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29_後日談(ニグラウス領騒動)

「……こっちの話も、また不可解だなぁ。」

ゾマ祭が目前に迫った春先、国王ニゴウは年初にニグラウス領で起きた騒動の報告書を読み、再び頭を悩ませていた。


*********


昨年末にソダ宰相から、帝国側に不穏な兆候がある事が伝えられてから、ニゴウ王は普段より慌ただしい日々を過ごしていた。

そのため、一つ一つの事象のその後をまとめた報告書を読む事に関しては、後回しにしていたニゴウであった。


報告書には、フィボッチ、ファウル、アーベルパルナの三貴族が引き起こした謀反が、あっという間に制圧されるに至った経緯が記載されている。

特筆すべきは、都市伝説として囁かれていた「ベグナルド」という名の化け物が、この一件に関わった事である。

結果的にその事が副宰相側に有利に働いたとされている。


またこの時、王軍を率いていたのはニゴウの息子であり、この件は彼の初陣となった。

その戦いでこれ以上ない快勝を収めたことは、王子のキャリアにプラスとなる筈である。

また別記には、「勝ちを確信した王子が、亡き弟の名を呼び天を仰いだ」との記載があり、ニゴウの目頭は熱くなったのであった。


結局、三貴族の領軍は国王軍を見て、大半が早々に戦意を喪失してしまった。

なにせ三貴族は自領軍へ、「これは国に仇成す副宰相に正義の鉄槌を下す戦いである」と喧伝し、戦意を鼓舞していたのだ。

それがいざ現地へ赴けば、あっという間に国王軍がやって来て、自分達は国に弓引く立場となってしまった。

これでモチベーションが維持される筈もなく、大多数の兵士は血を見ることなく国王軍に投降したのだった。


当然、三貴族の当主は皆捕らえられた。

しかし、あくまでも彼等は代替わりして一年にも満たない先代の傀儡であったし、捕らえられた後はあっさりと全ての情報を吐いたため、重罪は課されなかった。

その代わり、彼等の先代は命を以て償う結果となった。

彼等とて、後を継がせたばかりの息子に責任をなすり付けてまで、不具になった体で生き延びたいとは思わなかったのであった。

結果、三貴族家は廃爵となり、先代三名は処刑され、その妻子は皆、妻側の親族へ身を寄せ、そちらで厳重に監視・監督する事で手打ちとなった。


また処刑される前に、先代三名は一年前のセーム子爵襲撃についても自白したため、これでクロー・ホーンテップの冤罪は晴れたのだった。


以上が、年初に発生した「ニグラウス領騒動」の顛末である。


その後に起きた帝国軍の侵攻と、その際に起きた事件に関しては、また別の報告書で報告される事となっている。


**********


「……私は報告書の付随を見て初めて知ったのだが、謀反を起こした三貴族の先代は「ベグナルド」という化け物に不具にされたのか?」

「そのようですね……。」

ニゴウの問い掛けに、妻であるイリスが答える。


「そして今回も、同じ化け物が作戦を妨害しに来たのか、しかも二体に増えて……。もはや、祟られているとしか思えないな。」

「実際に恨みを買っていたのでは?例えば、先の一件では冤罪を被って犯罪者とされた者も居りましたし。」

「クロー・ホーンテップ君の事か。確かにな。……ん?では、この「ベグナルド」とは、クロー君の事なのか?!」

「さあ。そこは、私より副宰相殿に聞いた方が宜しいかと。」

ここでイリスは、この場に居るもう一人の人物に目を向けた。


「……で?どうなのです、グレン?」

イリスはここで副宰相グレンに話を振った。

グレンは四日後に迫るゾマ祭についての最終確認をするために王宮を訪れていたのだった。

「……仰る通り、私はクロー少年と「ベグナルド」が、同一人物であると考えています。」

「「同一人物」とは……、この「ベグナルド」とはヒトなのか?報告書では「黒く蠢く不定形の化け物で、人形を取る事もある」、とされているが?」

グレンの説明に、ニゴウは疑問を投げ掛ける。

「宮廷魔術師にも確認しましたが、魔術でそれを再現する事は可能だろうとの事です。ただ……」

「ただ?」

「……それを自在に操るとなると、相当の魔術師としての能力と研鑽が必要であろう、との事でした。」


「では、やはりクロー君ではないのではないか?」

「我々の知る常識で考えるのならば、仰る通りです。しかしながら、クロー少年について調べた時、その枷を度外視し、それが可能と考えると辻褄の合う事象が多いのも事実です。」

