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18_久々の王都トロリス

「はい。確かに承りました。」

クトーガー伯爵家の執事ナーベさんは恭しくボクから書簡を受け取った。

「後は、そうですね……、朝か夕、日に一度顔をお見せいただければ、状況をご報告いたしますよ。」

「分りました。では毎朝顔を出しますね。」

「はい。畏まりました。」

「あの、それでですね……。」

「はい、何か?」

「……何処かで、暖まって行って良いですか?」

ボクは、やや震えた体で尋ねた。


時刻はもう夕方。

朝にローエンタール領を出て、半日で王都まで着いたのだけど、『重力制御』で跳んで移動するにはもう寒すぎた。

一応、皆着込んで来たし、高いジャンプは控えてはきたのだけど、やはり一月は寒い。


ガター王国はリプロノやコラペよりは南だが、冬になれば普通に雪も降る。

大人の腰の高さまで積もる事も偶にあるくらいだ。

今日見た限りで雪が残っているような箇所は無かったけれど、それでも寒かった。


後ろを見るとヴェロニカさんとセレナさんは身を寄せ合っているし、ティアナさんとフラウノさんに至ってはスノウノさんに抱きついて暖を取っている。

スノウノさん自身は体毛のお陰か、寒さに若干の耐性があるそうだ。

……リックも何故か平気そう。

このくらいの寒さで参ってるようじゃ、孤児として生き残れなかった?

そっか……、もう今は耐えなくて良いから、ちゃんと暖かくしてね。


ボクらはナーベさんに案内された、暖炉のある部屋で暖まる事ができた。

「こちらもどうぞ。」

そう言って出されたのは温かいお茶だった。

「ありがとうございます。こんなことまで。」

「いえいえ。クロー君がセーム様をお救いされたことは、セーム様より聞いております。私は、セーム様が伯爵であった頃に見出されたのです。セーム様には大恩があります。そんなセーム様をお救いいただいたクロー君には、心から感謝しているのです。」

……そっか、今のクトーガー伯爵家の主だった使用人は全員、セーム様が伯爵様だった頃から仕えているヒトなんだ。

当然、セーム様への忠誠心も厚いヒトが多いのか。


「今日はもう遅いでしょう。今夜はこの屋敷にお泊りになりませんか?宿屋の方は、明日以降探されれば良い。最近のセーム様のご様子なども、是非、お聞きしたいですので。」

ナーベさんは温かい笑みを浮かべて、そう聞いてきた。

う〜ん、どうしようか?

確かにもう夕方だし、今更、他に宿を探すのはかったるいんだよねぇ。


ボクはチラッと皆の方を見た。

ヴェロニカさんもセレナさんもこちらを見ていて、すぐに目が会い、頷いてくれた。

「我々も異存ございません。」

ティアナさん達もそれで良さそうだ。

「オレは、クローがそれで良いなら良いっす。」

リックは相変わらずだ。


「分りました。一晩お世話になります。」

「はい、承知いたしました。」


王都初日の夜は、セーム様の話題等で盛り上がったのだった。


**********


王都二日目。


今日は、皆を連れて王都観光。

と言っても、コラペの王都ゴスンや、リプロノの王都シータンパピアと比べて、目立った違いというものはあまり無い。

一応、コロシアムが有るのは特徴だけど、イベントが無い日は当然の如く閉まっていて、中に入る事は出来なかった。


一通り王都中心街を巡って、この日は宿屋を取った。


**********


王都三日目。


中心街からちょっと外れた辺りを見て回った所で、そろそろネタが尽きてきた。


「クロー君の住んでいた、ローエンタール邸もちょっと見てみたいです。」

そろそろ行くあてが無くなっていたボクらは、セレナさんのその言葉でローエンタール邸に向かった。


ローエンタール邸に着いたのは、お昼をだいぶ過ぎたあたり。

屋敷を通りかかると、庭で洗濯物を干してる男性三人が目についた。

彼らが管理人だろうか?


「……?」

ふと、三人の内一人がこっちを向いて目が合った。

やや浅黒い肌に白い髪、特徴的な容姿をしている。

……あれ?彼は──


「……オーナー?!オーナーっしょ!!」

あ、気付かれた。


「元、オーナーね。久しぶり、ルシファー。」

彼はルシファー。

「ギルティ」のキャストの中でもノリが良く、人気があったはすだ。

当然、それなりに稼いでいたと思うんだけど、何故わざわざ事故物件に住んでいるんだろう?


