37_ハック(後編)
「おおっ、ハック様、ここです!」
どよっ……
ギルド内がゴトーの一言でどよめいた。
それに気付かないハックは、声の主であるゴトーの顔を見付けて、ホッとした表情を浮かべる。
「ゴトー殿……、良かった、見知ったヒトが居ないと、この雰囲気にはまだ慣れないので。」
ゴトーの隣りには冒険者風の女性が座っていたが、軽く会釈をしてハックは向かい合う形で席に着いた。
「外面が強面な奴等が多いですからね。
話してみると素朴な良い奴が多いと分かるんですが。
まぁ、まずは何か飲みましょう。」
「そうですね……。では、果実水で。」
「では……、すまん、注文を頼む。
果実水を一つと、エールを二杯で。」
ハックの希望を聞き、ゴトーは自身と隣りに座る彼女の分と合わせて注文をした。
「おつかれさまです、ハック様。」
「あ、はい。おつかれさま。」
やがて飲み物が運ばれると、ゴトーがカップを掲げてきたので、ハックもそれに倣った。
コンッ!
「……で、今日は何故こちらに誘ったのですか?」
軽く乾杯し、果実水を一口含んだハックが、ゴトーに尋ねる。
「いやなに、新しい領主様の元に、あの前領主のご子息が来るってんで、興味を抱く者が多いんですよ。
……あとは、お礼ですかね。」
「……?
興味はまぁ、分かるのですが、お礼とは?」
ゴトーの言葉に、ハックは首を傾げた。
「北の道の事ですよ。
ウチのギルドに発注するよう、ハスト様にご提案くださったそうじゃないですか。」
「ああ……。
いえ、あれは私の考えつく一番合理的な案をご提示したまでです。
あの依頼を実施してもらえる素地が、このギルドに有ったからこそ、考え付いたのです。
それに、最終的にご採決なさったのはカイワン様です。
私などに感謝などする必要なんて……。」
ハックは本心からそう思っているが、それでもギルドマスターとも親交の深いゴトーからすると、見え方が違うようであった。
「いやいや、そもそもウチをちゃんと理解してくれてなければ、そのような提案も出ませんって。
お陰でウチのギルドの若い者も、当面の仕事が見付かって大助かりですよ。」
「そうそう。
ついでにベテランでも、冬の間に懐まで寒くなってた連中も居たから、そいつらの食い扶持にもなったしね。」
ゴトーの隣りに座る彼女も、ゴトーに同意した。
「いえその、今回は条件が合ったからお願いしたまでで、今後もギルドを優先するとは約束は出来ないのですが。」
「もちろんそれで構いません。
今後も条件が合えばご依頼いただけるだけで十分なんですよ。
なにせそれ以前は、貴族様からはウチは敬遠されてましたからね。」
「それならば心配は要りません。
カイワン様は公平に考えて、判断される方ですから。」
ゴトーの発言は、ともすれば前領主であり、ハックの父親でもある故ナグラ男爵への非難とも受け取れる発言であったが、ハックはスルーしカイワンを持ち上げた。
「なんか、そうやってヒトの事ばかり褒める所とか、クロー君を思い出すんだよなぁ。」
「えっ?!」
そんな様子を見守っていたのだろう、隣りのテーブルの冒険者から、突然声が掛けられた。
突然の事に、ハックは驚いてしまった。
だがそれを皮切りに、周りのテーブルからは次々に声が掛けられた。
「分かるっ!俺らを偏見で見ないで、気さくに接してくれる所もな。」
「そもそも、顔立ちが似てるものねぇ。
流石に兄弟だわねぇ。」
「言っちゃ悪いが、顔立ちだけ言うならハック様の方が美形だよなぁ?」
「おいおいヤベェだろ、ゴトー。
こんな飢えた女の巣窟にハック様を連れて来るなんて。
狼の群れに放り込まれた羊みたいじゃねぇか?!」
もちろん、冗談なのだろう。
ひとしきり言い切ると、その場でワッハッハと笑いが起きる。
ただ、一部の女性冒険者は、皆に混じって笑いながらも、内心ドキリとしていた。
なにせハックは、この冗談が微妙に洒落にならない程の美男子であったからだ。
クローの長兄のベルドと比べればやや劣るが、それでも庶民から見れば、いや目の肥えた貴族から見ても、ハックは美形とカテゴライズされるに足る容姿をしていた。
「ええっと……。」
ただ、幼い頃から更に容姿の良い兄が側に居たハックには、そのイジりがピンと来ないようであった。
「くぉらっ!
