43_撤退
「どうした?騒がしい様だが?」
テントを出たンドゥは、外で控えていた自分の部下であるロアに声を掛けた。
「ンドゥ様!
実は今まさにお声掛けすべきと思っていた所でして。」
「ん、何があった?」
「……あちらの崖の中腹に不可解な連中が現れ、自軍に攻撃を──」
ロアの言葉で崖の方を向いたンドゥは、点のような強烈な光に気付いた。
しかし、自分が居る場所からは大分距離がある。
自らが生まれ育った町の端から端まで行った距離よりなお遠い。
そんな場所で何事か起きても、大した事ではないと、この時のンドゥは考えた。
「──そんな、魔術が消滅した……?違う!収束している?!」
ンドゥの横ではロアが驚愕している。
魔術師であり、普段は冷静沈着なロアのそんな様子に、ンドゥは驚きと胸騒ぎを覚えた。
「……なんだ、あれはそんなに不吉なものなのか?」
「それは──」
ロアは言いかけた言葉を飲み込み、切羽詰まった様子で詠唱を始めた。
「ンドゥ様、失礼!」
事態が飲み込めないンドゥを、お付きの護衛であるカンダが抱え込み、押し倒した。
「な、なんだ──」
「『防護盾』!『防護盾』!『防護盾』!!」
ンドゥの言葉を無視して、二人に更に覆いかぶさった状態となったロアが防護用の魔術を連発で発現する。
帝国の有力な魔術師の中では、魔術の連続発現の技術を身に付けている者が居る。
仕組みとしては、最初の詠唱による波長の余韻が残っているうちに、同じ魔術を再発現させるのだ。
単純な魔術で、かつ、最初の魔術を放った直後にしか出来ない制約で、三回同じ魔術を連発するのが限界なのだが、『防護盾』とは特に相性の良い技術であった。
「お、おい──」
訳が分からない状態のンドゥがそう発した直後、激しい爆音と衝撃がンドゥを襲い、視界が真っ白になった。
**********
「……う、くっ……。」
半ば土砂に埋もれた状態でンドゥの意識は再始動した。
体の各所に痛みがあるが、痛みの種類は外傷系の痛みの様なので、取り敢えず命の危機は無さそうだ。
ただ、思い切り砂を噛んだようで、ンドゥは慌てて口内の物を吐き出した。
「……っ?!おいっ、カンダ!ロア!無事か?!」
「う゛……、あ、ンドゥ様、こそ、ご無事ですか?」
「く……、な、何やら全身が痛いですが、まぁ、打ち身系の痛みです。
衝撃で転げ回りましたからな。」
ンドゥを庇う体勢で、同じように気を失っていたカンダとロアの二人も、何とか無事のようだ。
ロアが咄嗟に掛けてくれた魔術のお陰だろう。
それにしても何が起こったのか?
落ち着いたンドゥが周囲を見渡すと、そこは景色が一変していた。
「なっ?!」
まず、司令部のあったテントが丸ごと吹き飛ばされており、中に居たであろう人物達ごと跡形も無くなっている。
いや、司令部だけではない、その後方に居た筈の右翼の部隊長や副官等、指揮系統に関わる者達も、大方吹き飛んでしまっているようであった。
「な、何故だ?!何が起こった?!」
立ち上がり、混乱したままに叫ぶンドゥに応える者が居た。
「ンドゥ様!!ご無事でしたか、良かった!」
見覚えのあるその顔は、ンドゥの領から連れて来た部隊長の一人である。
「うむ。
そんなことよりも、一体これは何がどうなったのだ?」
「分かりません。
おそらくは白い衣の集団が放った光が引き起こしたものであるかと……。
光が直撃した司令部は、あの有り様です。
……他の方々は絶望的かと。」
「なっ?!」
(バカな?!誰一人残っていないのか?!
となると、私が指揮系統のトップという事になってしまう。)
ンドゥは南の、カダー王国軍が待機しているであろう方角に顔を向けた。
(被害者の数自体は大した事はない。
が、これでは指揮系統が完全に麻痺してしまう。
この状況で「巨熊」と呼ばれた老将ソダと相対せよと言うのか……?!)
ンドゥは目線を落とし、今しがた命懸けで自分を庇った二人を見つめる。
(無理だ!!