「そりゃ、後輩のためっしょ!オレは一人でも平気っすけど、一緒に住んでる後輩達が生活力が無くって。だから、先輩として色々と仕込んでやってんすわ。」

ノリは軽いくせに、ちゃんと後輩の面倒は見るんだねぇ。

「ほらっ!元オーナーに挨拶っしょ!」

「ヴィーです。夏に入ったばかりの新人です。一号店勤務してます。」

「ニコです。同じく一号店勤務です。秋に入店しました。」

一緒に居た二人にも挨拶されたけど、ボクがオーナーを辞めてから入ったっぽいので、当然顔は知らない。

二人ともボクとそれほど歳は離れていなさそう、リックと同じくらいに見える。


「クローです。「ギルティ」の初代オーナーです。訳あって女装してるけど、男です。……後ろの皆は冒険者仲間だけど、紹介しないよ。店にも行かないし。」

「え〜?来てくっさいよぉ。一号店はキャストが同席もしない完全健全店になったんすから。」

ルシファーから不満の声が上がるが、その口調も軽い。

「やめてよ、元は健全な店じゃなかったみたいな言い方。あと、さっきから気になったけど、「一号店」って何?別店舗も出来たの?」

「そうそう。元々あった店が一号店で、日替わりのショーがメインの店になったんすよ。一応、酒も出すんすけど、接客は飲み屋並になったっしょ。キャストが同席して酒を飲めるのは、新たに出した二号店だけになっちゃったっす。」

「ああ、ショーと飲みを分けたんだ?」

「そう!去年の剣術大会のサブイベントとして、ウチのキャストが司会やら色々な企画やらをやったんすよ。それですっかり人気が出ちゃって、特に人気が出たメンツを二号店みたいな店に出しちゃうと、キャストの取り合いが起きたりして問題になっちゃって。」

「あ〜……、現オーナーなら、盛り上げに利用できるものは使っちゃうかぁ。」

一昨年、ボクがやらかしたせいで、去年の剣術大会が盛り下がっちゃった事は、セーム様から聞いていた。

イリス様もその穴埋めをするため、色々と手を回したのだろう。


「あ、あの、ルシファーさん。店長から言われてた件。」

と、ここでヴィー君がルシファーに語り掛けてきたきた。

「ああ、忘れてた!クロー元オーナーに会ったら伝えとけって言われてたっしょ!」

「えっ、ジャックに?ボクが王都に来ることが分かってた、ってこと?」

「いやぁ、俺らは分かんないっすけど、数日前に言われてたっすよね〜。俺が聞いた合言葉は「鍋」っしょ。」

「合言葉?」

なんの事か分からなかったが、その後ヴィー君は「蛸」、ニコ君は「蜘蛛」と教えてくれた。


「……それが何になるの?」

「さぁ?本当に俺らも聞いただけなんで、理由は店長に聞いて欲しいっしょ。」

「えぇ……。」

ボクはチラッと皆の方を見た。

……。

皆、期待したような目で見てるなぁ。

まぁ、女性向けではあるしね、あの店。

しかも、健全度合いが上がってるなら、後学のために行ってみるのもアリかぁ。


「分かった。今夜にでも行ってみるよ。」

「おおっ!分かったっす。店長に伝えとくっしょ!」

ルシファーはそう言って屈託なく笑うのだった。


**********


その日の夕方。

ボクらは「ギルティ」(一号店)に来ていた。


「クローオーナー、お待ちしてました。」

そう言って出迎えてくれたジャック店長は、ボクらをこっそりVIP席へ案内してくれた。

この席は元々イリス様用に用意した席だ。

今日はイリス様がいらっしゃる予定は無いとの事で、仲間共々ここに案内された。


「変わり無さそうで安心したよ。店は順調そうだね?」

ジャックは、黒髪で目立った特徴は無いが、満遍なく程々に整った容姿をしていて、全体的には地味な印象を与える。

でもこれでマネージメント能力は高いので、非常に有能な人物なんだよね。

残念ながら、裏稼業に身を置いていた期間もあるので、貴族家や役所には推薦できないのだけど。


「お陰様で二号店を出すほど盛況ですよ。新オーナー様々です。」

う〜ん、やっぱり遣り手だなぁ、イリス様は。

いや、それにちゃんと応えてる、この店のみんなの頑張りの成果かな?


「……そんな店に、犯罪者であるボクなんかを呼ばないでよ。店にケチがつくじゃないか。」

「すみません。実は──」

ここでジャックは顔を近付け、耳打ちしてきた。

「──情報屋のアイツが、クローオーナーに会いたがっていて、俺にも頼んで来たんです。」


「──っ?!」

情報屋のアイツとは、去年の春にセーム様の襲撃計画がある事を教えてくれた彼か。

その彼がボクと会いたがっている、と?

