第8話『別れ道と続く旅』
山の尾根に向かう途中、道は徐々に狭まり、足元の岩が大きくなっていった。
陽は高く、風は乾いている。リアナが先を歩き、ホシがその脇を軽やかに跳ねる。後ろから続くエルミナは、周囲の草むらを時おり見下ろして、気になる植物を探していた。
ライロは最後尾でみんなの足取りを確認していたが、ふと立ち止まり、耳を澄ませた。
遠くから、草を踏む音が聞こえてくる。
岩陰から現れたのは、一人の男だった。布袋を背負い、顔には汗と疲労がにじんでいる。足取りは重く、靴は擦り切れていた。
「……旅の方ですか? この先に村はありますか?」
男は息を切らし、喉を鳴らすように問いかけた。
ライロが前に出て答える。
「この先は尾根だ。村はないぞ」
男はがっくりと膝をついた。
「……そう、ですか。山を越えてきたのに、道を間違えたか……」
リアナが近づき、水筒を手渡す。男は一口飲んでから、少しだけ表情を落ち着かせた。
「ロルサ村の者です。村で、風邪が流行ってるんです。子どもたちが咳を止められず……薬も使ったんですが、効かなくて」
その言葉に、ライロが目を細める。
「どんな薬を?」
男は袋から小さな包みを取り出した。乾いた葉と数粒の丸薬が、中に収まっている。
ライロはそれを受け取り、匂いを確かめ、指で少し砕いてみた。
「……保存が悪いな。湿気を吸って、薬効が落ちてる。見覚えがある薬だけど、俺が渡したものとは少し違う」
男はうつむき、地面を見つめた。
「商人が届けたものだったので……それでも、効いてくれると思ったんですが……」
「状況が悪いままなら、子どもたちに負担がかかる。……悪いが、俺が行って確かめる」
ライロはそう言って立ち上がった。
リアナとエルミナが顔を見合わせる。だが、ライロの表情はすでに決まっていた。
「ここで会ったのも何かの縁だ。俺のことを覚えてる村なら、話も早い」
リアナは少しだけ考えてから、落ち着いた声で言った。
「なら、私たちはこのまま西へ向かう。地図は書き足していくから、どこまで進んだかは分かるはず」
「頼もしいな。……さすがだ」
ライロはふっと笑い、腰の袋から小さな帳面を取り出した。革張りのその表紙には、擦れた跡がいくつも刻まれていた。
「エルミナ。これはお前に渡す。薬草の記録帳だ。採取場所や調合のメモがまとめてある」
エルミナは慎重に受け取り、表紙を指でなぞる。
「ありがとう。読ませてもらう。そして、書き足すよ」
「そうしてくれると助かる」
ライロはうなずき、今度はホシを見下ろした。
「お前は?」
ホシはしっぽを振り、リアナの足元に寄り添った。
「……そっか。リアナと一緒に行くってさ」
ライロが苦笑まじりに言うと、リアナは肩をすくめた。
「当然だよ。仲間なんだから」
「……だな。安心した」
ライロは男を支えて山道を下りていく。その背が岩陰に隠れるまで、三人と一匹は黙って見送った。
「進もうか」
リアナがそう言うと、ホシが鳴いて先に立つ。エルミナも静かに歩き出した。
道は続く。
風に揺れる草の匂いの中で、彼の背中は、少し大きく見えた。




