19_閑話_シロの事件簿
「えぇっ?!予告状ですか?」
執事であるフィザリスから語られた言葉に、メイドのシロが驚く。
「わぁっ!物語みたいな事なんて、本当にあるんだ?!」
二人の主であるリグレットは、自分の所有物を狙われているというのに、呑気に喜んでしまっていた。
リプロノ王国、王都シータンパピアの中心近くに位置するリグレットの私邸。
ここは、特殊な容姿をしている第三王女リグレットが、王宮で奇異な目で見られるのを避けるために、王妃プリザベートが用意した邸宅である。
そんな場所に本日、怪盗ゼノンと名乗る者から予告状、つまりは犯行予告が届いたのだった。
「リグレット様、そんな呑気な事を言っている状況ではありません。強盗の類ともなれば、家主に危害を加えるような輩も居るやも知れません。リグレット様には暫くの間、王宮で生活していただきます。」
「えぇ〜っ?!あっちはここよりも堅苦しくて肩が凝るんだよねぇ。せめて、予告された日までは居たらダメなの?」
フィザリスの言葉にリグレットは不満を漏らす。
だが、ことリグレットの安否に関する事でフィザリスが妥協することは無かった。
「ダメです。犯人が下見としてこの屋敷付近に接近するとも限らないのです。リグレット様を危険に晒すよう真似はできません。」
「リグレット様、私もご一緒致しますので、大人しく王宮へ参りましょう。その方が、フィザリスさんも気兼ねなく腕が振るえます。」
フィザリスの言葉をシロにも後押しされては、リグレットにはこれ以上、駄々をこねられる要素は無かった。
「……ところで、怪盗さんはこの屋敷から何を盗むと予告しているのですか?」
二人に諭され、シュンとなったリグレットの気を紛らわせるため、シロが別の話題をフィザリスに振った。
「ワクワクしている所申し訳ないですが、酷く俗物的な物ですよ。」
「というと?」
「お金です。この屋敷は第三王女リグレット様の生活の場ですから、相応のお金や宝飾品が置いてある。それを狙われているそうです。」
「……なんだか拍子抜けですね。怪盗と名乗るならてっきり、物語のようにいわく付きの芸術品や、王家の秘密を暴くような書物なんかを狙ったものかと。」
怪盗、という言葉から想像するイメージとの相違に、シロは落胆した。
「物語を真に受け過ぎです。まあ、応接間に置くような多少の絵画や芸術品は有りますが、運び出し換金する手間を考えるなら、金品を狙う方が効率的でしょう。あと、秘密の書類なんて有ったとしても、わざわざリグレット様の私邸に持ち込んだりなどしませんよ。」
さらに追い打ちを掛けるように、フィザリスは屋敷の現状を語るのだった。
「そもそも、この屋敷内で最も価値のある存在は、リグレット様御本人です。そのリグレット様さえお守り出来るなら、他の物の価値などたかが知れてます。万が一盗まれたとて、精々私の首一つ飛べばそれで済む話でしょう。」
「フィザリスさん、この屋敷で二番目に価値ある存在なのは、貴族の出で軍務経験もあるフィザリスさんなのですよ。あまりご自分を卑下なさらないで下さい。」
「そうだよ!フィザリスは口煩いけど、なんだかんだ甘いし、仕事はきっちりこなしてくれる最高のじいやだよ!」
二人からの思わぬ称賛の言葉に、一瞬、フィザリスは言葉に詰まってしまった。
「……ありがとうございます。お気遣い痛み入ります。ですが、私ももう歳です。いつまでも老骨が幅を利かせていては、後進の為にならないとも思うのですよ。」
「じいや……。」
「……。」
自身の年齢を客観的に把握しているからこそ、語られるフィザリスの独白に、二人はそれ以上掛けるべき言葉が見つからなかった。
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予告状にあった日の夜。
「くそっ!やられたっ!」
「どうやったんだ?!目を離したのなんて、ほんの一瞬だぞ?!」
「まだだっ、まだ屋敷の敷地内には居る筈だ!こちらは庭中に警備兵を敷いているんだ、逃げられる筈が無い!」
主が退避したリグレットの屋敷では、怪盗ゼノンを捕えるべく、警備兵長をトップとする警備陣が敷かれていた。
そんな中、怪盗ゼノンと思しき人物によって、厳重に監視されていた筈の金庫の中身が盗まれた事が発覚し、現場は騒然となった。
「各自、庭の警備兵に伝令!蟻一匹逃すなっ!」
取り乱した部下達を鼓舞するように、兵長の激が飛ぶ。
「「はっ!!」」
リグレット邸、正面入口。
「警備兵長より伝令です。ゼノンは既に現れ、この屋敷の中に潜伏していると思われます。蟻一匹も逃すな、との事。」
「なにっ?!おのれどこから……、分かった、ご苦労!」
正門警備にあたっている班の班長は、伝令の言葉に苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「はっ!では小官はこのまま、兵長の命に従い本部へ状況報告へ参ります!」
「ん?そうか──」
この状況で本部へ伝令を?
