39_侵攻開始
「……遂に帝国の侵攻が始まったそうだ。」
「──っ?!」
朝一で届いた書簡を読んだセーム様が、家に居る皆を集めて語った言葉がそれであった。
当然、書斎集まった皆が驚いた。
同時に、ボクには「いよいよか」との想いもあった。
結局、ジサンジ帝国は戦争をしたがる南部の貴族達を制する事は出来なかったようだ。
カダー王国での陰謀は露見し、被害は大したことは無かったので、ほぼ万全の王国と対峙する事になるというのに。
それでも戦争すれば国力差で勝てるとの確信があるのだろうか?
はたまた、平和ボケからの自国アゲ他国サゲ教育の賜物で、自分達は負けないと思い込んでいるのだろうか?
……何にせよ、カダー王国からすれば迷惑この上ない。
受けて立つ側のカダー王国も、何も対策無く春まで待ち構えていた訳ではない。
セーム様と同様に、先の戦争に従軍した経験もある宰相ソダ様を筆頭に、軍部の叡智を掛けて対策を行って来たのだ。
帝国側に余程の切り札が用意されてるのでなければ、この戦争は境界線が多少前後する程度の結果に落ち着くと見られている。
「なんでそこまで戦争したいのですかね?」
「帝国は元々、今の北部の側で興ったのだ。
そこから主に南に国土を増やしていった。
だから、南部というのは併呑されてまだ日の浅い、いうなれば新参扱いなのだ。
当然、国への貢献度も北部の貴族とは比較にならない。
要するに、手っ取り早く手柄と、自分達よりも下っ端が欲しいのだよ。」
ボクの発した疑問に、セーム様が答えてくれる。
なるほど、確かにそんな状況なら、自分より下の存在を求めたくなる気持ちが芽生えるのも分かる。
「ならば戦争だ!」と短絡的になる理由は、それでも分からないけれど。
「なぁ、クローよ。
それでも、こんな状況でも、お前達は帝国に行くのか?」
セーム様が心配そうに尋ねてくる。
ボクがゾマ祭前にここローエンタール領を経つ事も、目的のため帝国へ向かう事も、セーム様にはお話ししてある。
「はい。
そうしないと、安心してひとところに定住する事も叶わないですからね。
ここに長く居て、セーム様やルミに危害が及ぶのは耐えられません。
……ご心配お掛けするのは心苦しいのですが、ボクの未来のために必要な事と考えていますので。」
うん、こればかりは仕方ない。
ボクはヴェロニカさんを守ると決めた。
その為に、時として戦わなければいけないのならば、迷わず戦う。
でも、ここに居てそれを続ければ、いつか奴等は搦め手、すなわちセーム様やルミを人質に取る作戦を採ってくるかも知れない。
それは避けたい、ボクらの為に大切な人達が傷付く事になってはいけない。
だからボクは帝国へ行き、「魔王教」をぶっコロがして来なくちゃいけない。
本当は、ヴェロニカさんを狙う諸悪の根源であるハイ・エルフ達をこそ、ぶっコロがし回したいのだけれど、ボクにはまだそれに見合う戦力が足りないと思う。
なのでとりあえず、ハイ・エルフの手足となって行動する「魔王教」から断ってゆく必要があるのだ。
帝国に行くのは、その「魔王教」の本部が帝国内にあると考えたためであった。
「……分かった、もう何も言わん。
だが、ちゃんとまた土産話を持って帰って来るのだぞ?
この儂が老い先短い事も忘れるなよ。」
「もちろんです。
今度は帝国の内部事情を事細かに探ってご報告差し上げますよ。」
「阿呆ぅ!
そんな所を本気に取るな。
何より、クロー達が無事でいる事が何より大事だ。
気を付けて行ってくるのだぞ?」
「はい、承知いたしました。」
セーム様はやはりお優しい。
ハック兄上の件でもそうだったけど、部下の事も親身に考えてくれる。
出来れば長生きしてもらいたいと切に願ってしまう。
……ま、ナタリーさんとルミが付いているのだから、まだ暫くは大丈夫だと思うんだけどね。
「クロー様……。」
ボクらの会話を聞いて、ルミが声を掛けてくれる。
その声音は少し心配そうだ。
「大丈夫だよ、ルミ。
帝国の侵攻で危なくなっていそうな所は極力避けて通るから。」
「そうですか。
ですが、くれぐれもお気を付けて。」
「うん、行ってくる。」
約一年前、ボクがここを離れたのは、国落ちのためであった。
つまりは、ここから逃げたのだ。
けれど今回は違う。
ちゃんと目標を持って、その目的の為に旅立つのだ。
些細な違いかも知れないけれど、少しは自分が成長できたような気がしている。
「……今度は、サキちゃん用のお土産も考えなきゃだね。」
「ふふ、それも嬉しいですが、やはりまた顔を出していただくのが何よりですね。
今はまだクロー様の事を認識できていませんからね。
ちゃんとクロー様の事が分かる歳になってから、私の大切な方だと伝えたいです。」
「ん……、分かったよ。
必ずまた帰って来るから。」
「はい。」
サキちゃんの成長を楽しみに帰って来るのも悪くないかもね。
……そう言えば。
「……でも、その時にはサキちゃんの下の子が生まれているかもですね、カイルさん?」
「えっ?!
……う〜ん、否定は出来ないな。」
「カイル?!」
カイルさんの返事にルミが驚く。
すぐにまた下の子を、とは流石に考えてないだろうけれど、落ち着いたら二人目を考えても良いんじゃないかな。
カイルさんはその甲斐性もあるしね。
「私達の事より、君達はどんなんだい?
