15_旧ホーンテップ領の現状
「──とまぁ、父はそんな綺麗事を言っているのですがぁ、現実的には確実に売り上げが落ちていますぅ。なので私もぉ、販路開拓のため単身このローエンタール領へ来たのですぅ。」
「えっ?まさか、護衛も付けずに来たの?」
クロー様がチーコさんに問い掛けます。
「まさかぁ。流石に護衛は、父が最も信頼している方達に護衛に付いていただいてますよぉ。あとぉ、初めてこちらに伺った際はぁ、セーム様のご要望通りゴトーさんもお連れしましたぁ。」
「えっ、ゴトーさん?何故に?!」
「いやぁ、クローの剣の師を見てみたくてなぁ。彼が信用できそうだから、コウ、コンジー、コンラッドの三人も雇う気になったのだ。」
「あと、ゴトー殿自身とも手合わせしたが、強かったよ。スノウノ君より強いんじゃないかな?」
「自由にやり過ぎでしょ、二人とも?!」
クロー様がツッコむ通り、セーム様もカイルさんもやり過ぎですよ。
他所様の護衛と手合わせして、万が一怪我をさせたらどうするのですか?
「あ、そうですぅ!ゴトーさんと言えば、今、大変なことになってるんですけどぉ、聞きたいですぅ?」
話に一段落着いた所で、チーコさんがクロー様に話題を振ってきました。
「え、なに?気になるんだけど?」
「ふふっ、じゃあお話ししますぅ。実は今、ゴトーさんはハスト子爵家の次女様に見初められて大変なんですぅ。」
「えっ?!貴族家の御令嬢に、ゴトーさんが?なんで?!」
クロー様が驚かれます。
ゴトーさんは、確か冒険者でしたわね。
それが貴族の娘に見初められるというのは妙な話ですわね。
「クロー様は、昨年の剣術大会でトロリス流門下のスキャンダルが発覚したのを知ってますかぁ?」
「あー……、うん、知ってる、けど?」
クロー様の反応が微妙です。
それもそのはず、確かそのスキャンダルを発覚させたのがクロー様本人なんですのよね。
「それを発端にぃ、各貴族家で抱えたトロリス流の剣士さん達が放逐されるって事が起きてるんですぅ。」
「えっ?……そっか。う〜ん、でも信頼してる剣士さんなら、手放すのは惜しむ気がするんだけど?」
「それは、カイルさんのように実直で品行方正な方であればその通りですぅ。ですがぁ、トロリス流の剣士さんには、元々傲慢で素行もよろしくない方も多いのですぅ。ハスト家の剣士様もぉ、そっちだったらしいのですよぅ。」
「……褒めていただいて申し訳ないが、私も十代の頃は尖り散らかしていたので、チーコ君の言ってる事もよく分かる。」
カイルさんはそう言って自嘲しました。
へぇ、意外ですね。
今のカイルさんは、チーコさんの言う通り穏やかで礼儀正しい方です。
そんなカイルさんにも、そんな時期があったのですね。
「さてぇ、とはいえハスト家でも御子息がお二人おりますので、代わりに剣術指南役となる剣士さんが必要だったのですぅ。そこで白羽の矢が立ったのがぁ、トロリス流門下でなくぅ、ホーンテップ男爵家のご子息様に剣術を教えていた実績があり、孤児院で剣術を教える慈善活動もしているゴトーさんだった訳ですぅ。」
「あ〜……、なるほどねぇ。元々、貴族の相手をするのにも向いているという事で、ボクに推薦されたくらいだし、あの町ではゴトーさん以上に適任なヒトは居ないだろうね。」
クロー様が太鼓判を押すほど、信頼出来る方なのですね、ゴトーさんとは。
「そうなんですぅ。ゴトーさんもハスト家の申し出をお受けになったのですがぁ、そこで剣術指南の様子を見ていた次女様が、ゴトーさんを見初めてしまったのですぅ。」
「……ゴトーさんをねぇ。まぁ、ヒトの好みはそれぞれだし、ゴトーさんは確かに悪くはないと思うけど、貴族様とは上手くいかないんじゃないかなぁ?」
「それ以前にぃ、ゴトーさんにはもう彼女が二人居てぇ、子爵令嬢様のお相手をする余裕は無いんですよぅ。」
んん?
彼女が二人……?
どこかで聞いたような……。
「……え?あ、あれ?ゴトーさんは、そんな不誠実なヒトじゃないと思ってたけど。」
「どうやら、ウチのコヨリ商会の商会員と冒険者仲間の女性に、同時期に好意を寄せるられてしまったらしくてぇ。そのまま、二股の様なあやふやな状態でいたら、二人に結託されて押し切られてしまったらしいですぅ。」
……なんだか、話の流れもどこかで聞いた話と近いのですが?