一瞬そう訝しんだ班長であったが、新たな情報がもたらされ、疑念もすぐに吹き飛んでしまう。
「屋敷内にて、怪しい人物を発見!直ちに尋問するとの事!」
「何っ!分かった!……お前は早く行け。ここは我らが引き続き監視を続ける!」
「はっ!」
皆の注意が屋敷の方に向かう中、伝令は正門から本部方面へ駆け出して行った。
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リグレット邸の正門からは、真っ直ぐに道が伸びており、しばらく行くと警備兵舎がある。
今回の件では、その兵舎に仮設本部が設けられていた。
リグレット邸の正門から、本部へ向かった伝令は、程なく裏道に逸れ息をついた。
「やれやれ、さっきはちょっと肝を冷やしたけど、ここまで来れば大丈夫かな?」
その兵士が、目深に被っていた制帽を脱ぐと、ピョコンと猫獣人の特徴的な耳が覗かせた。
「あら、猫獣人さんだったのですね。」
「──っ?!」
誰も居ないと思われた裏道の先から姿を現した人物に対して、猫獣人の兵士の体に緊張が走る。
「ごきげんよう、怪盗ゼノンさん。私は今しがた貴方が出てきた屋敷でメイドをしております、シロと申します。」
そう言ってシロは、メイド服のスカートを掴み、見事なカーテンシーを披露する。
その姿は月明かりに照らされ、流れる毛先の一本一本までが幻想的に白く輝いて見えた。
ゼノンと名指しされた相手には、その姿が妖精か女神のような、ヒトならざる者の類いに見えるのだった。
シロ自身は王族でも貴族でもないのだが、リグレットの淑女教育に付き添っている内に、その内容を完璧に習得していた。
「……え、いや、何か誤解をされているのでは?私はただ近道をと──」
「シラを切っても構いませんが、それならこの場で身体検査をしても良いですか?やましい事が無ければ、快く調べさせて貰える筈ですが。」
「くっ!」
いくら言葉を並べても、その身から盗品が見つかれば何の言い訳も立たない。
ジリッ……
猫獣人の兵士は、隙を突いてなんとかこの場を逃れようと、ジリジリ後退しようとする。
「逃げても構いませんけど、私も足には自信があります。盗品を抱えたまま逃げ切るのは、難しいと思いますよ?」
そう言うと、シロは獣人特有の耳をピョコピョコと動かして見せた。
当然ながら、金貨や宝飾品はそれなりの重量がある。
万全な状態であればともかく、それらを抱えたまま逃走するのは分が悪い賭けであった。
「──っ?!……困ったな。そもそも、どうして私が、ここに来ると分かったのです?」
怪盗ゼノンは、これ以上の誤魔化しが通用しない相手と悟り、素直に正体を認めた。
「何も特別な事はありません。屋敷の包囲は万全です。そちらで捕らえていただければ、それが一番良いとは思ってました。ですが、もし万が一逃げられるとしたら、それは正門から何かに紛れて出て来る方法くらいしか、考えられません。」
「……。」
シロの推理を、ゼノンは黙って聞いている。
「そして、脱出後はお庭方面へは行かない。屋敷を警備する者の目に触れて、怪しまれるのは得策ではないですからね。となると、正門前の大通りへ向かう事になります。」
「……。」
「けれど、犯罪者の心理として、人目に付き易い大通りからは、なるべく早く外れたいと思うのではないでしょうか?そのため、屋敷から姿が見えなくなった辺りから一番近い裏道、つまり此処を通ると推測したのです。」
シロの推理を聞いたゼノンは、何故か背筋に嫌な汗が伝うのを感じていた。
「恐れ入りました。大した推理です、ドンピシャですよ。……けれど、そこに一人で待ち構えたのは失敗でしたね。貴女の様な華奢で可憐な乙女が一人で、私をどうこう出来るとでも思いましたか?」
ゼノンは内面の焦りを顔に出さぬよう、努めて冷静な口調でシロを脅すような言葉を発する。
「あら、そうお思いならば試してみてはいかがでしょう。可憐な乙女がイメージ通りか弱いとは限りませんよ?」
そう語るシロの目からは笑みが消え、獲物を狙う獰猛な視線がゼノンを捉えていた。
月明かりの元で妖しい光を放つその瞳すら、ゼノンは美しいと感じていた。
「……やれやれ、見た目と違って随分とお転婆なお嬢さんですね。女性に手を上げるのは本意ではないですが、致し方ありません。」
