31_まどろみ
「……んぁ。」
ヴェロニカは目覚め、うっすらと目を開いた。
しかし、明かるさは認識できるものの、自分の寝ている部屋の様子が全然分からない。
そして何故だか身体が、弾力があって抱き心地の良いものに包まれている感触があった。
「……あ、おはよう、ございます。」
そこに、聞き覚えのある優しい声が、間近から聞こえてきた。
「……ふぁっ?!」
もう少しだけ意識が覚醒したヴェロニカが、顔を上げて見ると、鼻同士が付くほどの距離にセレナの顔が有るのが分かった。
……となると、この全身の感触はセレナを抱き締めているものであるとヴェロニカは理解した。
「あ、すまん、セレナ。」
「お気に、なさらずぅ……。私も、さっき目を覚ましたのですが、……身体が動かなくて。」
普段と違った、間延びした寝惚け口調でセレナが答える。
「……言われてみると、ワタシも、……動けそうにないな。」
言われてみて改めて身体を動かそうとしたヴェロニカだったが、体中が倦怠感に包まれて思うように力が入らない。
「昨日は大変でしたからねぇ……。まぁ、良いじゃないですか。……今日は、ゆっくり休んで良い、って言われましたしぃ。」
セレナにそう言われると、確かにと納得してしまうヴェロニカであった。
何せ、昨日は王都から急いでロイエンタール領へ戻り、そのまま助産の手伝いをしたのだ。
身体が疲労を訴えても仕方ないと思えた。
「そうだが……。セレナは嫌じゃないか?」
「ふぇ?」
「ワ、ワタシと抱き合っているのは、不快じゃないか?」
「全然ですよぉ。そもそも、夜はもっと過激な格好で、こんな体勢になる事もあるじゃないですか?」
「そ、そうだったか?記憶が……。」
「ふふっ、ヴェロニカさん、いつもいっぱいいっぱいですものね。」
「……うるさい。」
「ヴェロニカさんこそ、こんな駄肉の付いた体と抱き合うのは嫌ではないですか?」
「──っ?!そ、それを言うな。ワタシは人族寄りの感覚なんだからな。セレナの体も、とても……、その、抱き心地が良いしな……。」
「ふふっ、ありがとうございます。」
キュッ!
セレナはヴェロニカを抱き締める力を少しだけ強めた。
「……あのエルフさんは何者だったんですかね?」
「クローも言っていたが、「魔王教」とワタシを狙うエルフの里は、何かしらの関係があるらしい。あのエルフが口にしていた通り、エルフの里の者だったのだろう。」
「……それにしたって、なんでヴェロニカさんが「紅の魔王」の継承者と分かったのでしょう?」
「さあな……。ワタシの魔力を感じただけでは、あちらもまだ分かっていなかった筈なんだ。だから、彼女が私達との遣り取りの中で、何かに気付いたという事なんだろうな……。」
「そうですか……。では今後はもっと気を付けませをとね。絶対に、ヴェロニカさんを奪われるわけにはいかないですから。ヴェロニカさんはクロー君の子供を生むし、その子は私が取り上げるんです!」
「その……、想いは伝わるが、よく毎回そんな事を照れずに言えるな?」
「何を言ってるんですか!想いは口にしなくちゃ伝わらないんですよ。照れてなんていられないです。」
セレナは普段、ヒトに対して強く言ったりはしない性格である。
けれど最近は、クローや、特にヴェロニカにはやや砕けた言い方をしたり、語気をほんの少し強めに語る事が多くなっている。
それがセレナにとって、心を許している相手である証拠であることをヴェロニカは理解していた。
「わ、分かった。……その──」
「はい?」
「ありがとう。セレナには、いつも助けられてる。」
「「……。」」
ヴェロニカがらしくない事を言うものだから、セレナは驚き、しばらく二人の間に沈黙が流れる。
「……わ、嬉しいです。ヴェロニカさんがデレました。」
やがて、セレナは嬉しそうにその沈黙を破った。
「変わった事のように言うな。……最近、思う事があるんだよ。セレナと初めて会った日、クローがワタシの言う事を聞いていてくれていたら、そこでセレナとの接点は途切れてしまったんだよな。」
「あ〜……、確かにあの時、クロー君がそんな行動をしていたら、今のこの状況は無かったかもですね。」
「だよな?」
「でもそんな事、あり得なくないですか?」
「……そ、そうか?」
「だってクロー君が、目の前で困っているヒトを放置するなんて、出来ないですよ。今なら、そう確信を持って言えます。だから、私達は出会うべくして出会ったんですよ。」
「……ああ、そうだな。……うん。」
キュッ!