お前ら、ハック様が戸惑ってらっしゃるたろうが!
下品な話題は程々にしておけ!」
「「う〜すっ!」」
ゴトーの一言で自分達の否を認められるだけ、このギルドの面々は素直と言えるのであった。
「なぁなぁ、それより俺らはクロー君の現状が気になってるんですが。
クロー君、カダー王国に帰って来てるって本当ですか?!」
「いや、そもそもクロー君が犯罪者になったのは、冤罪だったんじゃないかと考えてる奴が、ウチのギルドには多いんですが、そこんとこどうなんすか?!」
話が途切れたタイミングで、ギルドでも割とベテラン寄りの二名がハックに問い掛けた。
ハックにとっては、二人やゴトーのようなベテランこそが、今後ギルドで関わり合いになってゆくメンバーである。
先程とは打って変わって真面目な表情になったハックは、二人に向き直って答えた。
「言われるように、クローはローエンタール領のセーム子爵様の元でこの冬を過ごしていました。
しかし、春にはそこを経つと言っていましたから、今頃は旅の空の下でしょう。
クローの罪については、ご推察の通り冤罪です。
それに関しては、間もなく晴れる運びとなってます。」
「そっかぁ。もう居ないのは残念だ。だが、元気でいるのなら良かった。」
尋ねてきた一人の男性は、クローが元気で居る事に安堵したようであった。
「旅って、クロー君は今はどうやって生活しているんです?」
「半年ほど、旅をしながら冒険者として生活していたようです。
頼りになりそうな仲間も見付けて、楽しそうにやっているようでしたよ。」
「そうかい!
あのクロー君がなぁ……。
楽しくやっているなら、何よりだ。」
このギルドでクローを知っている者は、クローが継母と長兄を苦手としていた事も知っている。
だから、それら煩わしい事から開放され、楽しくやっているという事が、我が事のように嬉しく感じられるのであった。
しかし──
「……それどころか、仲間の内二人の美女が彼女だそうで、羨ましく思いましたよ。
いや、二人も彼女が居るというのは、想像以上に大変そうでしたし、私は真似したくないと思いましたが。」
「「はぁ〜〜っ?!?!」」
ほのぼのした空気は、ハックの一言で完全に消し飛んでしまった。
「おいおいおいおい、ゴトーよぉ?
お前そんな事まで「師匠」として教えてたのかよ?!」
「アンタ、カイワン様のご子息にまで、そんな事を教えてないだろうね?」
「ったく、師匠が師匠なら、弟子も弟子だなぁ?」
途端に、周りの冒険者達からの非難がゴトーに集中する。
「ぐぅ……。
い、いや知らん!
そもそも俺だって意図してそうなった訳じゃないぞ?!」
「へぇ?
二人の女に言い寄られて、明確な返事もせずにのらりくらりしてたくせに、二股する気は無かったってかい?」
「いや、その……、はい、俺の不徳の致す所です……。」
一瞬だけ反撃に出たゴトーだったが、隣りに座る、二股を掛けられていた彼女の一言で、あえなく撃沈した。
「ま、まぁ、ゴトーさんはそれ程の度量があったと言う事ですよね。」
「ハック様、これが調子に乗っちゃうんで、優しい言葉を掛けるのは控えて貰えませんかね?」
「アッハイ……。」
見兼ねたハックが助け船を出すも、にべもなく撃沈してしまうのだった。
「うぐぐ……。
俺なんかの事より、ハック様は気になる女性は居ないんですか?」
「えっ?!私ですか?」
空気に耐え兼ねたゴトーは、強引に話題を変える。
ただ、この話題は気になっている者も多かったため、ゴトーの話題振りは成功した。
「──そうですね……。
好意とまでは行かないまでも、気になっている方は、居ますね。」
ざわっ……。
意外なハックの答えに、ギルド内がさざめく。
「……え、マジですか?
