32_サキ
「ふぁ〜〜あっ!流石に堪えるねぇ。」
ナタリーさんが大きく伸びながら、あくびをしている。
ナタリーさんは、昨夜は夜遅くまでルミの助産をしてくれた。
そして、その後も一晩中付き添ってくれたのだ、疲れていない筈がない。
もうお昼近いが、やっとルミと新生児が眠る部屋から顔を出してくれた所だ。
「あれから、ルミに付き合ってあまり寝てないんでしょう?大丈夫ですか?」
ボクは厨房側から食堂に居るナタリーさんに話し掛けた。
「ありがとう。なに、妊婦本人に比べりゃ大したことないさ。それに朝食から何から代わりに用意して貰えたんだ、楽なもんだよ。」
「……そのくらいしかボクらは出来ませんからね。」
「それで十分だよ。大変な事くらい、こっちは覚悟してるんだから。それに、初産のルミちゃんは出産後だって心細い筈さ。あたしみたいな者でも、付いていてあげれば多少は安心できると思うからね。」
「ナタリーさんが居てくれるとか、大船に乗った気分だと思いますけどね。あ、こっちはルミの分のパン粥です。ルミが弱った時でも、この味付けだったら食べれてたので大丈夫だと思います。持って行ってあげて下さい。」
そう言ってボクは、ナタリーさんの分の朝食と一緒に、ルミ用の朝食も差し出した。
「……この屋敷に来てから、ルミちゃんはつわりが来るまで体調崩した事は無なかったけど、それはホーンテップ領に居た頃の話かい?」
「はい、そうですよ。」
「……その時はまだ、クロー君はまだ男爵家の三男様だったんだろ?その頃から、ルミちゃんの好みとかを知ってたのかい?」
「やだなぁ。貴族の三男というのは、長男のスペアのスペアですよ?実質、家の為に働くだけの奴隷みたいなものです。まして、ボクは妾ですらない使用人との間の子ですから、当主になる事なんて絶対にあり得ない立場なんです。つまりは、実母やルミと同じ使用人みたいなものだったんですよ。」
「……でも、それでも「何か」があれば、クロー君が当主になる可能性はあったんだろ?」
「……?「何か」とは?」
「例えば、両親と兄二人が何者かの手に掛かったりとか……。」
「……ナタリーさん?」
ナタリーさんが不穏な事を言い出すので、ちょっと驚いてしまった。
「……いやね、ふと思っちゃったんだよ。一年前、クロー君は襲撃者を返り討ちにしちまったんだろ?なら、実力的にはそういう事も出来た訳じゃないか。」
「いやぁ、しませんよ、そんな事。」
「そ、そうだよねぇ。流石に……。」
「だってそれでは、死んだナグラは美化されたままになってしまうじゃないですか?」
「え……?」
ボクのセリフも、ナタリーさんには予想外だったらしく、驚いている。
「あんな外道は、ちゃんと罪を暴かれ、白日の下に晒されて、然るべき処分を受けるべきなんです。悲劇に見舞われた当主、みたいに扱われるんじゃ意味がないですからね。」
「……。」
あ、あれ?
ちょっと引かれてる?
「ま、そもそも、そんな事をしたら当然怪しまれます。そしてその状態で、ただでさえやる事が無限にある領主の仕事をやろうなんて、難易度爆上がりじゃないですか。無理無理。」
「難易度……。」
……いや違う、こういう事ではないらしい。
まだ、ナタリーさんは引いている。
「あっ、いや、もちろん、何もしていない家族兄弟を手に掛ける発想なんて元より無いですし、そんな事やっても何もメリットが無いって言いたかったんですよ。」
てか、そうだよね、普通はこういう事が先に来るものだよねきっと、反省する。
「……うん。そうだねぇ。やっぱりクロー君のようなヒトが領主をやるべきだと、あたしゃ思うけど、難しいもんだねぇ。」
……え?何でそんな話に?
