38_断髪
「はー長かったわい!
やはりナタリーとルミの居る屋敷が一番落ち着くな。」
春の派閥巡りを終えて、ローエンタール領の屋敷に着いたセーム様は盛大な溜め息を吐いた。
屋敷の者でセーム様に同行したのは、コウ君、コンジー君、コンラッド君の三名と、ハック兄上のみ。
他は、領兵の中でも門番を定期的にやってくれている方から十名程が選ばれて、派閥内を回って来られた。
もちろん、毎回派閥内の全ての領を巡る訳ではなく、主立った貴族を年毎に選んで回るのだそうだが、それでも一度に三週間近くは掛かってしまうそうだ。
「おつかれさまです、セーム様。
ハック兄上は無事にハスト様の所にお届けできましたか?」
半分とは言え血の繋がった兄である、どうしても気にはなってしまう。
ボクはセーム様を労りつつ、聞いてみた。
「ああ。
あちらは大歓迎といった雰囲気だったぞ。
ナグラの件もあると言うのに、ありがたい事だ。」
「……おまけに、ボクという弟の件もありますのにね。」
「ん?
いや、クローの冤罪の件は、じきに解消される事になっているぞ。
ハスト家にも、その事はお伝えして来たしな。
……あれ、言ってなかったか?」
「聞いて無いかもですね……。」
「そうか、すまん。
出掛ける前のバタバタで言い忘れていたかも知れん。
年初の一件で三貴族の当主が捕まったろう?
彼らの証言で、昨年儂を襲わせた事件の全容が解明されたため、無関係と分かったクローは、正式に指名手配が取り消される事になったのだ。」
そっか、あの三貴族はそっちにも関与してたから、ボクが冤罪を掛けられる原因となった件も、真相が明らかになったのか。
「それはありがたいですね。
これで、不出来な弟のせいでハック兄上に苦労を掛けずに済みます。」
「何を言うか。
そもそも昨年、お前が罪を被らなければ、ハックは牢に入っていてもおかしくなかったのだぞ?
ハックからは感謝こそあれ、恨まれる筋合いなど何も無いのだ。」
「そう、ですかね?
そうであれば何も言う事はありません。」
そっか……、もう犯罪者としてコソコソする必要は無いのか。
「あ、そうだ!
ルミ、お願いがあるのだけど。」
「はい?!
クロー様の言われる事であれば、何なりと!」
セーム様のお出迎えのため、この場に来ていたルミに声を掛けると、心なしか嬉しそうな声で答えが返ってきた。
「いやだな、そんな大げさな。
ちょっと髪を切ってもらいたいだけだよ。」
「は──」
……………。
「「ええぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!?!」」
一瞬の沈黙の後、この場に居る女性陣全員から、驚きの声が上がった。
「うわっ、びっくりした!
……え、どうしたの、みんな?!」
「な、何故ですか、クロー様?!
せっかくそれほど伸ばした髪を切るなんて!」
「何故って……、元々ボクは普通に短くしてたでしょ?
秋に戻って来た時には伸びてたから、女装の為にそのままにしてたけど、もうボクの手配は解かれるから、女装して変装する理由も無くなるし。」
「だからって……、そのままでもお可愛らしいのに?!」
「その「可愛い」ってのも嫌なんだよね。
ボクだって男なんだから、カイルさんの様な格好良い男性になりたいって思うんだよ。
そもそも、この先暑くなったら絶対暑苦しいし、髪が乾くのも遅いし、デメリットしかないってば。」
「……。」
そこまで言ってやっとボクの本気さが伝わったのだろう。
ルミは黙ってセレナさん、ヴェロニカさんに目線を送った。
「そこまで嫌なものですか?
私はクロー君が可愛いのは嬉しいですけど。
まぁ、クロー君が嫌がってる事を続けて欲しいとは言いませんが。」
「そうだな……。
ただその……、その容姿のクローに慣れたものだから、もし髪を切ったら、アレがまた出る懸念はある、かな……。」
ルミの視線を受けて、セレナさん、ヴェロニカさんが助け船を出した。
ああ、なるほど。
そう言えば三人暮らしをするようになったのは、髪が伸びてからだっけ。
つまり髪を切った後、致そうとした時に、クラゲか出てしまうかもと言いたいのか。
「大丈夫です、ヴェロニカさん!
ボクも大分慣れましたから、今更そっちの懸念は不要ですよ!」
「……そうか。
ならまぁ、ワタシは他にクローを思い留まらせたい理由も無いな。」
「ヴェロニカさんがそう言うなら、私も異存はないです。」
頼みの綱の二人がそう言うものだから、ルミも諦めたらしい。
「──っ!
……分かりました。
お二人がお止めしない事を、私が反対しても無意味ですね。
その代わり──」
「ん?」
「──切った髪は、いただいて良いですか?」
「…………………え゛?」
ルミの言っている意味が、一瞬、本当に分からなかった。
そして脳が理解した瞬間、感じた感想は「え、ちょっと流石にそれはキモい」だった。
ルミの事は大好きだし、今でも大切な身内という感覚だけど、それでも、申し訳ないけれど、本当に申し訳ないけれど、そのような感想になってしまった。
いや、分かるよ?
例えば前世世界で最推しのアイドルとかが髪を切る場面に居合わせたとして、切った髪が捨てられるくらいなら貰って持っておきたいと──
──なるかな?