なんか、意外ですね。いや、そりゃ健全に育ってれば興味を持つ相手なんて出来るもんだとは思いますけど。
ハック様は、あんまりそっち方面には興味無さそうに見えてしまって。
……ちなみに、そのヒトの名前とかって、言えます?」
「いや、それは勘弁して下さい。
私だって恥ずかしいですし、何より私なんぞがお名前を出して迷惑になってはいけないですから。」
話題を振った責任があるゴトーは、代表してさらに突っ込んだ話を聞こうとするも、それは拒否されてしまった。
「ま、そりゃそうですね。
でも、気になるなぁ。
ちなみに、マテル様ではないんですか?」
「そんな恐れ多い。違います。」
ハックからすれば、マテルは自分の主であるカイワンの愛娘だ。
そんな存在をそんな目では見れないし、手を出す気概も待ち合わせてはいない。
「そうですか。
でも、ハック様が来てからは、マテル様からグイグイ来られる事が無くなったので、あちらはハック様を気に掛けてると思うんですが。」
「いや……、そんな雰囲気は無いと言うか、私はマテル様に遠巻きにしか見られてないですね。」
「ふぅん……。
そういや、俺も最近は遠目に見られてる気がするんですよね。
何か心境の変化でもあったんですかねぇ?」
女心に疎い男が二人揃っても、明確な回答など出る筈もなく、二人の会話はそこで途切れてしまった。
カランッ!
そこにタイミング良く、ギルドに来訪があった。
「おこんばんわぁ!
ハック様が来てると聞いて、来ちゃいましたぁ。
あっ、本当に居るぅ。」
ギルドの扉に付けられたベルの音を聴きつけ、他の冒険者に倣ってハックが出入口を見ると、そこにはチーコがもう一人の女性を伴い立っていた。
「──っ!チーコ君!」
「えへへぇ、お隣失礼しますねぇ。」
チーコは迷わずハックの隣りに腰掛けた。
一緒に来たもう一人の女性は、ハックの向かい、ゴトーの隣りに腰掛ける。
「北の道の整備の件、ありがとうございますぅ。
あの道使うのは不安で避けてたんですよねぇ。
お陰で今後はあの道が使えるようになって、片道半日は早く行き来できるようになりましたぁ。」
「あ、いや。
先程も話していたが、採決なさったのはカイワン様です。
私にお礼は不要ですよ。」
「そうですかぁ?
ギルドに依頼した場合の相場とか伺ってましたよねぇ。
ハック様が事前にあれこれ用意していたからこそ、だと思いますけどねぇ。」
「……そう言って貰えると、嬉しいですね。」
(おや?)
ハックの態度を見て、先程とは受け答えのトーンが違う事にゴトーは気付いた。
更に見ると、先程、冒険者達と話していた時よりも、チーコに向けて語っている今の方が、表情も柔らかくなっているような気がする。
(これは、もしや……?!)
思わぬ所から発見があり、知らず知らずの間にゴトーの口角は上がってしまっていた。
クイッ!
そんなゴトーの服の裾が、不意に両側から引っ張られた。
(んっ?)
(ちょっと!余計な事言うんじゃないよ?!)
(そうそう、気付いても今はそっとしておいてあげなくちゃ!口角上げない!)
ゴトーの両脇に陣取ったゴトーの恋人二人は、何かに気付き表情を変えたゴトーをそれぞれ嗜めるのだった。
「で、何を話してなんですかぁ?」
「ああ、マテル様の話をしていたんだ。
ハック様がいらしてから、俺に構わなくなったのは、マテル様の興味がハック様に移ったからだと、俺は考えているのだか、どうだろう?」
「ああ、それですかぁ……。」
何気ない話題振りのつもりだったが、意外にもチーコは何かを知っているようであった。
「ん?
チーコちゃん、何か知ってるのかい?」
「はいぃ。
多分、マテル様の変化の原因は、私にもあると思いますぅ。
そして、ハック様にもご興味を持たれてると思いますぅ。」
「ええっ?!