セレナに自分の不安の一端を語り、それを否定してもらえたヴェロニカは、無意識にセレナを抱く腕に力を込めたのだった。
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「……でも、昨日は本当に貴重な体験でしたねぇ。」
「そうだな……。あのルミさんが、あれほど……なぁ。」
「ホントですよね……。」
「あれを見てしまうと、世の母親と言うものに、改めて畏敬の念を禁じえないな。」
「そうですよねぇ。私も、エオスさんに感謝の気持ちが、より強くなった気がします。伴侶もなく子供を生むなんて、とても心細い事なんですね。」
「そういう意味では、カイルさんは夫として素晴らしいよなぁ。あそこまで妻の事を思ってくれるなんて。」
「あら?クロー君だって、そんな場面になれば全力で私達の事を慮ってくれると思いますよ?」
「……そっか、そうだな。」
「そうですよ……。」
「不思議ですよね……。」
「ん?なんだ、急に。」
「いえ……。男性の無理解はまだ分かるんですよ。出産に立ち合うでもなく、あの壮絶な様子も知らないヒトが大多数でしょう。だから、男性が出産について軽く考えてしまう、というのは分かるんですよ。」
「んん?……まぁ、そうだな。」
「でも、自身が出産を経験している女性が、息子の子供、つまり孫にあたる子を産んだ嫁に辛く当たる事がある、というのは何故なんでしょうね?お嫁さんはお姑さんと同じ、大変な思いをしてお姑さんの息子さんの子を生んだというのに、そんなヒトを大切に思えないものなのでしょうか?」
「ああ……、よく話に上がる嫁姑問題か。」
「はい。つい、気になってしまって。」
「ワタシらで言うなら、姑役はルミさんになるのかな?……あのヒトなら、そんな事にはならなさそうだがな。」
「そうですね。ルミさんさなら、きっと喜んでくれそうです。」
「……忘れてしまうんだろうな。」
「忘れるって、自分の大変だった過去を、という事ですか?」
「ああ。エルフ的な視点になってしまうんだが、ワタシらからすると、人族の種族特性の一つが「忘れる事」だと思う。」
「種族特性、ですか?」
「各個人の忘れ易さもそうだが、人族という種族としてもな。人族は特に世代の交代が頻繁だろ?おまけに各個体の個性の主張が激しいから、種族としての統一意思のようなものも形成され難い。だから、過去の記憶が次代に残り難いんだと思う。」
「なるほど?」
「それが悪い事だと言う気はない。確かに記録が残り難いんのは不便もあるだろうが、次代に悲劇や悲しみを引き継がせない事で、未来を生きる活力が生まれて来る事もあると思うんだ。」
「ああ……、何となく、仰ってる事は分かる気がします。過去にくよくよせず、前向きに短い生涯を生きるための特性なのですかね?」
「そうなのかもな。」
カチャッ
「──あれっ?二人共起きてる?朝食の、こと……、なん……、だ、けど……。」
もう正午近い時間である。
二人の会話が外から聞こえたクローは、遅くなった朝食についてどうするか聞こうと、部屋に入って来た。
そこでクローが見たのは、ベットで顔が付きそうな距離で抱き合う二人の姿だった。
「……えっと。」
クローがしばし戸惑う中、ようやく二人は自分達の今の姿が、ヒトが見た時にどう思われるかに思い至った。
「ち、違うぞ、クロー?!これは単に疲れて身体が動かなかったから、そのままの体勢でいただけで!」
「そうです!女性同士でやましい事をしていた訳じゃないんです!」
まだまだヒトの性について、寛容さが育まれている時代ではない。
特に同性愛については、物語の中ならいざ知らず、現実にそんな性癖だと知られれば、白い目で見られるのは確実、それが世間一般的な感覚であった。
そんな中で、ヒトから見れば正にそうとしか映らない姿をしていた二人は、想い人に誤解されぬよう、必死で弁明するのだった。
「あ、ああ、うん。大丈夫だよ。予想外で驚いたけど、二人が仲良いのは全然構わないし。……ボクの事が要らなくなったとかでなければ。」
「そんな訳ないじゃないですか!」
「そ、そうだ。ちゃんとクローの事も、す、好きだぞ。」
クローのちょっとズレたセリフに、二人は即座に言葉を返した。
ちなみに、あれほどダルくて身動きが取れなかった身体が、クローが来た途端、弾かれたように動けるようになった二人であった。
「うんうん、分かったよ。それと朝食なんだけど、食堂に行く?それともここに持って来ようか?」
「あ……、じゃあ、ここで。」
「そう、だな。」
「了解。今、持ってくるね。」
パタンッ
「「……。」」
思わず上半身だけ起き上がった状態のまま、二人は顔を見合わせた。
「今の、気にされなかった、んですかね?」
「……クローなら、誤解があったとしても、理解ある気もするし、後からちゃんと話せば大丈夫たろう。それより……、動けているな?」
「──っ?!本当です!さっきまで、泥のように身体を動かすのが億劫だったのに。」
「……原因はこれかもなぁ。」
そう言うと、ヴェロニカは左手の甲側を上にして、セレナに見せてきた。
そこに見えるのは──
「「共鳴の指輪」ですか?」
そう、セレナの言うように、ヴェロニカの左手薬指には「共鳴の指輪」が付いているのが見える。
これと同じ物がセレナにも、そしてクローの手の同じ位置に付けられている。
「うん。ワタシもセレナも「疲れた、身体を動かすのが億劫だ」と思ってたろう?だからその気持ちが、指輪のせいで共鳴・増幅し、結果、身体が動かなくなってたんじゃないかな?」
「……え?!だとしたら怖くないですか?」
「う〜ん、だが一長一短だと思うぞ?ワタシらが皆、幸福感を感じていたなら、それも共鳴・増幅されるのだろ?」
「だとしても、負の感情が共鳴しちゃうのは、ちょっと……。」
「なら、その時だけ外せば良いんじゃないか?」
「ごもっともですけど、……なるべくなら、外したくないですよね。」
「……ん、まぁそうだがな。」
この指輪は、三人が交際している証でもある。
それを一時でも外すというのは、なかなか抵抗があった。
「だが、三人が負の感情に飲まれてしまうのは、好ましい事じゃないだろ?後でクローにも話して、対策しておこう。」
「そうですね。……そういえば、さっき急に動けるようになったのも、コレのお陰ですかね?」
「ん、クローが来たからだろうな。クローは快活に動いていた。そのクローが近付いた事で、クローの指輪からも共鳴が来て、私らの指輪の放っていた億劫な感覚が、いくらか中和されたのだろう。」
「クロー君が来てくれて良かったですね。」
「そうだな。……ちょっと残念だがな。」
後半は小声で呟いたヴェロニカ。
それほど、セレナの抱き心地、感触は心地良いものであったのだった。