「……。」

グレンの説明を聞き、どう答えるべきか分からず、ニゴウは黙ってしまった。


「ねぇ、ノドゥカ?」

ここでイリスは、近侍として同席しているノドゥカに声を掛けた。

「は、はいっ?!」

「貴方はどう思います?クロー君にそんな事が出来ると思いますか?」

「い、いえ。あの、その事については……。」

他人の能力についての如何は語れない、ノドゥカの主張は変わらない。

「ふふっ、そうね。聞き方を変えましょう。」

「……は?」

「クロー君が仮に魔術を使えたとして、彼の性格では三貴族への復讐や、ニグラウス領への加勢をすると思いますか?あくまでも、仮の話として。」

「……そうですね。彼ならばやり兼ねないと思います。」

「そう。ありがとうノドゥカ。貴重な見解だわ。」

「……。」


「まぁ、何にせよ、ハッキリとした証拠は無いのだ、これ以上語れる事はあるまい?……当の本人は、もう王都からも、ロイエンタール領からも離れてしまったしな。」

そう、確たる証拠は無いのだ。

これ以上あれとれと詮索しても無意味だとして、ニゴウは「ベグナルド」の正体について語るのを止めた。


「ホント残念ね。変な介入さえ無ければ、せめてゾマ祭くらいまではここに留まってもらう事も出来たかも知れないのに。」

「し、しかし、お言葉ながら、彼も貴族の生まれならば、元の貴族家子息として相応しい立場へ戻りたい希望はあるものと考えたのです。だからこそ私は情報を流し、彼に活躍の機会を与えようと……。」

イリスがチクリと語る言葉に、グレンは反論した。

彼の中ではまだ、自分が妥当な決定をしたものと信じているのだった。


「はぁ……。グレン、貴方は彼がそんなモノを欲しがると、本気で思っていたのですか?」

「えっ?……い、いやそれは、貴族の子息として生まれたならば……。」

「まぁ、貴方のように優秀で立派な親を持つ、伯爵家の長男に生まれたのならば、そう思うものかも知れません。けれど、彼の境遇は全く異なります。」

「境遇……。」

イリスに言われ、グレンは自身が知っているクロー少年の生まれを思い出そうとした。


「言うまでもなく、彼の父親は恥ずべき貴族でしたし、そんな親が使用人に手を出した結果、生まれた三男というとが彼の出自です。そんな境遇では、継母や異母兄弟にも冷たく接されたことでしょう。そもそも三男に生まれたなら、貴族家を継承する事などまずありませんし。」

「それは……。」

「そんな子が、やっと貴族家という呪縛から解放され、冒険者として本人的には楽しく旅生活をできるようになったのです。それなのに、どうしてまた貴族としての苦労を背負い込みたいと思うと考えたのですか?本人から「そんな気は無い」と、言質まで取っていたと言うのに。」