これ以上の問答は無意味と判断したゼノンは、シロに駆け寄り、胸ぐらを掴もうと手を伸ばす。
しかし、手が触れるその刹那、シロの姿はフッとゼノンの視界から消え去り、攻撃か空を切る。
フワッ──
「えっ──」
次の瞬間、突如としてゼノンの全身が浮遊感を感じると、それを味わう暇もなく視界が回転し、ゼノンの身体は地面に叩きつけられた。
「──カハァッ!!」
叩きつけられた事で、ゼノンの肺から強制的に空気が漏れ出る。
シロは純粋な犬獣人ではない。
犬獣人の父と、狼獣人の母を持つ混血であった。
それにより、母譲りの剛と、父譲りの柔を併せ持つ、独自の体術を会得しているのだった。
「あら?ヒトの事を……貴方……よほど…華奢──」
微かにシロの呟きは聞こえていたゼノンであったが、全身を貫く衝撃は、迅速に五感を奪い去った。
ゼノンの意識はそこで途切れた。
**********
「──っ?!」
ゼノンが気が付くと、そこは見知らぬ部屋であった。
咄嗟に起きようと試み、自分の体が身動き出来ない様にベッドに拘束されている事に気付いた。
しかも、妙に肌が空気を感じると思ったら、下着以外の衣類が全て脱がされた状態であった。
さらには口に猿轡までされる徹底ぶりである。
「あら、気が付きましたか?盗品の方はコッソリ返して来ましたので、悪しからず。」
「……んぐっ?!」
そう言って部屋に入って来たシロも、下着に寝間着用の上着を羽織っただけという、あられもない格好であった。
「驚きましたよ。身体検査をしたら、まさか怪盗さんが女性だったとは。」
「ぼぼが……。」
「ここは何処か、でしょうか?ここは私の作家としての仕事場です。リグレット様のお屋敷内ではないので安心して下さいね。」
シロの言う通り、ここは作家ホワイトスノーの執筆場所として、リグレットがシロに買い与えた小さな一軒家である。
リグレットの屋敷からも近く、シロが集中して物語が書きたい場合はここに来るのだ。
この家はリグレットがシロに買い与えた物であるのだが、それにはリグレットとしても利点があった。
普段、屋敷にいる時も大概のんびりしているリグレットではあったが、それでも周囲には必ずメイドや執事が付き従っている。
いくらなまぐさなリグレットとはいえ、人の居る場所で限度を超えてだらしない姿を晒す事は、流石に出来ない。
その点、この家に来れば、家人は気のおけないシロただ一人であり、そのシロも仕事部屋に閉じ籠もってしまうので、気兼ねなく羽を伸ばせるのだ。
また、リグレットには縁のないであろう庶民の家独特の狭さを感じられる事も、リグレットは気に入っていた。
リグレットがこの家に来るのに対して、利点があるのはシロやリグレットだけでは無かった。
リグレットの護衛からしても、護衛対象を確認し易くなるため、やり易いのだ。
例えばリグレットがリックと会った時のように、町中を歩き回るとなると、それを陰ながら護衛するには大変な労力が掛かる。
それに比べて、リグレットがこの家の中でゴロゴロしている分には、護衛はこの家の周囲を警戒するだけで済むし、姿を必要以上に隠す必要も無いのであった。
「がむべ……。」
ゼノンは、尚も浮かぶ疑問を、猿轡を噛まされた口で発した。
「なんでわざわざこんな事を、ですか?貴女を調べているうち、なかなか可愛い顔をしていると思ったんです。なので、警備兵さんに突き出す前に、楽しもうかと……。」
ギシッ……
シロがベッドに腰掛け、そのままゼノンに身を寄せてくる。
「ばぎぼ……?」
「あら、惚けているのですか?捕まった女怪盗が服を剥かれて拘束されているのですよ?これから起きる展開なんて、分かりきっているでしょうに。」
シロは、拘束されたゼノンにしなだれ、互いの体温を感じられる程に密着する。
「……っ?!」
「ふふっ、精々可愛い声で鳴いて下さいね、仔猫ちゃん?」
ゼノンの耳元でそう囁いたシロは、ゼノンの体に手を這わせるのだった。
「ん゛ーーーーーっ!!!」
ちなみに、シロは純粋な同性愛者ではない。
クローの前世世界的に一言でシロの性癖を表現するのであれば、「ドS」であった。
なので相手の性別にはあまり拘りが無い、それだけの事であった。
そしてやはり、異性よりも遥かに、好みの女性と睦み合える機会の方が少ない。