「ふ、ふぅん……。ゴ、ゴトーさんも隅に置けないねぇ。」
「……弟子が弟子なら、師も師だなぁ。」
「ぐぅ……。」
「「ぷっ!」」
セーム様がボソッと呟いた一言に、クロー様からぐうの音が出たのを聞いて、思わず吹き出してしまいました。
隣でリックも同じように吹き出してます。
「まぁそんな訳でぇ、ゴトーさんはただでさえ女性二人のお相手で大変なのにぃ、その上、子爵令嬢様からもグイグイ来られて四苦八苦してるんですぅ。端から話を聞いてる分には面白いのですよぅ。」
「そ、そっかぁ、あはは……。」
クロー様からは、もう乾いた笑いしか出てませんわね。
「あ、それとぉ、以前クロー様も気に掛けていた孤児院なんですがぁ、最近、成人してるエルフさんが一人住み着いてるみたいですぅ。」
「は……?」
おや?エルフ?
「あの様子だとぉ、ずっと住み続けるつもりじゃないですかねぇ?院長さんもお年でしたから、安心されてるみたいですぅ。穏やかで大人しそうな方でしたぁ。」
「それって、ツウィルさんって名前じゃあ……?」
「確かそうですぅ。お知り合いですかぁ?」
「……あ、うん。……父の件が決着ついたからって、早すぎでしょ、ツウィルさん。」
「……?」
後半はボソッと語ったクロー様に、チーコさんが不思議そうな表情を浮かべます。
「ほぅ、エルフの知り合いかぁ?」
「どういうお知り合いなんですかねぇ?」
「ひっ?!」
突然聞こえた二人の声に、クロー様が短い悲鳴を上げます。
まぁ、確認するまでもなくヴェロニカさん、セレナさんのお二人ですわね。
二人とも別々に作業してた筈ですのに、なんて息ぴったりなのでしょうか?
「──ティアナ様?ちょっと……。」
「申し訳ありませんが、夜にお話しさせて下さい……。」
「ひっ?!」
思わず私も変な悲鳴が出ました。
対岸の火事と思ってましたのに、スノウノとフラウノの二人が不意打ちしてくるとは思いませんでした。
でも、わたくしにやましい点など……。
……。
あれ?なんで後ろめたい感情になるのでしょう?
ま、まぁ、二人なら大丈夫でしょう、きっと……。
「ちがっ、誤解だから!てか、前に話した事あるヒトだからっ!また、ちゃんと後で話すし!」
クロー様はクロー様で、お二人に弁明しているようです。
「ほぅ……?」
「分りました。ではまた後ほど……。」
そう言うと、お二人は作業に戻って行かれました。
スノウノ、フラウノも行ったようです。
「「ふぅ〜……。」」
わたくしとクロー様は、揃って深いため息をついてしまいました。
「あのぅ……。今の女性達はいったい?」
一連の遣り取りを見て、チーコさんが誰ともなく問い掛けました。
「ああ、皆クローの冒険者仲間だ。ここに居るリックと、そちらに座っておるコラペ王国エシャロット子爵令嬢のティアナ君もそうだな。そして、クローを睨んでいた二人はクローの恋人だ。」
その問いに、セーム様がお答えされました。
「……えぇ〜〜っ?!なんですか、クロー様ぁ。人並みにそういった方面に興味あるんじゃないですかぁ。」
「えっ?!そ、そりゃあるよ。ボクだって普通の年頃の少年なんだから、恋人も欲しいさ。」
「クローよ……、いい加減、自分を形容する際に「普通の」を付けるのは止めんか?お前のような者が普通に居てたまるものか。」
「……。」
クロー様も思うところはあったのでしょう。
セーム様の言葉に、困ったような顔で黙ってしまいました。
「──クロー様ぁ、想像以上に面食いだったんですねぇ。それならぁ、私なんかが相手にされない訳ですぅ。」
「は?な、なんでそんな話になるの?!……それに、相手しないようなヒトに「あんな事」を話すわけ無いでしょ?」
「──っ?!それはぁ……、確かにぃ……。」
「あんな事」とは、何の事でしょう?
端から聞いてる分には分かりませんが、チーコさんにはそれで伝わったようです。
クロー様の言葉にハッとした様子です。
「……実家に居た頃は、父親の事を知って、いっぱいいっぱいだったから、色恋沙汰について考える余裕も無かったんだよね。それから開放され、旅に出て、やっとそういう事を考えられるようになったんだ。だから、もしボクに対してチーコが何かしらのアクションをしていて、ボクが反応出来なかったのは、申し訳ないけど仕方無かったと思うよ。」
「……そうですかぁ。まぁ、商売と同じでぇ、こればかりは巡り合わせがありますからねぇ。機が無ければぁ、どんなに良い商品も売れませんしねぇ。」
チーコさんの表情は、穏やかで、何か憑き物が落ちたかのような印象に感じられます。
「……でも、クロー様ぁ?」
「ん?なに?」
「あの時ぃ、私の事を「大事だ」と言ってくれたのはぁ、嬉しかったですぅ。」
あ、そんな事を言うと、また──
「「──クロー(君)?」」
「ひいぃぃっ?!」
相変わらず地獄耳なお二人が何処からか現れ、クロー様に圧を掛けます。
なんだかこの流れも慣れてきましたね。
クロー様も、もう少しだけ発言には気を付けた方が良いと思います。