「え〜、そんなセーム様や王妃様みたいな事を、ナタリーさんまで言うんですか?」
「あのね。あたしもセーム様に挨拶に来る貴族様達をうんと見てきたんだ。そこのご子息様もね。その半分くらいは領主ってものを、「民の税で贅沢な暮らしが出来て、威張れる楽な仕事」としか考えてない様な馬鹿息子共だったんだよ。」
「……え、いや、流石に言い過ぎでは?」
「過言だと思うなら、後でセーム様に聞いてみな。きっと、微妙な顔をされるから。そんなボンクラ子息より、「やる事が無限にある仕事」と言っちゃうクロー君の方が、よっぽど民を思う名君になると思うけどね。」
「いや、そもそも、ボクはもう貴族ですらない一介の冒険者ですから。領地経営なんてしませんよ。」
「……なんなら、セーム様とかに相談してみたら、クロー君を爵位に就ける案を考えて下さるんじゃないかね?そりゃあもう、喜々として。」
「怖っわ?!止めて下さいよ。未成年の餓鬼に頼らないといけないほど、この国が人材不足とは思いたくないです。」
「まぁ、そうだねぇ……。」
「そんな与太話より、ルミにこれ持って行って下さいよ。」
ボクは、何かを惜しむような表情のナタリーさんに対して、ルミの分の朝食を指しながら言った。
「そうだねぇ、あたしなんかがこんな話してもねぇ。……そうだ、クロー君もおいでよ。ルミちゃんも、その方が喜ぶだろうし。ただし、手を洗って、静かにね。」
「えっ?!大丈夫ですか?ルミはまだ寝てたり……。」
「今は丁度、起きてるからさ。ほら、急いだ。」
「は、はいっ。」
昨日は結局、ルミの負担とならないように、会う事なく寝てしまった。
なので、出産後のルミに会うのはこれが初めてになる。
**********
「……ルミちゃん、起きてるかい?」
「はい……、あ、クロー様。」
ナタリーさんの小声での呼び掛けに、ルミも小声で答えた。
赤ちゃんは今は眠っているようだ。
「ルミちゃんにパン粥だって。好みの味付けにしてくれたようだよ。」
そう言ってナタリーさんが差し出したパン粥に、ルミは手を伸ばし口を付けた。
「……はい。懐かしい味です。ありがとうございます、クロー様。」
「いいよ、このくらい。……痛いとか、苦しいとか無い?」
「はい。体中が脱力してしまってる以外は、特には。」
「良かった、安心したよ。けど、何かあったら言ってね?」
「はい。」
「長居しても悪いから、もう行くね。」
「あ、待ってください。」
ルミの負担にならないよう、早々に出ようとしたボクを、ルミが呼び留めた。
「えっ?」
「……あの、一つお願いがあるのですが。」
「うん。なに?」
「この子、女の子だったのですが、女の子だったらと考えていた名前があるんです。」
「へえ。」
そりゃあ、子供の名前は考えるものだよね。
「この子に「サキ」と名付けたいのですが、よろしいでしょうか?」
「えっ?!」
驚いた。
「サキ」は今世のボクの実母の名前だ。
産後の肥立ちが悪く、若くして亡くなった女性の名前でもある。
「ボクは構わないけど、その……、縁起が悪くない?」
「そんな事はありません!私なんぞに良くして下さり、クロー様に会わせて下さった大切な方のお名前です。今の私に導いて下さった方のお名前が、不吉なものである事などありません。ちゃんと、カイルにも相談していますので。」
「わ、分かった。分かったから。……それならボクがそれを止める理由は無いよ。」
予想外にルミが興奮するものだから、なだめる為に了承してしまった。
まぁ、本当に反対する理由も無いしね。
「ありがとうございます。」
「……困った事があったら、いつでも、何でも言ってね。ルミがボクにとって大切なヒトである事は、これからも変わらないから。」
「クロー様……、はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、行くね。ナタリーさん、よろしくお願いします。何か必要な物や、やって欲しい事があれば、何でもしますので言ってください。」
「はいよ。何かあったら遠慮なく言うさ。」
「はい。では。」
カチャッ、パタンッ。
**********
ボクはルミの部屋を出て、食堂へ戻ろうとした。
「──なのですかね?」
「そうなのかもな。」
その途中、丁度ヴェロニカさんとセレナさんを寝かせた部屋から、微かに声が聞こえる。
ボクは扉を開けながら、二人に呼び掛ける事にした。
「あれっ?二人共起きてる?朝食の、こと……、なん……、だ、けど……。」
……。
おおっ!美女が抱き合っておる!
すごい、絵になるなぁ。
「えっと……。」
正直、今すぐにでも混ざりたい所だけど、二人は疲れている訳で。
更に言えば、ここはローエンタール家の邸宅だ。
流石に人様のお屋敷でそういった類いの事はできない。
「──っ!」
「──!!」
ああ、二人が焦っちゃった。
多分、ボクは誤解はしてないと思うんだけど。
……いや、過信は禁物だね、ボクは恋愛初心者なんだから。
とりあえず、朝食を食べながらゆっくり話でもしようかな。
ルミに言われた事も、二人に話したいしね。