そもそも私は義理でこの戦争に参加させられたのだ。
この上、状況が悪化し、責任を背負わされてまで戦いを続け、大事な部下を命の危機に晒すなど有り得ん!)
「──聞きたいのだが?」
「は、はいっ!何なりと!」
部隊長の男は、ンドゥの言葉に畏まって答えた。
「先程の攻撃?か?……あれを撃った存在はどうなった?」
「へっ?……い、いえ、未だ捜索中です。
近場で見ていた者の話では、あの後、再び眩く光ったかと思うと、その姿が消えていたそうでして……。」
「「……っ?!」」
話を聞いたンドゥ、ロア、カンダは、その集団の人知を超えた行動に唖然としてしまった。
「……だが、消えたという事は、追撃は無いと考えて良さそうだな。」
「ンドゥ様、何を?」
ンドゥが何を考えているか分からず、ロアは聞き返してしまった。
「……撤退だ。」
「はっ?!」
「撤退だ!!
最速で準備をしろ!
またあの遠距離爆発魔術の様なものを撃たれては堪らん。
全ての部隊へ通達急げ!」
「て、撤退ですか?!
ここまで来て──」
「ここまで来てしまったからこそだ!
今、ここから目と鼻の先に「巨熊」ソダが率いる軍が居るのだぞ?!
のんびり準備をしていたら、あっという間に攻め込まれ、更に致命的な被害が出てしまうだろう。
熊とは、相手が弱っていたり、背を向けて逃げ出した時に、最も俊敏に動く生き物だからな。」
ンドゥは部隊長と、彼らの会話を聞きつけて集まって来ていた兵士達に向けて告げた。
「し、しかし、意気揚々とした兵達がなんと言うか、素直に言う事を聞くでしょうか?」
尚も食い下がる部隊長に対して、ンドゥは司令部のあった辺りを指差して言った。
「文句のある者には、あそこから私よりも指揮権が上位の者を掘り出して連れて来い、とでも言え!
私も、そうなれば素直に言うことに従うとも。
だが、それまでは撤退の方向で進めさせてもらう。
言う事を聞かない者は無視して良い、ここに残るも自由だ。
ここに置いておけば、撤退する本体の遅滞戦闘要員として役立ってくれるだろう。」
「承知しました!」
ンドゥの言葉を受け、部隊長とその周りに居た兵士達は方々に散るように駆けて行くのだった。
「……何ともアッサリと決断しましたね、ンドゥ様。」
一連の遣り取りを見ていたロアが、ンドゥに声を掛ける。
「……司令部の中で私一人が生き残ってしまった。
その事に意味を見出すなら、私にできる、私の役目はこれしかない。
今の遠征軍の様子をチェスに例えるなら、気付かぬ内にキングが取られてしまった状態だ。
私に出来る事は、投了を告げ、駒を片付ける事くらいさ。
……少しでも多くの兵士を本国に帰してやらんとな。」
ンドゥは、今だ混乱の最中に居る遠征軍の兵士達を見渡しながら答えた。
**********
結局、ンドゥ以外に司令部の生き残りが見つかる事はなく、その日の昼前に帝国軍は撤退を始めた。
カダー王国側も、帝国軍の様子は監視していたため、すぐさま防衛陣地から進み出て帝国軍の追撃を試みた。
が、残された遅延戦闘要員は特に戦闘意欲の高い者達が多く、王国軍は大いに足止めされてしまい、本体への止めの一撃を加えるまでは至らなかった。
この戦いで、帝国側は総員の三分の二以上の兵士を生還させる事に成功した。
対する王国軍の犠牲者の数はギリギリ四桁に届いた所で打ち止めとなった。
結果を見れば、王国軍の圧勝と言える結末である。
この時従軍した兵士達からは、後にこんな話が出回った。
撤退中の帝国兵達を最も恐れさせ、神経を蝕んだものは、追撃の恐怖ではなかった。
帝国軍は撤退中、往路で焼いた村で夜を明かす事があった。
この時、深夜の焼け落ちた家々の傍らで兵士達が眠っていると、何処からともなく何者かの呻き声が聞こえて来たのだと云う。
それはその村で殺され焼かれた村人達の怨念であったか、はたまた本懐を遂げる事なく散っていった同胞達の無念の声であったか……。
やがて、本国へ帰り着く事が出来た者の中にも、精神に異常をきたしている者が多く見受けられたと云う。




