28_襲来
「……何かが近付いて来る!」
ヴェロニカさんがそう言葉を発しました。
当初の作戦通りに事は進みました。
クロー君、リック君が囮になって、トドメの一撃をヴェロニカさんが撃つ。
後はヴェロニカさん、私、そしてティアナさん達三人は隠れて待つ、という予定でした。
でも、ここで想定外の出来事が……。
仮に相手方に魔術師が居たとしても、クロー君達の方に向かうと考えていたのです。
そして、クロー君達が逃げて来た所を七人で迎え撃つ、そうすれば無理なく敵を退けられる筈でした。
私達五人を探し出し、向かって来るのは考えてませんでした。
いやまぁ、最後に一撃を撃つのがヴェロニカさんなのですから、そんな事も有り得るのでしょうが。
でも、あからさまに軍の目の前を逃げているクロー君達の方に向かわずに、必死で隠れてる私達の方に来るとは思わないじゃないですか?
あっ、こちら向かって魔術を放って来ました。
姿が真っ黒なので、一瞬、クロー君達かもと思ったのですが、明らかに敵意が有るので違いますね。
「『魔術消去』!」
「『防護盾』!」
私とフラウノさんの魔術がほぼ同時に発動します。
ここ一ヶ月の間に使いまくった『魔術消去』です、正直、自信があります。
『防護盾』は、その名の通り魔術の盾を作る魔術ですね。
ティアナさん達に『重力制御』の次に教えられた実践的魔術です。
ティアナさん達は元々剣が振るえたので、その補助的な魔術を覚えた方が効果的だろうとの、ヴェロニカさんの判断は妥当だと思います。
「『衝撃風』!」
続けざまにヴェロニカさんが魔術を放ちます。
ブゥワッッ!!
躱し切れなかった相手は、体勢を崩しましたが、すぐに立て直しました。
「気を付けろ!そいつはエルフだ。」
起き上がった相手を見て、ヴェロニカさんが叫びました。
エルフさんですか……。
ヴェロニカさんがそう言うなら、そうなのでしょう。
魔術師として優秀なエルフさんの事です、一人とは言え、気は抜けません。
「まさか、「紅の魔王」の継承者か……?」
「「──っ?!」」
私もヴェロニカさんも思わず息を呑みます。
な、なんでその答えに行き着いたのですか?!
エルフ、同胞だと分かったから?
それだけで「紅の魔王」って事が分かるんですか?!
……いや、もっと他にも判別方法が有るのかも知れません。
そんな未知の敵を相手するなら、こちらも万全でないと!
私達の居場所が知られてしまうので、出来れば使わないよう言われているのですが、仕方ありません。
「『灯り』!」
シュ……シュ……パパンッ!
私の放った合図は、ちゃんと二つ上がりました。
「仲間を呼んでも無駄だ。「紅の魔王」の継承者よ、素直に私と共に里に戻ろう。私達の一番の目的はお前だ。」
「なっ?!」
ヴェロニカさんが声を出して驚きました。
「……ひょっとしたらお前と遭遇するかもと考えた里の長達の勘は、見事的中したわけだ。」
悪名高き……、ええ、言っちゃいます。
悪名高きエルフの里、ヴェロニカさんを連れ戻そうと躍起になってる、はた迷惑な里がまた動いたのですか……。
「間もなく私の部下が、「ベグナルド」達を片付けやって来るだろう。これ以上抵抗しないなら、ここに居る仲間は見逃してやっても良いぞ?」
「……っ?!」
ヴェロニカさんが息を呑みました。
えっ、クロー君達の方にも魔術師が向かってるんですか?!
しかし……、一瞬だけ想像してみます。
ヴェロニカさんが居なくなり、クロー君を私が独り占めする未来。
そして、ヴェロニカさんを守り、私、クロー君、ヴェロニカさんの三人で歩む未来。
はぁ?考えるまでも無いんですが?
ヴェロニカさんが一緒に居る未来の方が、幸せに決まってるじゃないですか!
人生でこれほど好きになれるヒトなんて、滅多に巡り会えるものではないです。
「ダメですっ!彼女は私の大切なヒトです。貴方達に渡すつもりはありません!何より、私達の仲間が負ける訳がありません!時間稼ぎをして、より不利になるのは貴方の方ですよっ!」
そう、そしてお仲間がどうとか言ってますが、クロー君達が負ける筈がありません!
「セレナ……。」
ヴェロニカさんが小声で感動しているようですが、今はそんな場合じゃありませんよ。
ティアナさん達は、私の一言で覚悟を決めてくれたのか、本格的に構えてジリジリと距離を詰めて行ってます。
「──くっ!」
堪らず相手は踵を返して、私達から距離を取ろうとしました。
その刹那──
「逃がすかっ!『魔術消去』!」
「せいっ!!」
鬼のような連携ですね。
クロー君が『魔術消去』をして、無防備になった体をリック君が思い切り蹴飛ばしました。
「……え?」
……ん?
敵の前に立ち塞がってくれたクロー君、リック君の様子がおかしいです。
何で立ち尽くしているのでしょう?