「……。」

そこまで言われると確かに、自分の認識が本人の思いを無視したものになっていたと気付くグレンであった。


「そもそも、あれほど疑り深くて天邪鬼な子に、搦め手で臨もうとするのが間違いなのです。そんなの、反発して下さいと言ってるようなものではないですか。」

「は、はぁ……。」

「私も似た所がありますから、気持ちは分かる気がします。そういった者には、いっそ素直にお願いし方が、心に響くと思いますよ。」

「……心に留めます。」


「まあまあ、私的な話はそれくらいにしておこうか。多忙なグレンにわざわざ足を運んで貰ったのだ、長く引き留めては悪い。」

「そうですわね。」

言いたい事を全部言われてしまったニゴウは、イリスを止め、本題に入ろうとした。


「コホンッ。グレン・フォン・ニグラウスよ。先のニグラウス領における騒ぎでの、卿の手腕は見事であった。よって廃爵となったフィボッチ、ファウル、アーベルパルナの三貴族の領地の一部を、ニグラウス領の加領とする事を許すものとする。……正式には、四日後のゾマ祭で他の貴族達の褒賞と共にもう一度伝え、書簡も送るので待ってくれ。」

「は?加領、ですか?」

「ん?なんだ、不満があるか?」

グレンの疑問に、ニゴウも疑問で返す。

「い、いえ滅相もない!ただ、文脈的に何らかの処分があるものと思っておりましたので。」


「あのねぇ、グレン。確かに貴方は、自らの身を危険に晒したし、個人的に私が気に入っているクロー君がこの国を去る原因にもなりました。」

「は、はい。」

「ですが、貴方の手腕で三貴族の作戦が露呈し、その騒動も極めて短期間で収める結果となりました。お陰で、後の帝国の侵攻に対し、カダー王国として後顧の憂い無く迎え撃つ事が出来たのです。これで褒賞が無いのなら、他のどの貴族家にも褒賞など出せませんよ。」

「はぁ……。」

「加領が出せる機会など限られているのです。王家としては、出せる時にしっかりと褒賞を出し、臣下の忠誠心を買っておかねばならないのです。無駄な謙虚さなど、有害ですらありますよ。」

副宰相グレンが褒賞を断れば、他の貴族家は副宰相の手前、素直に褒賞を受け取る事が出来なくなるかも知れない。

それでは王家としても困るのだ。


「いえ、しかし……、お恥ずかしながら、現状ですら手が回り切らない状況なのです。加領をいただいても、私の手には余るかと。」

「ならば貴方も、ヒトを選んでなどいないで、ソダ様やセーム様を見習い、少しはヒトを育てる事を学びなさい。幸い、良い手本となる先達も手に入れたのでしょう?」

「な、何故セシルの事まで王妃様がご存知なのです?!」

「そんなの、私も目を付けていたからに決まっているではないですか!残念ながら、流石に罪人を王家が雇うのは難しいので断念したのです。……ですがその分、ハック君については本気で取りに行きますからね!」

「ハ、ハック・ニコグダ君の事まで?!」


「ニコグダ」はクローの継母で、ハックの実母であるミーナの実家の家名である。

ホーンテップ家が廃爵となり、実家に身を寄せたミーナとその息子のハックは、今はミーナの実家の家名を名乗っているのだった。


「今はまだホーンテップ男爵の件が記憶に新しく、またハック君もハスト家で頑張っているので、余計な手出しはしません。ですが、数年経ったら息子の部下の一人として、正式に迎え入れようと考えているのです!」

「そ、それはこちらとて同じ思いです。伝え聞く彼の才能は、弟のクロー君に引けを取らない程であるとか。そんな人材は、私とて喉から手が出るほど欲しい。」

優秀な部下は是非、手に入れておきたい。

その思いに王妃も副宰相も変わりはなかった。


「ならば、あとは……。」

「本人がどちらを希望するか、ですね……。」

「ふふっ、王家に仕えるというステータスはなかなか魅力的だと思いますけれど?」

「いやいや。問題が発生しても、王家の鶴の一声で全てが解決するのでは、彼も張り合いが無いでしょう。それに比べ、ウチは地理的にも流通の要所としても問題の起き易い土地です。やり甲斐を感じるのは、どちらでしょうねぇ?」

「ふふふっ……。」

「フフフ……。」


(……相変わらず仲が良いなぁ、この二人は。)

不可解な報告書が多数舞い込む中、妻とその従兄弟とのじゃれ合いを聞き、束の間ほっこり癒やされるニゴウ国王であった。

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