また会う時には、それぞれに子供が出来てるなんて事も有り得るだろう?」
「あっ……。」
そっか、そんな事もあるのか。
現状、やる事はやってしまっているので、そうなってもおかしくないか。
……やはり、早く問題解決しないと、いざその時が来てから定住ができなくて困りそうだ。
「そうですね。
そうなった時のため、やはり帝国に行き、着実に一歩ずつ問題を解決しなくちゃいけないと思いました。」
「君らが帝国で何をしたいのか、詳細は聞かないけど、無茶はしないようにね。」
カイルさんはただただボクらを心配してくれてるように、それだけ言ってくれた。
「子供が生まれる時は呼んどくれよ。
クロー君の子供なら、他国にだって取り上げに行くさね。」
カイルさんとの会話を聞いて、ナタリーさんが声を掛けてきた。
「ナタリーさんはまだまだこちらで忙しいじゃないですか。
セーム様のご次男様の所も間もなくなのでしょう?」
「そうなんだけどさ。
あっちは奥様が、深窓の令嬢といった感じのお貴族様だからさ、気を遣うんだよねぇ。
いえ、あたしらにも愛想良くして下さる、お優しい方なんだけどねぇ。
ティアナちゃんのような、親しみ易いお嬢様ならまだやり易いんだけど。」
そう言ってナタリーさんは肩をすくませた。
ティアナさんも子爵家の令嬢なんだけど、騎士団長経験もあるし、冒険者として野宿もしてきた。
そりゃあ、箱入り娘の普通の貴族家子女とは違うだろうね。
「……ハックとクロー達まで居なくなって、更にナタリーまで送り出すのは、流石に寂しいなぁ。
いっそ、次男はこっちに呼び寄せるか?
そろそろこの子爵領を譲る準備も必要だろう。」
ナタリーさんがクトーガー伯爵領に行く話になって、思うところがあったのだろう、セーム様がそんな事を言い出した。
「え?!
確か次男様は、クトーガー伯爵様、つまりご長男様のサポートという役目も担っているのではなかったのですか?」
「それは他の者達で代役が務まるわい。
儂が何のために、ナーベを始めとした有能な部下を伯爵家に残して来たと思っておるのだ。」
「確かにそうですね。
しかし、身重の奥様に長旅をさせるのは酷ではないですか?」
「う、む……、まぁ、それはそうだな。
仕方ない、今度のゾマ祭で会った時に打診するくらいにしておくか。」
セーム様はしぶしぶといった様子で納得されたようだ。
「ナタリーさんも、あちらに行って息子さん達と会いたいでしょうしね。」
「まあ……、そうさね。
出来の悪い息子ほど可愛いってのは、本当なのかもねぇ。」
普段「馬鹿息子」と呼んでいても、やはり会えるのは嬉しいらしい。
ナタリーさんはそう言ってニッコリ微笑んだ。
「しっかし、流石に人手が減るなぁ。
……おぃい、コウ、コンジー、コンラッド!」
不意にセーム様が、護衛の三人を呼び付けた。
「は、はい!
お呼びでしょうか?」
今日の側付きはコンジー君だったようだ、控えていた奥の方から前にも出て来た。
「おお、コンジーか、お前で良い。
お前達、またにこちらの孤児院に行くと言っていたな?」
「はい。」
「その時に会った者で気の利きそうで、地頭の良さそうな者は居らなんだか?」
セーム様、その質問はまさか、また変な事考えているのでは?
「……セーム様、まさか?」
「うむ。
リックも居なくなるから、いろいろと動いてもらう者が欲しいと思ってな。
何なら政策を考える際の相槌要員も欲しい。
そこから選ぶのはどうかと思ってな。」
「……流石に体を動かす系でなく、頭を使う仕事は最低限の知識は必要じゃないですか?
それをしたいなら、せめて成人する二・三年前から教育は受けさせておかないと。
いきなり雇って覚えろと言うのは、子供達からしてもご期待に添えなくなって辛いですよ。」
「ふむ、そんなものか。
そうだなあ、ではその教育の面からやっていってみるか。」
「え、本気ですか?」
「いかんか?
コンジー達に読み書きを教えられるような領兵も幾人か居るのだ。
そこから教育係を選抜してやらせれば良い。
たとえ儂の希望する水準に達した者が出なくとも、そうしておけばこの領の将来にプラス働くことはあれ、マイナスとなる事はないだろう?」
「それはそうですけど、気の長い話ですね。
あと折角なら、孤児院の子だけでなく、町の子供達も授業を受けられるようにした方が、公平じゃないですか?」
「それだと、今、有料で教えている者達が困るのではないか?」
ボクとセーム様が話し込んでしまいそうな気配を感じて、ナタリーさんが口を挟んできた。
「……あの、真剣に話している所すまないけどね。」
「ん?」
セーム様がナタリーさんの方に顔を向ける。
「皆を集めたまま話を続けられると、他の者が手持ち無沙汰になるんで、一旦解散しません?
ルミちゃんも娘の様子をそろそろ見に行かなくちゃたし。」
「ん、確かにそうだ。
すまない、解散しよう。
そしてクロー達は明日、経つのだったか?」
「はい。」
「では今日はとことん話に付き合ってもらうぞ。」
「はい、承知しました。」
ボクらは明日ローエンタール領を離れるにあたり、最後はセーム様のお屋敷から旅立つつもりでいる。
そのため、ボクらが三人で住んでた家も、昨日で鍵を返してしまっている。
なのでまぁ、今夜はとことんセーム様に付き合える訳だ。
寂しくなるのはボクも同じ。
でも未来のために、やる事はやらなくちゃいけないし、ボクには仲間も居る。
……待ってろ「魔王教」!
絶対にその首根っこひっ捕まえてやる!