ですが、私は遠巻きに見られるばかりなのですが?」
名指しされたハックには心当たりが無く、いくらチーコの言う事でも半信半疑であった。
「ええと、ですねぇ……。
これは他言無用なのですが、ここに居るヒトにだけお教えしますね。」
そう言うとチーコは、テーブルに大きく乗り出した。
それに倣ってハック、ゴトー、そしてその恋人二人も顔を突き合わせ、他者から話が聞こえない状況を作る。
「実は以前からトロリスに行った際に、とある小説を手に入れたので、マテル様にもお譲りしていたのですが──」
その小説とは「クロとリューク」を含む、「ホワイトスノー」の著書であった。
貴族や王族ほど強力な伝手の無い庶民が、国一つ隔てたリプロノ王国で発行された小説を手に入れる手段は極めて限られている。
クローの前世世界的に表現するなら、いわゆる「海賊版」である。
当然、厳密に言えば違法なのだか、他国の発行物を非難するほどの発言力を持つ出版社など、この世界にはまだ存在しない。
そのため、この世界においては「海賊版」を買う事こそが、庶民にとってほぼ唯一の、他国で発行された書物を手に入れる手段なのであった。
それでも、カダー王国王都トロリスで発行される「海賊版」はまだマシな部類である。
「ホワイトスノー」の著書も愛読している王妃イリスは、気に入った作家の作品の「海賊版」の発行を行う会社を立ち上げており、その収益の一部を外交手段で出版元の他国へ送金するようにしている。
これによって、本来、発行物が行き届かない筈の他国であるカダー王国でも作品を浸透させ、収益を上げさせるように取り計らい、他国の作家の手助けとなるようにしているのだった。
「──そんな小説に感化されたのか、マテル様も男性同士の妄想を身近な方でされるようになったようですぅ。」
「身近なヒトって……。」
「この場合、ゴトーさんとハック様ですかねぇ?
カイワン様もそこそこイケてる方だとは思いますがぁ、父親は流石に妄想対象にはならなさそうですしぃ。
あとは、ご兄弟とかぁ?」
「「……。」」
チーコの説明に、流石に皆がドン引きしてしまった。
「……まぁ、でもそれでゴトーに迫るのを止めて貰えるなら、良いのかねぇ?」
ゴトーの彼女の片方、冒険者仲間である女性は、ポジティブに判断したようだ。
「そうですねぇ。
作家「ホワイトスノー」も毎回、巻末に「妄想するなら、絶対に本人に迷惑を掛けてはいけない」と書いてますし、マテル様も影響受け易い方ですからねぇ。」
(……なら、こんな話を当人達にするのも不味いのでは?
まぁでも、説明されないと訳が分からないでしょうし、仕方ないかな。)
ゴトーの彼女の一人、コヨリ商会で働く女性は、そう心の中で呟いた。
「ま、まぁなんだ、マテル様の最近の行動は納得したよ。
心の中で勝手に思われるだけなら、こちらも気にしなくて良いしな。」
「そう……、ですね?……いえ、本当に良いんですかね?」
ゴトーもなんとか理解を示していたが、ハックの方はまだ完全に消化できてはいないようだ。
「……そう言えば!」
「……っ?どうされましたぁ?」
「チーコ君もそういった小説を読むのかい?
その……、妄想のような事も?」
「ん〜……、私の場合は嗜む程度ですねぇ。
そういう小説も面白いと思いますが、せっかく実在する好みの殿方が居るなら、素のそのヒトへの興味の方が勝りますねえ。」
「なるほど、そうか……。」
((うわっ、分かり易っ!!))
チーコの言葉にホッとするハックの様子に、ゴトーの彼女二人は明確な好意を感じ取っていた。
「さて、ハック様を無事に帰さないといかんし、そろそろ送って行きますよ。」
カイワンとの約束もあり、ゴトーはハックに声を掛けた。
ついでにチーコのことも送って行く予定になっている。
「そう、ですね……。」
「ええ〜……、ハック様ともっと話したかったのにぃ。」
あまり話せていないチーコも、残念そうな口ぶりである。
「それは私もです。
連絡をくれれば、私がコヨリ商会まで行きますから。」
「どうせならぁ、マテル様ともお会いしたいのでぇ、私がお屋敷まで参りますよぉ。
以前、お屋敷でメイドをしていた経験もありますしぃ、行き慣れてますのでぇ。」
「分かりました。
その時は、私が家まで送りましょう。」
「ハック様なら安心ですねぇ。
お言葉に甘えますぅ。」
(……なんか。)
(良い感じ、か?)
(う〜ん、この先次第ですね。)
二人の会話を聞いてる外野三名は、ハックとチーコのこの先の展開に期待を膨らますのであった。
**********
「ふふふ……、今日もゴトーさんとハックさんは仲良くて素敵だったなぁ。
模擬戦の二人の真剣な表情も……、あぁ……。
お父様にハック様を強く推して良かった。」
マテル・ハスト子爵令嬢。
完全に性癖を拗らせてしまったこの令嬢は、暫くして自身も小説を執筆するようになる。
そして結果的に、カダー=コラペ=リプロノ間の文化交流の架け橋的存在となるのだが、それはまだすっと先のお話。




