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第4話『迷い森と光るしっぽ』

 霧がうっすらと残る朝、リアナとエルミナは山間の森へ足を踏み入れた。


 今回の目的は「ネズミナ」。地を這うように茂る多肉質の薬草で、滋養を高める効果がある。疲労や衰弱時に煮出して飲むと、弱った身体に活力が戻る。葉の先がほんのり赤く染まり、茎に細かい産毛のような毛があるのが特徴だ。湿った岩肌や木陰の低い地面に生えるため、注意深く探さなければ見落としやすい。


「夕方になると水分を含んで、苦味が増すから、今のうちがいいね」


 エルミナはそう言いながら、腰の道具袋から採集道具を取り出した。


「了解、こっちは地図に印つけながら歩くね」


 リアナは小さな板綴じの地図帳を開き、歩いた道筋に目印を記しながら進んでいく。ふたりは連携が取れていた。無駄な会話をせずとも、どちらがどの範囲を探るか、自然と分かっていた。


 だが、森の奥へ進むにつれ、様子が変わっていった。


 道が細くなり、分岐が増え、下草を踏み分けた獣道のようなものがいくつも交差していた。動物の足跡に気を取られ、リアナは本来の道筋から少しずつ外れていった。気づけば、陽の光は完全に途切れていた。


「……こっちじゃないかも」


 エルミナが立ち止まり、あたりを見回した。


「でも、さっきまで記録してたし……」


 リアナは地図を見たが、頭の中の道筋と照らし合わせても、周囲と一致しない。木々の形も、苔のつき方も、同じように見える。鳥の声もなく、風も止まり、森は息をひそめたように静まり返っていた。


 焦りが胸に広がる。言葉にしようとしたとき──


 かすかに、茂みの奥が揺れた。


 リアナが顔を向ける。そこにいたのは、一体の生き物だった。


 背丈は膝下ほど、小さくて細身。体はふわふわとした毛に包まれ、淡く灰がかった銀色をしていた。二股に分かれた長い尻尾が、風もないのにゆらりと揺れている。耳は長く、丸い目がふたりを見つめていた。


「……猫?」


「いや、耳が長すぎるし、尻尾も変だよ」


 エルミナがぽつりとつぶやく。リアナは目を凝らしながら、一歩踏み出した。


 その不思議な獣は、ふたりをちらりと見たのち、ひょいと振り返って森の奥へと歩き出した。走るでもなく、逃げるでもなく、一定の間合いを取りながら、明確な意志をもって進んでいるように見える。


「待って!」


 リアナが後を追う。エルミナも遅れて続いた。妙な生き物だったが、どこか放っておけなかった。


 獣は茂みをすり抜け、下草を踏まずに進み、道なき道を案内するように進んでいった。ふたりがついていくと、徐々に空気が変わっていく。


 木々の間から光が差し込みはじめ、鳥の声が遠くに聞こえた。


 やがて、目の前に草地が開ける。地形がなだらかになり、陽が差し込む空間が現れた。


「ここ、さっきまでの森と違う……」


 リアナが息をのむ。エルミナも頷いた。


 だが、次の瞬間──


 あの獣が、ふらりとその場に崩れた。


「えっ──!」


 リアナが駆け寄る。その体は冷たく、毛は濡れていた。胸がかすかに上下していたが、呼吸は浅い。目は閉じたままで、体温が抜け落ちていくようだった。


「衰弱してる……熱もあるかも」


 エルミナが膝をつき、布を敷いてその身体を包み込む。リアナはすぐに採集袋を探り、朝方に採っていたネズミナを取り出した。


「煮出すよ。火、お願い」


「任せて」


 ふたりは無言で作業を始める。携帯火口を組み立て、小鍋に水を注ぎ、ネズミナの葉をちぎって入れる。草がほのかに香り、かすかな苦味を含んだ湯気が立ち上った。


「冷ましすぎないように。少しずつ、口元に」


 リアナが匙ですくい、そっと獣の口元へ運ぶ。最初の数滴は口の端をこぼれたが、三度目には小さな舌が動いた。


「飲んだ……」


 安堵の声が漏れる。少しずつ与えながら、身体を布でくるみ、体温が戻るのを待つ。


 十五分、二十分、時間がゆっくりと過ぎた。


 やがて、閉じていた目がゆっくりと開いた。


 大きく、暗く、どこか人のような知性を帯びた瞳。その瞳が、真っすぐにリアナを見つめていた。


「……よかった」


 リアナはそっと微笑む。エルミナもそれを見て、小さく肩を緩めた。


 獣──もう「獣」という呼び方では足りない何か──が、小さく「キャウ」と鳴いた。


「名前、つけてもいいかな」


 リアナがエルミナを見た。


「……いいと思う。もう帰る気はなさそうだし」


「じゃあ……ホシ。森の奥で見たとき、なんだか星みたいだったから」


 ホシはもう一度「キャウ」と鳴いた。さっきよりも、少しだけ元気な声だった。


 陽が少し傾きはじめていた。ふたりは荷物を整え、周囲の地形を記録しながら再び歩き出す。


 リアナの背には、包まれたホシがちょこんと収まっていた。


 新しい仲間が増えたその日、地図には細く、小さな道が一本伸びた。

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