなかった。


背後から風がささやき、髪をわずかに揺らす。

彼女はゆっくりと店を見渡す――評価するでもなく、ただ観察するように。

まるで、この場所の香りが人よりも多くを語るかのように。


レンは一歩前に出て言った。「おはよう。」


彼女はうなずいた。


「初めてだね。」


「通りすがりです。」


だがその声――柔らかく、少し疲れた響き――は、それ以上の何かを含んでいた。


レンはエプロンで手を拭き、微笑む。

「ここはね、コーヒーは焦げてて、パンは頑張り屋なんだ。」


それに、彼女の唇がかすかに動いた。ほとんど笑みのように。


「アップルケーキがあると聞きました。」


ガラスのドームの下に残った最後の一切れを指差す。

「運がいい。」


彼女は窓際に座り、ノートはまだ閉じたまま。

窓の外では霧がガラスにまとわりつき、秘密を隠すように。

店の内側では、二人のあいだの沈黙が古びたコートのように落ち着いて――馴染み、そして心地よく居座った。


皿をそっと置きながら、レンは言った。

「もし残るなら、まだあるよ。」


彼女は顔を上げ、視線が彼と重なる。

驚きではなく、探すように。


彼は名前を尋ねなかった。

彼女も、彼の名を問わなかった。


けれど確かに何かが通い合った。

まるで物語の最初のページが、誰にも気づかれぬほど静かにめくられたように。

作者コメント


「初めての出会いは、声なきノックで訪れることが多い。」


始まりは大抵、花火でも確信でもない。

一切れのケーキと、半分の微笑みと、埋める必要のない沈黙の中に――そっと忍び込むのだ。

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