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30_出産

「ただいま戻りましたぁっ!」

ボクはロイエンタール子爵領のロイエンタール邸正門前で声を掛けた。


ニグラウス領で、民間人の怪我人が居ないかだけ軽く見回った後、ボクらは大急ぎで王都に戻り、クトーガー伯爵邸でセーム様への書簡を受け取った。

そして、今度はロイエンタール領へと戻って来た。

何せルミの出産予定日が間近に迫っているし、何ならもう生まれていたっておかしくない時期なのだ。


ボクらなんかが居るのと居ないのとで何が変わるのかと問われても、答えられる事なんて無い。

けれど、それでもただ近くでルミの無事を祈っていたいと思うのだった。


「クロー様、みなさん!良かった、間に合った!」

出迎えてくれたのはコンラッド君だ。

「えっ、どうかしたの?」

「ルミさんがついさっき、破水されました。今、屋敷ではお産の準備が行われています。」

「「──っ?!?!」」

皆が息を呑むのが分かる、当然、ボクもなのだけど。

「さっ、早く邸内に!」

コンラッド君に促されるまま、ボクらは屋敷内へ向かった。


**********


「おお、クロー。皆も……、何かあったのか?遅かったではないか。」

「遅かった、じゃないですよっ!!こんな時に副宰相様と結託して、戦場に引っ張り出すなんてっ!非道いじゃないですかっ!!」

セーム様の一言に思わずボクは反発してしまった。


今回の件、元はと言えばセーム様がボクらを王都に行くように仕向けたのが発端だ。

となると、副宰相様と示し合わせてボクらを誘ったと見るのが自然な流れだと考えている。

なのでセーム様の開口一番に、その事をぶち撒けてみた。


「はっ?!結託?副宰相様と?……おい、本当に何かあったのか?」

おや?

この様子だとセーム様はニグラウス領での件は知らなさそうだ。


「……副宰相様に謀られて、内乱の現場まで行くハメになったのです。本当にセーム様はお聞きになっていないのですか?」

「内乱……?!い、いや知らん!知らんぞ儂は!直近の副宰相様からの連絡は、お前達と見たあの手紙だしな。」

どうやらセーム様は本当に今回の件を知らないようだ。


……え、じゃあ何、副宰相様はセーム様やボクがどう行動するか予測して準備してたって事?!

嫌すぎるし暇すぎるでしょ!

その分もっと仕事してどうぞ。

……いや、仕事の息抜きに考えてたのかも知れないし、分からないけども。


「……分りました。疑って申し訳ございません。」

兎に角、セーム様は今回の件は知らなさそうなので、素直に謝っておく。

「お、おう。まぁ、何かあったのだな?それについては後でゆっくり聞こう。だが、今はそんな事よりルミの事だ。良く間に合ったな。ルミの子が今日にでも生まれそうなのだ!」

「それは聞きました!それで、ルミは?!」


「慌てなさんな!」

「ナタリーさん!」

ここで部屋にナタリーさんが入って来た。

その姿は、いつものエプロン姿ではなく、作業着のような服装になってる。


「コホンッ!ルミちゃんは産室に移してあるよ。女性陣は全員手伝っておくれ。お産てのは持ちつ持たれつ、女なら助け合うのが当然だからね。皆、内部屋で待機しといておくれ。」

「「はいっ!」」

ナタリーさんの言葉に、女性陣は声を揃えて返事する。


「そして、セレナちゃん、ヴェロニカちゃん。貴女達は出産に立ち会ってくれと、ルミちゃんの要望だけど、どうする?」

「えっ?!」

「私達が、ですか?」

さらに、二人には別に、言伝てがあったようだ。

突然の事に二人は戸惑っている。


「そう。貴女達はクロー君の恋人だろう?じゃあ、子供が生まれるとしたら、どちらかがもう一方の赤子を取り上げる可能性がある訳だ。なら、その時の為に助産経験をしておくに越したことは無い、って事らしいよ。」

「「あ……。」」

その言葉で、具体的なイメージが湧いたのだろう。

二人はハッとした表情になった。


「言っとくけど産む側からしたら、出産時に居てくれる人数なんて少ない方が良いんだからね?あんな姿を見られるなんて恥ずかしいし、ストレスになるのさ。それでもルミちゃんは、二人に居て欲しいと言ってる。その気持ちは汲んであげて欲しいと、あたしも思うよ。」

