20_情報屋(前編)
「ここがそうなのですか?」
「……やはり、随分と怪しい場所ですね。」
セレナさんとフラウノさんが口々に印象を語る。
「うん。今のボクらもたいがい怪しいけどね?」
そんな二人にボクはツッコミを入れる。
何せボクらは全員がフードマントを被り、怪しい集団に成り果てていたのだから。
ここはカダー王国、王都トロリスの一画。
治安の最も悪い区画である。
時刻はまだ午前中。
ボクらの目の前には、今は使われていないような廃墟があった。
ここへ来た事のあるのは、この中ではボク一人。
この裏手から地下に降りた場所に、件の情報屋が居るのだ。
本当ならここへはボクとリックの二人だけで来ようと思っていた。
そもそもこんな治安の悪い所に、女性を連れて来たくはなかったのだ。
それなのに皆は「クローとリックを、怪しい場所で二人きりには出来ない!」と、頑なに主張してきたのだ。
……おそらくこれは昨夜観た劇の話を真に受けての事だろう。
いや、ボクにそんなケなんて全く無いってのに。
そしてなんと、リック本人もボクと二人きりで行くのは不安だと言う。
そんな?!リックはそんな誤解なんてしないと思ってたのに!
……え、違う?ボクじゃなくて自分が心配?
えっと……。
まぁ、女装したヒトと歩くのは、あまり気分が良いものではないかな。
……そんな感じの事だよね?
それ以外にあんまり不安になる要素も思い付かないし。
そんな訳で、ボクらは七人全員でここに来る事にしたのだった。
そして、変なのに絡まれないようにするため、全員でフードマントを被るという、怪しい集団になってみた。
どんな怪しい奴でも、アブない集団に積極的に絡みに行こうとはしないだろう、との考えである。
この案が功を奏したのか、おかしな連中に絡まれる事無く、情報屋の居る場所まで辿り着く事ができた。
ボクを先頭に地下に降り、扉をノックすると、中から声が掛けられた。
「蟹。」
カニ?
……あ、もしかして合言葉を言う流れかな?
にしても、もっと平凡なワードもあったんじゃないだろうか?
「蜘蛛。」
カチャッ!
ボクが答えると、扉の鍵が開いた音がした。
「開けたよ。まぁ、お入り。」
扉の向こうから聞こえた声は、去年聞いた声とほぼ同じに思える。
ボクらは中に入るが、内装については前と変わった様子な無さそうだ。
「ご足労掛けて悪かったねぇ。仕事柄、昼間にあんまり外は出歩きたくはないんでねぇ。」
そう語った男性は、カウンターの中からこちらを見据えていた。
年の頃は三十代後半、ややくたびれたような、だらしないような印象を受ける笑みもあの時と変わらない。
「……ク、クロー。彼、は……。」
ん?
ヴェロニカさんが腕にしがみついて来た。
この反応はまさか……?!
「……おっと、そっちはエルフさんかい?まいったなぁ。」
情報屋の彼の方も困ったような表情で頭を掻き始める。
ただ、口調はあまり変わらない。
「魔族、ですか?」
ボクは確認の為に口に出して、ヴェロニカさんに聞いてみた。
「おそらく。見た目は人族と変わらないのに、明らかに魔力の質が違う。」
ヴェロニカさんはハッキリとそう断定する。
それを聞いたティアナさん達三人は、表情を変えて剣に手を掛けた。
「おいおい、待ってくれよ。別にヒトに危害を加えてる訳じゃなし。見逃してくれよ。しかも今回は、そっちの坊やに情報を渡そうとしてるんだせ?」
「そうですよ。問答無用で斬り掛かるのはやめましょう?しかも彼はボクの恩人みたいなヒトですし。」
彼が言い訳するのをボクも擁護する。
前に話した時も、根が真面目そうなイメージはあったし、ボクとしては聞かなかった事にしても良いと思っているくらいだ。
「……分りました。」
ティアナさんはそう言って、剣から手を離した。
スノウノさんとフラウノさんにも、手を離すようジェスチャーしている。
「ふぅ、危ねぇ。勘弁してくれよ。エルフさんだけは騙せないんだよなあ。」
情報屋の彼がぼやく。
「外見はヒトと見分けが付かないですね。獣人系ではないんですか?」
「いや、蜘蛛獣人だよ。血が大分薄いんで、手から糸を出すくらいしか変わった事は出来ないがね。」
蜘蛛獣人、初めて聞いた。
てか昆虫系なのに「獣人」って言うんだ?
まぁ、この辺は「そう呼んでいる」と言うような、お決まりなのだろうけど。
……それより、彼の言った事でもっと気になる事がある。
「……それって、糸で高所にぶら下がったり、糸の粘着性を利用して壁を登ったり、糸を使用して音の振動を拾うような、盗聴みたいな事も出来る、って事ですよね?諜報活動にはうってつけの能力ですね。」
「…………は?」
「あ、あとそうか!糸で罠を張れば、例えば魔術で『空間把握』をして罠の有無を確認したくとも、糸が細すぎて感知されない、って事が起こり得るのか。意外に魔術師への対策にもなるのは凄いですね。」
「いや、待て待て待てっ!止めてくれ、それ以上ヒトの手の内を言い当てるのは!こっちはそれを命の担保に使ってるんだからな?!」
「ああ、すみません。思いついてしまったもので。もちろん、外で口外はしませんよ。」
「頼むぜ?……それにしても、「手から糸」ってだけでこちらの手の内をそこまで当てて来る奴なんて初めて見たぞ。」
う〜ん、そう言われても、こちらは前世オジサンの記憶にあった有名な映画の内容であった事から推測しただけなので、なんと説明したものか……。
いや、別に良いか、話題を変えよう。
「そんな事より、ボクを呼んで話したかった事の方が気になってるんですけどね?」
「え……、オレが言うのも何だが、オレの正体についてはスルーで良いのか?」
「なんでです?やはり、ヒトに仇なす活動をしているのですか?」
「いやいや、金にがめつい自覚はあるが、ヒトを憎んでもいないし、陥れようともしていないさ。だだ、そんな簡単に魔族を信じて良いのかよ、と思ってな。」
「……う〜ん。」
チラッ
ボクは答えに困る振りをして、ヴェロニカさんに視線を送る。
「……こいつのコレは平常通りだから、気にしなくて良いぞ。他のパーティは知らんが、ウチではこいつが「気にしない」と言えばそれが通るからな。ワタシらも貴方を普通のヒト扱いするよ。」
ヴェロニカさんが溜息混じりに、そう答えてくれる。
「いいのかい、そんないい加減で……?」
魔族である事を見破ったヴェロニカさんが「気にしない」と言えば、彼も安心すると思ったのだけど、違う不安がよぎったようだ。
「ほらほら!そんな事より、ボクを呼んだ理由を教えて下さいよ!」
「わ、わ〜ったって。……実はな、あんたに情報を伝えてくれと言われているんだ。料金は先に貰ってるから気にしないで良いぜ。」
え、情報?しかも先払い済み?
「は……?え、誰がそんな……。」
「オレの口からは言えねぇよ。けどあんたなら、内容を聞けば見当が付くかも知れないぜ?」
「……う〜ん、分りました。その情報とやらを聞きましょう。」
「──簡単に言うと、帝国がこの国に攻め込む準備をしている。……いや、なんなら準備はもう終えているだろう。」
「………………は?」
思わず呆けた声を出してしまった。




