27_カエデ
「……なんでアレが現れるのだ。しかも、二体も!」
辺りの兵士達が騒がしいので様子を見てみると、ダムを攻撃したとされる怪しい人影が、兵士達に追われて逃げて行く所だった。
その人影を『暗視』『遠見』で見て確信した。
アレは間違いなく『闇纏い』を使ったヒトだと。
**********
私はカエデ。
とある事情で「魔王教」へ派遣されたエルフだ。
協力の要請は帝国から里へ来たものだ。
しかし、帝国側が大っぴらにその存在を明かせないため、「魔王教」への間接的な派遣となったのだった。
仮にこの作戦で私が死んでも、帝国も里も無関係と言い張る事が出来る状態となっている。
……はぁ。
優秀な姉が里に残ってくれていたなら、この件だって二年前にはアッサリと片が付いていたろうに。
出来損ないの私なんかが今更派遣されて、何が出来るやら。
そう腐ってはいたけれど、派遣されたならばやれるだけの事はやらねばならない。
特にカダー王国は、黒い魔物「ベグナルド」が初めて現れたとされる場所だ。
何が起こるか分からない、気を引き締めなければ……。
「ベグナルド」は「魔王教」の天敵とされる、正体不明の化け物だ。
ただ、化け物とされているが、里の有識者は『闇纏い』を使用したヒトであろうと判断している。
では何故、「魔王教」の天敵とされているのか?
単純に、「魔王教」の関わった企みが、ことごとく「ベグナルド」に潰されているからだ。
例えば、昨年のローエンタール子爵暗殺失敗後に、これを計画した三貴族の当主が「ベグナルド」によって不具にされた。
この事により、カダー王国での作戦遂行が大幅に遅延してしまったのだ。
この時、各当主が聞いた「ベグナルド」の名が、以降、通称となってしまった。
その後、コラペ王国のジンジャー領でも、「ベグナルド」が策動し、結果、アプリコット公爵の暗殺に失敗したと考えられている。
そして数ヶ月後のコラペ王国式典襲撃の件でも、「ベグナルド」とみられる黒い化け物が関わった事が確認されている。
この時も「魔王教」の目論見は潰えてしまった。
分かっているだけで三度、「魔王教」は「ベグナルド」から妨害を受けている。
故に「ベグナルド」は「魔王教」の天敵と言われているのだ。
また、「ベグナルド」に関しては他にも気になる点がある。
「ベグナルド」は「紅の魔王」の継承者と共に行動しているか、または同一人物である疑いがあるのだ。
例えば去年のジンジャー領の一件。
「紅の魔王」の継承者が失踪したのは、その数ヶ月前だ。
距離と時間から考えて、その場に居たとしてもおかしくない。
その後、北上した後継者は、リプロノ王国で同行者と共に居る事が確認されている。
そして再び南下してコラペ王国に入った先で、コラペ王国式典の騒ぎだ。
これがただの偶然と言えるだろうか?
「紅の魔王」の継承者は、まだ南下していた筈だ。
ひょっとしたらカダー王国まで南下し、「魔王教」絡みの計画であるこの事態に姿を見せるかもしれない。
その可能性を考えたからこそ、里はわざわざ私を派遣したのだろう。
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──そんな私の目の前に現れたのが、『闇纏い』を纏った人影だった。
思えば昨日から時折、おかしな感覚があったが、やはりあれは感知系の魔術だったのか。
となるとこれは、間違いなく「ベグナルド」が姿を見せたに違いない、そう思ったのだが……。
何で人影が二つあるんだ?!
これまで話で聞いている限り、「ベグナルド」は一体だけの筈だ。
だから同じく遣わされた、二人の魔術の心得がある人族の「魔王教」徒に、念の為『闇纏い』を教えて、万が一に備えていたというのに!
三対一ならば「ベグナルド」を恐れる必要など無いと思っていたのに!
