第20話『交わる影と風のあと』
斜面を登った先、風がふっと止んだ。背を押していた空気の流れが消え、草の音もやんだ。
リアナは立ち止まり、振り返る。歩いてきた道が、草の揺れとともに緩やかな弧を描いていた。朝から進んできた軌跡は、すでに地図の中で線になっている。
「ちょっと休もうか」
「うん、陽が高くなってきたね」
エルミナが水袋を手に頷く。ホシは少し先の岩に乗っていて、しっぽをふわりと揺らしていた。
リアナは膝をつき、地図帳を取り出す。足元の草はまばらで、土は少しだけ柔らかい。地面の傾きも、目を凝らせば分かる程度にゆるやかだった。
「ねえ、あれ……」
三つの岩がゆるやかに並び、それぞれから伸びる影が、ある一点で交わっていた。重なりは不自然なほど整っている。
「偶然……かな」
「でも、すごくきれいに合ってる」
リアナは手製の方位板を取り出し、影の角度を測った。方角はまちまちなのに、影は一本に交差している。ちょうどその中心に、丸い石が埋もれていた。
ホシがそこへするりと移動し、影の真ん中に座る。まるで「ここだよ」と言っているようだった。
「……測量獣なのかな、ホシ」
「私の仕事を狙ってるね」
エルミナが笑いながらしゃがみこむと、草の中に銀緑の葉が密に重なっていた。
「ハナミドリ草。乾燥地で群生するタイプ。前に見たのより、色がいい」
「風の通り道から外れてる。だから残ってるのかも」
エルミナは数株だけ摘み取った。根は残し、葉だけを丁寧に。
「岩と影と草。どれも偶然の配置なのに、不思議と形になってるね」
リアナは膝の上に広げた地図に、その並びをなぞる。形にはならないはずのものが、いま目の前で意味を持っていた。
ホシが少し動いて、草を踏まずに別の場所へ向かう。ついていくと、そこには芽が出たばかりの白い葉が一本だけ立っていた。
「今朝か昨晩くらいに出たのかな」
「土が湿ってるし、陽も柔らかい。ここが選ばれたんだね」
エルミナはそっとしゃがみこみ、芽の傍に何もせずただ手を当てた。
「こういうの、残しておきたいよね」
「うん。誰かが並べたわけじゃないのに、意味があるように感じるときもある」
リアナは一呼吸おいてから言った。
「……意味があるように見える時もある。
でも、意味があるかどうかに関係なく、私はそこを地図に残すんだと思う」
風が一筋吹き、草が揺れ、影がすこしずれた。三本の線が、ゆっくりと離れていく。
「太陽の角度が変わってきたね。次は、あの丘の下がよさそう」
「午前中に見えたとこ。地面もなだらかだったし」
ふたりは荷をまとめ、ホシの後ろに続いた。もう振り返ることはなかったが、紙の上にはその場所が残っている。
自然が描いた三つの線。重なった影。芽吹いた草。
誰の手も入っていなくても、ただそこに在ったというだけで、地図には残される。
意味があるかどうかなんて、関係ない。
空白も、影も、偶然の形も――それが今日、ここにあったということ。
そしてそれが、地図になる。