「「……。」」

ナタリーさんの言葉に、二人は顔を見合わせて、黙ってしまう。


「やります、私!やらせて下さい!」

やがて、意を決してそう言ったのはセレナさんだった。

「セレナ……。」

「私は、もし自分が子供を生むなら、ヴェロニカさんに取り上げてもらいたいです。そして、ヴェロニカさんの子供が生まれる時は、私が取り上げて差し上げたいです。」

「……うん、ワタシもそう思う。ワタシも手伝わせて欲しい!」

そしてセレナさんの思いに同意するように、ヴェロニカさんも立ち会いを希望するのだった。


「ん、じゃあ決まりだね。そうと決まったら着替えて来な。ルミちゃんの子はもう生まれそうなんだからね!」

「「はいっ!」」

迷い無く答えた二人を先頭に、女性陣は着替えるために別室へ向かった。


「……あ、あの、ナタリー?」

ここでカイルさんがナタリーさんを呼び止めた。

「ん?なんだい、カイル?」

「その、私はどうしたら良いだろうか?」

「あー……、男共はセーム様の書斎ででも固まって待ってておくれ。あっちゃこっちゃに居られたら、呼びに行く時に面倒だからね。」

「えっと……、それまでは何を?」

「大人しく待っときな!医者でもない男に出来る事なんて無いのさ。我が子が母子共に無事で生まれるよう、祈っておくが良いさ。」

「……分かった。」


流石ナタリーはズバッと言うなぁ。

そして、旦那さんであるカイルさんですら、やる事は無いのだ。

ボクやリックにも出来る事は無いだろう。

ボクらは大人しくセーム様の書斎に向かうのだった。


**********


「……長いな。」

数時間後、ルミを心配したカイルさんがポツリと呟く。


「……当たり前だ。夕方過ぎから始めたのだ、終わるのが深夜になっても不思議じゃない。下手をすれば明け方まで掛かるぞ。」

セーム様は、ボクらの届けた書簡を読みながらカイルさんの呟きに応じた。

「なっ?!そんなの、ルミは平気なのですか?」

「バカタレッ!平気な訳がないだろうが!出産後一週間は絶対安静、その後も一ヶ月は体調なんて戻らんものだ。最低一ヶ月だぞ?それ以上伸びても、文句など言ってはならんからな?」

「い、言いませんよ、そんな怖ろしい……。」

「……まぁ、カイルは大丈夫だろうな。儂は長男が生まれた時にやらかしてなぁ。結局、一生恨み言を言われ続けたよ。自業自得だがな。」

セーム様の奥様は数年前に亡くなったと聞いている。

晩年まで、ずっと失敗を根に持たれていたのか……。

ボクにとっても、いや、大多数の男性にとって、他人事じゃあない事なんだろうな。

「……。」

カイルさんも、何も返せずに黙ってしまった。


「ホント怖いですよね。ボクの実母のような話も、決して珍しいものではないのですから。」

「え……。」

カイルさんが絶句する。

ボクの実母は、俗に言う「産後の肥立ちが悪く」て亡くなったのだ。

そしてこの世界では、それが決して珍しい事例ではないという事を、ボクは前世の記憶を取り戻してから調べて知った。


「こら、クロー!本人にどうしようもない事で脅すのは感心せんなぁ。なに、カイルなら産後のルミを気遣わない筈もないからな、大丈夫だろう。」

「仰る通りです。カイルさん、申し訳ありません。」

「いや、大丈夫だよクロー君。出産で何も無い事が当り前な訳じゃない、というのは尤もだと思う。」


「何にせよ、今我々が根を詰めるべきじゃないな。我々まで疲れ果ててしまったら、ルミが無事に出産を終えた後、誰も女性陣を労えなくなってしまう。」

「「はい。」」

セーム様のまとめに、この場に居る皆が賛同の声を上げた。


「……という事で、クロー。気を紛らわすため、お前達に届けてもらった書簡の話をしたいのだが。」

ここでセーム様は、読んでいた書簡を置き、ボクの方を向いて仰った。

「あ、ハイ。」

「……まず確認だが、帝国の侵攻、これはまだ始まってないのだよな?」

「おそらく。彼等も雪深くなる真冬に、補給線の伸びる侵攻を行う愚は犯さないでしょう。」

「では、お前達が行った戦場とは、ニグラウス領の事なのだな?」

「はい、まんまと引き摺り込まれました。」

「……書簡には、その結末は書いていないが、内乱は終息したのか?」

「はい。ボクらも、国王軍が勝鬨を上げる様子までは見ました。」

「そうか。既に終息したのなら、春までに体勢を立て直す時間はあるな。……お前達は、それに関わって来たのか?」

「はい、まぁ一応。」

「どうせ時間はある。話してくれないか?」

「では──」


ボクは、ニグラウス領で国王軍が到着する直前に、ダムを破壊した事を説明した。

魔術を使ったのはヴェロニカさんで、ボクらはそのサポートをしたという様に話した。


「──そうか。やはり魔術師とは使い勝手が良いな。」

「そうですね。自慢の彼女ですよ。あ、セレナさんももちろん同じです。」

「あ〜、分かった分かった。」

ボクが彼女自慢をすると、セーム様は片手をヒラヒラさせて、ボクをいなした。


「あ、あと!」

「ん?」

「これ以上、副宰相様に陰謀巡らされたら面倒なので、ボクらは当初の予定通り、春になったらこの国から出て行きますね。これ、もうセシルさんとナーベさんに言ってあるので。」

「はぁっ?!お、おい。ちょっと待たんか。そんな性急な──」


バンッ!


「お生まれになりました!母子共に問題ありません!」

「「──っ?!?!」」

書斎の扉が開き、入って来たフラウノさんの一言に、部屋に居た男性陣は、皆息を呑んだ。


「まずは、カイルさんから来て下さい。」

「わ、分かった。」

フラウノさんに促されたカイルさんは、跳び上がるように立ち上がると、足早に伴侶の元へ向かうのだった。


パタンッ


「「はーーー……っ!」」

残った皆の口から大きなため息が漏れる。

「いやー、良かった良かった!」

まずは一安心と、上機嫌となったセーム様が叫んだ。

「そうですね。……しかし、明日は仕事になりませんね。」

「構わん。急ぎの用事も無いのだし、とりわけ女性陣はゆっくり休むように言っておこう。あ、クロー達も今日は流石に泊まって行くよな?」

「そうですね。本日はそうします。じゃあ、僭越ながら明日の朝食はボクが作る事にしましょう。」

「ん、頼む。ナタリーもあれで若くはないからな。無理はさせたくない。」

「承知しました。」


女性陣はまだまだやる事が有るだろうけど、とりあえず一安心したボクらは、彼女らを労う事を考え始めるのだった。

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