なんでそんな想定外の事が起きるのだ?!
「カエデ様、どうなさいますか?」
『闇纏い』を教えた片方が聞いてくる。
いけない、落ち着かないと。
現状、大勢の兵士達が「ベグナルド」達を追い駆け回している。
ここで余計な横槍を入れると、下手をしたら三貴族側の兵士にまで被害が出兼ねない。
「一旦、様子を見る。兵士達がアレを捕らえるなら、それで良い。それが叶わなければ、……出番だ。」
「承知いたしました。」
人族の二人は素直に私の言う事を聞いてくれる。
魔術の腕も悪くない、……と思う。
……まぁ、出来損ないである私ごときの見立てではあるが。
兎も角、彼等と私による三対ニなら、あの「ベグナルド」達をどうにか出来そうだ。
……そう思った矢先だった。
ドオォォォォォォォォンッ!!
足元のダムで再び爆音が轟いた。
しまった、まだ別口の魔術師が居たかっ?!
グラッ、グラッ!!
足場のダムは、今の爆破で決壊は免れない状態となった。
「逃げろっ!崩れるっ!」
「「はいっ!」」
私達は、急ぎダムから逃げ出した。
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目下では、出撃したほぼ全ての兵士達が流され、戦闘不能な状態となっている。
そして二体の「ベグナルド」は、……やっぱり両方とも健在だよなぁ。
「カエデ様、我々があの「ベグナルド」とやらを討ち取って見せます!」
「こちらも魔術師として長年やってきたのです!条件が互角なら、遅れなど取りません!」
「アレも兵士達から逃げ回り、少なからず疲弊しているはず。こちらからすれば、好機と言えます!」
「「魔王教」の怨敵を目の前に、みすみす見逃すわけにはいきません!」
「魔王教」徒の二人は口々にそうまくし立てる。
「待て待て!敵はアレだけじゃない。最後にダムを爆破した者が別に居るのだ。挟み撃ちになるぞ。」
私は何とか二人を落ち着かせて様子を見ようとした。
「ならば、そちらはカエデ様が抑えていただきたく!」
「わざわざ現場まで来て、妨害までされ、その上、追撃もしないなど、我々は何のためにここへやって来たのですか!」
う゛……
そう言われてしまうと確かに、私の選択は日和見なものに思える。
まぁ、彼等も「遅れは取らない」と言っているのだし……。
「……分かった。あの二体の始末を頼む。私は、隠れて最後に一撃を放った方を抑える。おおよその位置は確認してるからな。」
「「承知しましたっ!」」
私が指示するや、二人は猛進して行ってしまった。
……まぁ士気が高いのは良い事だ。
さて、私は隠れるもう一方の元へ向かおう。
私は、自身に『闇纏い』を掛け、魔術師と思われる者が隠れる森へ入って行った。
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……隠れているだけあって、肉眼では捉えられないか。
『空間把握』!
『熱源感知』!
『魔力感知』!
ここまで使用すると、相手にも私の存在がバレるのだが、今は仕方ない。
……そこか。
ん?複数の反応がある。
厄介だな……。
だが、人族が主構成のカダー王国で、複数の魔術師が固まって居る事は考え難い。
あの中の誰かが魔術師なのだろう。
ならば……、まずは軽い魔術を放ち混乱を誘おう。
「『火球』!」
私の放った『火球』は、思い通り相手の手前の地面で炸裂する軌道を描く。
爆風と衝撃で、隠れた姿を炙り出すつもりだ。
「『魔術消去』!」
「『防護盾』!」
ボシュンッ……
……は?
私の魔術は衝撃波すら残さず、掻き消されてしまった。
いやそれより……、今、二つの魔術がほぼ同時に発動しなかったか?
……もしかして、魔術師が二人居るの?
「『衝撃風』!」
ブワッ!!
「うわっ?!」
魔術の攻撃を避けきれず、地面を転がされてしまう。
いや、あり得んっ!!
