22_要請
情報屋カニスパイダから話を聞いたボクらは、その足でクトーガー伯爵邸へ向かった。
着いたのは夕方近くだったけれど、ナーベさんは普通に迎え入れてくれた。
「ああ、クロー君。丁度良かった。副宰相グレン様の使いという方が、クロー君に連絡したいと来ているんですよ。お会いしますか?」
「……え?」
おかしい、タイミングが良すぎる。
しかしまぁ、会ってみないと話も進まないか。
「こちらとしても丁度良かったです。副宰相様のお耳に入れたい話を聞いて来たばかりなので。」
「話ですか?……まぁ、こちらに。」
一瞬、怪訝な顔はされたけど、ナーベさんは副宰相様の使いという人物の居る部屋に案内してくれた。
「お久しぶりです、クロー様。」
「セシルさん?!」
思わぬヒトが居たことに驚いてしまった。
でも、よく考えたら「ボクに会いに来た副宰相様の使い」という時点で、考えられた人選だった。
「……っと、そうか、確か副宰相様に雇われたんだっけ。そして、ボクに話があるなら、セシルさんを遣わすのが適任か。」
「はい。そして、その副宰相グレン様の事で、クロー様にお願いがあり参りました。」
「え?ボクにお願い?」
「はい。クロー様、グレン様をお救い下さい!」
「あ〜……。」
……どうやら今回は、副宰相様に注意を促すのが遅れてしまったらしかった。
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──昨年末、クロー様にお会いしてグレン様の元に戻った後、わたくしはグレン様の元で執事の仕事をしておりました。
そして年明けてグレン様が、年始のご挨拶にと王都に来たのに付き添いこちらに参りました。
その後、用事の終えられたグレン様は、奥方を残して先に早馬で自領に戻られたのです。
何かと顔を出さねばならないお仕事も多いですからね。
で、わたくしや奥方達が後を追って数日後に領へ戻ろうとしたところ、街道は他領の領軍に封鎖されておりました。
わたくしたちは何とか、奥方を連れて王都まで戻ったのですが、先に自領に戻ったグレン様がどうなったかは、分かりません。
急ぎ情報を集めたり、王宮へご助力を仰ごうともしておりますが、国王軍もようやっと動き出そうかという状況でして。
我々が集めた情報では、フィボッチ子爵領軍が出ているとか、領都の領都が水没しかけているという話が上がって来ています。
「──グレン様が以前仰った通りであるなら、クロー様ならばグレン様だけでも救出する事が出来るのではないでしょうか?お願いいたします、グレン様をお救い下さい。もちろん、こちらは別方向から手は尽くしてみるつもりです。」
そう言ってセシルさんは頭を深々と下げた。
「……セシルさん、いくつか聞いて良いですか?」
そんなセシルさんに対して、努めて冷静な口調でボクは尋ねた。
「は、はい。」
「それ、グレン様は生きているかも分からない状況ですけど、助けに行った時にはもう手遅れだった、となる可能性も十分ありますよね?それが分かった上で言ってます?……流石に、「お前が行くのが遅れたからだ」と非難されるのは遺憾なのですが?」
「そ、そんな事は申しません。それに、情報を集めたところグレン様のニグラウス領領都は水攻めに遭っている状態のようです。領主のグレン様が確保されている状態であれば、そんな事はする必要は無い筈です。」
「それ!」
「はい?」
「その「水攻め」ってのが引っ掛かるんですよ。一昨年の夏に怪しい動きをされてた箇所について、今回は注意を怠った事になる。優秀だと云われるグレン副宰相様がそんな事を失念しますかね?」
一昨年前に、ボクは副宰相様に水攻めの可能性がある事をお伝えした。
その時は確か、副宰相様が早急に対処なさって事なきを得た筈だ。
それが今回は、対処を怠ったのか故意なのか、懸念が現実になってしまった。
「それは、わたくしには何とも……。」
「ご本人一人が忘れてたなら、それは有り得るかも知れません。ですが、直属の部下から、当時現場の見回りを行った兵士まで、誰一人そんな危機感を感じなかった、懸念を上に上げなかったと言うのは無理があります。」
「はい、まぁ……、確かに。」
「……セシルさん、ボクは今、強く疑念を抱いてます。」
曖昧な返事を返すセシルさんに、ボクは声のトーンを落として語り掛けた。
「えっ?!」
「ボクは今日の昼間に、とある筋から帝国の侵攻が近々ある可能性を耳にしました。そして立て続けに副宰相様の情報です。これではまるで、ボクが副宰相様を助けに行かなければ、この国は大変なことになるぞ、と脅されているようです。」
「脅すだなど、そんな……。」
「そこまでして、ボクを脅そうとしているヒトは何を考えているのか?理由として考えられるのは、主に二つ。一つは、ボク自身を誘い出し罠に掛けるため。二つ目は、ボクを排除して大切なヒトを拐うため。」
「──っ?!」
ボクの見立てにヴェロニカさんが息を呑んだ。
そう、これが帝国とこの国との話というだけでなく、裏でエルフ達が関わっている可能性も十分に有り得ると考えている。
「……あとは、ボクに何らかの動きをさせる事が目的という事も考えられますが、いずれにしてもろくな理由では無い事は確定的です。」
「……。」
「よって、現状のままであれば、ボクはセシルさんの要請に応える事は困難だと考えてます。」
「懸念もごもっともです。しかし、こちらも主君の命が掛かっているのです。どうしたらその懸念を晴らせますか?」
「そうは言っても、そもそもボクのような、たかが冒険者ごときにそんな大層な事を求めるのが間違いなんですよ。国にまつわる事柄に対しては、本来、軍が活躍するのが道理でしょう?」
「……それは、仰る通りですが。」
「せめて、裏でコソコソとボクの行動を監視して、ヒトを思い通りに動かそうと画策する者の正体と、その目的が分からなければ、ボクにとって危険にな賭けに過ぎますよ。そんなの、お断りです。」
「「……。」」
ボクの言葉に誰もが黙り込んでしまった。
自分でも薄情だとは思うけれど、せっかく恋人が出来て楽しく暮らしているというのに、ボクに何の責任も無い事でリスクを負えと言われても、納得なんて出来ない。
そのリスクは本来、軍と危機管理を怠った者が、正当に負うべきものだ。
そもそも三馬鹿貴族が軍まで出しているような状況に対して、ボクという一冒険者がなんとかしろだなんて、無茶振りが過ぎるというものだ。
「……分りました。確かにクロー様のご懸念もごもっともです。これは出さずにおければ出すなと言われた物ですが。」
そう言って、セシルさんは懐から紙を取り出し、ボクに差し出してきた。
「これは……?」
「グレン様からクロー様に宛てた物です。今回のあらましと、クロー様へのご要望が書かれているそうです。」
「……はぁっ?!何それ!そんなのを事前に用意してたって事?!」
事前に用意しておかなければ、そんな手紙のような物、書く余裕も、届ける手段も無い筈だ。
つまり、副宰相様は事前にこの騒動が起きる事が分かっており、そこにボクを関わらせる気満々だったって事になる。
なんか……、いや、非常にモヤモヤする。
けれども兎に角、その手紙を読んでみなければ始まらない。
ボクはセシルさんから手紙を受け取り、読み始めた。