つまり、そういう事であった。
**********
事件から数日経ったリグレット邸
「リグレット様、本日から入ります新人です。さあ、教えた通りご挨拶を。」
そうシロが促すと、横に並んだメイド姿の猫獣人が声を発する。
「はいっ!初めましてリグレット様。メイドとして入りましたシェンと申します。よろしくお願いいたします。」
「うん、よろしく。……シロ、この子に何かした?」
「はい、いっぱいしましたが、何か?」
その様子からか、またはリグレット独特の第六感が働いたものか、兎に角、何か変な気配を感じ取ったリグレットであったが、シロにあっけらかんと返されると言葉に詰まってしまった。
「あ、うん……。まぁ、いいけど……、お仕事は問題無さそうだし、お願いね。」
「はいっ!」
リグレットの言葉に対して、シェンは気合いを込めて返すのであった。
その様子を見ていたフィザリスは、リグレットが離れたタイミングを見計らってシロに語り掛けた。
「……仕事面は大丈夫そうですが、それ以外は本当に大丈夫なのですか、シロ?」
「はい。私がきっちり調きょ、……教育しましたのて、問題を起こす事はありませんよ。」
「……ま、まぁ、良いでしょう。リグレット様も問題を感じて無さそうでしたし。……それにしても、猫獣人の孤児の問題は知りませんでした。」
シロの言い間違いを敢えてスルーし、フィザリスは別の話題に話を変えた。
ゼノン、もといシェンが怪盗をしていた原因は、同族の孤児を世話するためであった。
二十年程前、このリプロノ王都シータンパピアでは、猫獣人が重大な事件を起こした事があったのだ。
その事が切っ掛けで、猫獣人の印象は最悪となった。
そして、孤児院でも猫獣人は受け入れない方針を取る所がほとんどになってしまったのだった。
シェンから全ての事情を聞き出したシロは、フィザリスに相談し猫獣人の孤児を孤児院に受け入れさせるように交渉した。
「過去の犯罪者と今の子達は関連など無いのですから、当然のことです。」
と、フィザリスは快く引き受けた。
その対価として、シェンがリグレットの屋敷で働いて得たお金の大半は、孤児院に寄付する取り決めとなったのだった。
フィザリスや警備兵長からしても、自身の失態となる筈であった事案が被害無しで済んだため、事件解決に協力したシロの要求は受け入れざるを得ないのであった。
「……しかし何故、あの娘をメイドとして雇おうと思ったのです?」
「そうですね……、お陰様で私の執筆活動も忙しくなって来まして、メイドのお仕事と両立するには手一杯になってきまして。でも、リグレット様のお世話をさせていただく時間も減らしたくはないのです。ならば、メイドを新たに雇うしかないじゃないですか?なんなれば、私のメイドとしてのお給金をお下げいただいても構いませんよ。」
「そこまで切り詰めねばいけないほど、この屋敷の財政状況は切羽詰まっておりませんよ。何より、貴女はリグレット様にとってなくてはならない人材だ。そこにコストを掛けるのを躊躇うほど、私の査定眼は耄碌してはいません。」
「ふふっ、過大なご評価いただき、ありがとうございます。」
そう言ってシロは微笑んだ。
人材、コストなどという言葉で誤魔化してはいるが、要するにフィザリスもシロを信頼し、高く評価しているという事なのだ。
それが伝わるからこそ、自らの日々の努力が正当に評価されるからこそ、シロはこの屋敷から離れたくないと、素直に思うのであった。
「……そう言えば、先程聞かれたシェンをメイドとして働かせようと考えた理由が、もう一つあるのです。」
ふと、シロは呟くようにそう独白する。
「ほぅ?」
「情が湧いてしまったのです。手元に置いておきたいと思う程度には……。」
「はぁ……?」
シロの、いまいち要領の得ない説明に首を傾げるフィザリスであったが、シロはそれ以上野暮なことは語らず、メイドの仕事に戻るのだった。
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この一連の出来事に関しても、作家ホワイトスノーは一つの話として書き上げた。
普段の話とは違い、女性同士の描写があるお話は男性からも好まれ、結果として、新たなファン層を獲得する事に成功したのだった。