チラッ
私が横から覗き込むと……
そこには、絶世の美女さんが居ました。
薄い色の髪は肩口まで伸び、顔の造形は清楚系の美女そのもの、おまけに身体は言うことないほどにナイスバディ……
見えてる胸の谷間が、その質量を物語ってます。
コラペ王国で会ったノエル騎士団長さんくらいはありそうです。
「……な、なんだ?なんで無言でこっちを見てるのだ?」
美女さんは体をなんとか起こし、膝立ちで疑問を投げ掛けて来ました。
あ、はい。
皆、見惚れちゃっただけです。
「……いや、違うな。分かっている。」
あ、そうですよね?
流石にそんな容姿で生まれたのなら、今までだって気に掛けるヒトが──
「私の容姿に呆れているのだろう?!」
はい……?
え、何を言ってるのです?この美女さん……。
「自分でも分かっているさ、地味な容貌、無駄な肉の付きまくった身体……。里に居る時から、冷ややかな目で見られてきた!」
えー……?
それは被害妄想じゃないんですか?
それとも、エルフの里が特殊なんですかね?
「それがこんな人族の町まで来て、同じ扱いを受けるなんて……!」
「え?……いや、そんな事、思ってな──」
流石にクロー君もフォローを入れようとしました。
「うるさいっ!この恥辱、忘れんぞっ!『火球』!」
ボンッ!!
「危ないっ!」
いつの間に呪文を唱えたのか、あるいは無詠唱なのか、美女さんが魔術を放ちました。
ただ、これは誰かを狙ったものではなく、目眩ましのようです。
クロー君達の手前の地面に着弾しました。
クロー君とリック君は、慌てて私達の盾になってくれました。
特にリック君は、突出していたティアナさんを庇うように位置取りしました。
「ヴェロニカさん?」
「ああ。あの女性はこの場から離れて行ったな。私の感知外まで行ったようなので、離れて様子見をしてるとかじゃなく、撤退したようだ。」
本当だ、あの女性が居ません。
ひとまず危機は逃れたようですね。
「……ふぅ、じゃあ一安心っすね。」
「……そ、そうですわね。あ、あの、リック。」
「えっ?」
「あ、ありがとう。庇ってくれて。」
「あ……、あー……、っすね。」
……。
な、なんだかティアナさんとリック君が良い雰囲気になってますね。
……あ。
ガシッ!
ペッ!
スノウノさんがリック君の肩を掴んで引き剥がしました。
「ティアナ、大丈夫だった?」
「え、ええ。大丈夫よ、スノウノ。」
抱きつくスノウノさんの頭を、ティアナさんが優しく撫でます。
「……。」
……スノウノさんの守りは厚いようですね。
リック君、ドンマイ!
「あの、ヴェロニカさん。先程のエルフの女性が言っていた事が理解できなかったのですが、何か分かりますか?」
フラウノさんがヴェロニカさんに聞いてきました。
あ、それ、私も知りたかったです。
「あー……、ワタシもバア様から聞いた話から推測しかできないが、良いか?」
「はい。」
「まず顔の事だが、多分、あのような容貌の者はエルフの里には多いのだろう。それをいつも見ていれば、平均的で特徴の無い「地味な顔」、という認識になるのじゃないかな?」
「え゛……。」
あ、あの美女さん、本気で「地味な顔」って言ってたんですか?!
「あと体型の件だが、エルフ的には胸や尻の肉は薄いほど効率的で良い、という認識があるとバア様が言っていたな。魔術はあるものの、基本は弓を使うスタイルが一般的だからな。弓を番えるのに邪魔になる胸の肉は駄肉とされるそうだぞ。」
女性の胸が駄肉ですか……、なかなか種族間の認識の溝というものは深いのですね……。
「そもそも森に住み、時には木々を移動するエルフだ。体重は軽い方が効率的だというのは、イメージがつき易いだろう?」
「た、確かに分かりますが……、う゛〜ん。」
フラウノさんも、理屈は分かるけど納得はいっていない様子ですね。
ここで私にはちょっと気になる事がありました。
「あの、ヴェロニカさん、私からも良いですか?」
「うん?なんだ?」
「以前、何度か私の胸の肉付きについて言及されてましたけど、あれは「駄肉は付けるな」的な意味合いだったのですか?」
「い、いや違う!ワタシは里で生活した経験は無いし、人里に降りてから、女性の胸は大きい方が一般男性の趣向に合う事を知った。ただ、ワタシの身体はエルフ向けらしいので、頑張れば大きくなるセレナが羨ましかったんだ!」
「ああ、そういう事ですか。」
「……まぁそれは、当のクローがエルフ的な胸でも興奮する趣向と実感したので、気にならなくなったがな。」
「やめて?!ヒトの趣向とか、人前でバラさないで?!」
あ、クロー君が止めに入りました。
男の子的にも、やはり性的趣向がバラされるのは恥ずかしいんですね。
「と、兎に角。もうこれ以上ここに居ても意味がないから、ボクらも離脱しましょう。水が抜けてニグラウス領軍も自由に行動出来るようになったし、王軍も間もなく到着するから、三貴族側はじきに総崩れになる筈ですし。」
そう、これでニグラウス領の騒動は鎮圧されるだろう、というのがクロー君の読みです。
「後は、念の為、事の成り行きだけ安全な所で見届けてから帰りましょう。」
「「はいっ!」」
クロー君の言葉に、誰も欠けずに返事をする私達なのでした。