……じゃあ、ボクが王都へ来ている事を突き止めたのも彼か。


「え、何のために?」

「さぁ……。ただ、クローオーナーを嵌めるためでないか、って点は俺も問い質しました。それは無いと言ってましたよ。」

う〜ん、信用できるかどうか、どっちとも言えない感じだなぁ。

確かに前回は彼に助けられた。

だけど、あくまで彼は情報屋で、ボクの味方と言う訳ではない。

彼にとって益が有るなら、ボクを嵌めようともするだろうし、嘘も吐くだろう。


「……考えとく。あと、行くにしても合言葉とか必要じゃなかった?」

「ああ、それならオーナーはもう知ってますよ。」

「えっ?!」

「……ニコが言ったのが、それです。」

ずっとヒソヒソ話していたボクとジャックだったが、この一言だけはボクの耳に手を当て、ボクにだけ聞こえるように囁いた。

「……なるほど、そういう事か。」


敢えてルシファーやヴィー君にも間違った合言葉を教える事で、正しい合言葉が絞れないようにしたのか。

そしてそれは、直接ここで伝える事さえ危うい、って事なのかな?

ジャックもしきりに周囲を気にしているし。

興味本位や何らかの目的で、情報屋と隠れて接触したい者がこの店のスタッフやキャストに居るのかも知れない。


「場所は、前のあそこで良いの?」

「はい。あの時のあそこです。」

もうヒソヒソ声での会話にもどって、ジャックは答えた。

「あの時」やら「あそこ」では、聞こえている者が居ても、具体的な場所は分からないだろう。


「──なぁ、クロー。この話……。」

ジャックとの会話が途切れたタイミングで、ヴェロニカさんが語り掛けてきた。

そう言えば、僕らが話している間、皆は店の舞台で行われているショーを観ていた。

確か今日は劇が行われていた筈だ。


ボクがヴェロニカさんに促されて舞台を見てみると、そこには王子様らしきヒトとその従者、そして冒険者っぽい出で立ちの二人が立っていた。

立ち位置からして、冒険者の二人が話の中心っぽい。


『──ダメだよリューク!ボクなんかと居るより、王子様の元に行った方が、君は幸せになれるんだ。』

『嫌っす!クロと離れ離れになる事なんか、考えられないっす!オレはクロの事が……。』

『リューク……。』


ブフォァッ!!


思わず盛大に吹き出してしまった。

たいへんマナーがよろしくない。

それ程、内容が衝撃的だった。

……これ、リプロノ王国のリグレット様の屋敷での、ボクとリックの会話に状況が一致してるじゃん?!

そして、どちらかと言うと女性が好むように、会話が脚色されてる。

舞台に立つ演者もこの店のキャストだけあって、非常に見目麗しい。

簡単に説明すると、ボクとリックが男同士なのに互いに想い合っていて、離れ離れになりそうになったこのタイミングで、二人がそれをカミングアウトする、といった内容になっている。


横を見ると、ティアナさん達三人は食い入る様に前のめりで見ている。

ヴェロニカさんとセレナさんも、舞台から目が離せない様子だ。

たた、こちらの二人は少々怪訝な表情になっている。

……後からまたゴチャゴチャ言われそうだ。

二人だってあの時、一緒に居たから誤解だって分かってる筈なのに、解せない。


そして当のリックは……。

ああ、顔を手で覆って俯いてしまってる、可哀想に。

こんなの公開処刑に等しいよね、分かるよ。


「……ねぇ、ジャック。この劇は何?」

ボクは、まだ側にいたジャックを問い詰めた。

「リプロノ王国で女性人気の高いホワイトスノーという作家が居るそうで、その新作が最近、出たそうなんですよ。タイトルは「クロとリューク」。」

ホワイトスノー……、明らかにあの時あの場所に居た人物だろう。

もしくは、その時の状況を知り得る人物だ、どちらにしても容疑者の人数は大分絞れる。

「……その、現オーナーがその作家の大ファンで、ウチでも劇としてやってみないかと言われたんです。結果は、ご覧の通り大盛況で……。」


キャーッ!!


ここで下の一般席から、主に女性の歓声が上がった。

「キャッ……!」

同じ歓声はすぐ横の女性陣からも上がった。


舞台上ではボクとリック……、いや、「クロ」と「リューク」がキスをしていた。

前世オジサンの世界の舞台で見られた、頭を客席側から見て垂直に重ねて、実際にキスしてるように見せる表現だ。

それでもここでは客席が盛り上がっている。


結局、劇は王子様が二人とも側に置く形となり、大団円を迎えた。

「「……クロー君?」」

「「……クロー?」」

「……クロー様?」

演劇が終わった途端、女性陣に一斉にジト目で見られたんだけど、本当に納得がいかない。


リックはというと、席を立つまでずっと、手で顔を覆って俯いたままだった。


……ホワイトスノー、許すまじ!

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