明らかに間隔が短い。
前の二つの魔術の後に唱えて、こんなに短い間隔で次を放てるはずがない。
つまり、魔術師が最低でも三人?!
あり得ないだろ!
宮廷魔術師が秘密裏に派遣でもされていたのか?!
ガバッ!
起き上がる私の視線上に、剣を構えた黒ずくめが二人立ち塞がった。
びっくりした!
一瞬、その人影が『闇纏い』を掛けたヒトかと思ったが、こっちはただ衣類が黒いだけのようだ。
見ると、奥の三人も同じ格好をしている。
「気を付けろ!そいつはエルフだ。」
えっ?!
な、何でバルた……
ひょっとして、そう言った方もエルフなのか?
素の魔力感度が高いのがエルフの特徴の一つだ。
相手がエルフなら、ここまで近付いた事で同胞に気付いても不思議じゃない。
しかし……、「ベグナルド」の近くに居るエルフだと……?
「まさか、「紅の魔王」の継承者か……?」
思わず口から考えが溢れてしまった。
「「──っ?!」」
だが、幾人かは息を呑んで反応している。
では、本当に……
「『灯り』!」
シュ……シュ……パパンッ!
なっ?!
エルフの隣りの者が、頭上目掛けて『灯り』を放った。
あれは、先程「ベグナルド」が使った『灯り』と同じものか。
という事は、「ベグナルド」達を呼んだのかも知れないな。
だが、あっちにはこちらの二人が向った。
助けが来る事はあるまい。
……せめて「ベグナルド」の正体だけは知っておきたいな。
後で死体だけでも確認するか。
「仲間を呼んでも無駄だ。「紅の魔王」の継承者よ、素直に私と共に里に戻ろう。私達の一番の目的はお前だ。」
「なっ?!」
「……ひょっとしたらお前と遭遇するかもと考えた里の長達の勘は、見事的中したわけだ。」
……まぁ、里が本当に本気だったら私なんかより、もっと優秀な者を派遣したと思う。
里も今回、継承者と鉢合わせする可能性は高くないと思っていたからこそ、私が遣わされたと認識しているのだが、ここて敢えて言う意味は無いな。
「間もなく私の部下が、「ベグナルド」達を片付けやって来るだろう。これ以上抵抗しないなら、ここに居る仲間は見逃してやっても良いぞ?」
「……っ?!」
私の言葉に継承者が息を呑む。
こちらとしても、一対五では分が悪い。
これで引いてくれるなら楽なのだが……。
「ダメですっ!彼女は私の大切なヒトです。貴方達に渡すつもりはありません!何より、私達の仲間が負ける訳がありません!時間稼ぎをして、より不利になるのは貴方の方ですよっ!」
継承者の隣りの者が叫ぶ。
皆、黒装束だから分からなかったが、今のは女性の声だったな。
……女性同士で「大切なヒト」と表現する?
ん?ひょっとして、そういう事か?
ええと……、い、いや、考えるな!
今は任務に集中しないと。
今の一言で、あちらは皆ヤル気になってしまった。
それどころか、ジリジリ迫って来てる。
ダメだ。
今は撤退して仲間と合流してから、また機を伺おう。
「──くっ!」
私は踵を返して彼女らから距離を取ろうとした。
その刹那──
「逃がすかっ!『魔術消去』!」
「せいっ!!」
え──
ドガッ!!
「ぐあっ?!」
ゴロゴロゴロゴロ……
ちょっ、何が起きた?!
おそらくだが、『魔術消去』を掛けられ、『闇纏い』が切れた体を、別の者に思い切り蹴られたのだと思われる。
おかげで体中、泥草まみれだ。痛みもある。
……いや、そんな事を言ってる場合じゃない!
私は倒れたまま顔を上げる。
その視界には、「ベグナルド」二体が、後ろの五人を庇うように立ち塞がっていた。