いやいや、熱狂的なファンなら、あるいは……。
多分、そういう事も有ったり無かったりする可能性も否定できないんじゃないかと考える今日この頃。
……だとしても、そんな熱量でボクなんかの事を思ってるというのは、理解が追い付かないけれど。
「……あの、駄目でしょうか?」
呆然としていたボクに、重ねてルミが尋ねてきた。
「あの……、なんでボクの髪なんか欲しいの?」
そんなルミに、ボクは質問で返してみた。
「クロー様には、もう私以外に大切な方ができて、順調に行けばそのお二人がクロー様の居場所となるでしょう。
そうなるとこの先、クロー様はここへ「帰って来る」事は無くなるかも知れない。
だからせめて、クロー様の一部をお守りとして持っておきたいのです。」
確かに、ボクには彼女が出来て、ルミも家庭を持った。
なら、互いの家族は各々のパートナーとその子供という事になる。
……まぁ、そんな核家族的な価値観が、この世界でそのまま当てはまるかは疑問だけど。
兎も角、そうなるとルミの元にボクが頻繁に「帰る」のはおかしい事になるので、そこはルミの言い分は分かる。
だから、ボクの髪をお守り代わりに?
う〜〜ん、そこはちょっと分かり兼ねる。
とは言え、ルミの希望は叶えてあげたいし、ボクに実害など無い事ではある。
ならば──
「……うん、分かったよ。
ルミがそうしたいのなら、ボクは止めないよ。」
「ホントですか!ありがとうございます!」
うん、まぁ喜んでくれるなら良いんだけど……。
……なんか、ボクが帰って来て、お土産を渡した時より喜んでない?
あれ、まとめたら金貨二十枚相当と言われてたのに。
「「ちょっと待った!」」
おっとここで待ったが入ったあぁ!
…………なんでさ?
待ったを掛けたのは、セレナさんとヴェロニカさんだった。
……え、まさか。
「ルミさん、独り占めはズルいと思います!」
「ワタシらも、彼女として貰う資格はあるはずだ!」
二人は口々にルミに言い放つ。
ホント、たまに暴走するよね二人共。
「お二人はこれから先も一緒に居るのですから、機会はあるでしょう?
私はこの機を逃したら、次いつお会い出来るか分からないんですよ?」
「確かに今後、クロー君の髪を切ってあげる機会はあるでしょう。
ですが、ここまで伸びた髪を切る機会はそうそう無いと思っています。
別にルミさんから全て取り上げたい訳ではありません。
その一部、一束を譲っていただきたいのです。」
ルミの抵抗に、セレナさんも言葉を重ねる。
確かにこれから先、これ程髪を伸ばす事は無いかもね。
だからって、二人まで持っていてどうするのさ、とは思うんだけど。
「……分りました。
流石に私も感情的になっておりました。
一部お二人にお譲りする事で納得いただけるなら、そうしましょう。」
「ありがとうございます。
私達も感情的になってしまって、申し訳ありません。」
「そうだな、申し訳ない。」
結局、三人はそれで落ち着いたようだけど、そもそもボクの髪の話なんだよね、これ。
「……なんだかすまないね、クロー君。」
「……あ、いえ。
ルミが納得できる形になって良かったです。
こちらも、二人が我儘言ってすみません。」
ボクの方は、何故かカイルさんに謝られてしまったので、こちらも二人の発言を詫びてしまったのだった。
**********
「はい、これでどうでしょうか?」
ルミにそう言われ、渡された手鏡を見ると、一年前に切ってもらった時と同じボクの顔があった。
「うん。
とてもサッパリしたよ、ありがとうルミ。」
「喜んでいただいて光栄です。
……ではお二人共、ここからお取り下さい。」
そう言うと、ルミは大事そうに紙に置いた、切ったばかりのボクの髪を、セレナさんとヴェロニカさんに見せた。
「では……、すみません、これだけ!」
「申し訳ない、ほんの数本で。」
セレナさんとヴェロニカさんは、そこから一摘みずつ取り上げて、それぞれ用意した紙に包んでいた。
ルミに至っては、髪束を包んだ紙を納める木製の箱まで用意していた。
…………うん、まぁ……、それで喜んでくれてるなら良いんだけど。
なんと言うか、ちょっとだけ彼女達の想いの深さを実感するボクであった。
「ねぇ、落ちた短い髪を集めたけど、こっちは捨てて良いニャ?」
「「──っ?!」」
メイド姿のスノウノさんが発した何気ない一言に、ルミ、セレナさん、ヴェロニカさんは目を見開いた。
「え……、まさか皆……。」
それを見てボクが、あからさまに引いた声を発すると、三人はハッとして目を逸らした。
「い、いえいえ、まさかそこまては……。」
「そうですよ、あはは……。」
「……。」
な、なんか無理してるようにも感じるけど、そう言うなら信じようか……。
「じゃあ、こっちは捨て──」
スッ……!
んんっ?!
な、なんで手を上げるの、ティアナさん、リック?!
「お三方が要らないと言われるなら……。
お三方の手前、言い出せませんでしたけれど。」
「き、記念に……。」
「……。」
結局、短い髪はティアナさんとリックが分けて、それぞれ紙に包んでいた。
……なんでこうなったの、ウチのパーティ?




