14_ハックの帰還(おまけ付き)
「ただいま戻りました、セーム様。」
「うむ、ご苦労だったな。」
「お疲れ様です、兄上。」
「はっ?!クロー?!」
クロー様に「兄上」と呼ばれた青年は、クロー様が居る事に驚かれました。
この方がハックさんですか。
歳の頃は成人したて、リックや護衛の三人と同じくらいですかね。
ここはセーム様の書斎。
わたくしとクロー様、リックはセーム様のお手伝いをしておりました。
そこに、ハックさんが帰って来たので、出迎えた訳です。
「え〜〜っ!!クロー様ぁ?!うわっ、本物だぁ!」
あら?
ハックさんの後ろからもう一人、女性が顔を覗かせました。
ハックさんと歳も近そうですが、クロー様とも知り合いのようです。
「えっ、チーコ?!なんでここに居るの?!」
「はっはっは!やっぱり驚いたな、クロー。黙っていて正解だったわい。」
驚くクロー様の反応に、してやったり顔のセーム様。
セーム様はこのチーコと呼ばれた女性を知っているようですわね。
「まぁ、色々と気になる事は有ろうが、まずは順番に話してゆこう。あ、リック、ナタリーに茶を頼んでくれ。」
「はいっす。」
……こういう時、セーム様から声を掛けられるのはリックなんですよね。
わたくしは一応、客人扱いとなってますので仕方ないとは思うのですが、セーム様やクロー様から気軽に声を掛けてもらえるリックが羨ましくもあります。
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「ではまず、ご報告から。」
そう言ってハックさんが話し始めます。
ハスト子爵領から定期的に仕入れをする話が纏まった事。
ハスト子爵様に気に入られ、ハスト領の中でも川の氾濫や土砂災害が度々発生する箇所、魔物が頻繁に出没する道等を見て回った事が伝えられました。
「──お恥ずかしながら、それらはほとんどが旧ホーンテップ領、つまり私の父ナグラの無策の結果でした。そのため、放置するのも心苦しく。」
クロー様のお父上は、裏で人身売買組織と繋がっていた、貴族の風上にも置けないヒトであったとお聞きしています。
そちらにかまけて領地運営は疎かになっていたのですね。
「構わん。なぁハック、前に儂が「クローの代わりとなるように努力せよ」と言ったのは、別に儂に尽くせと言う意味ではないのだ。」
「えっ?」
そんなプレッシャーを掛けてたのですかセーム様?
お人が悪い、クロー様の代替なんて、下手をしたらその重責で潰れ兼ねませんよ。
「それがこの国の、民草の為になるのなら、儂の元で働くか、ハスト家で働くかは些細な違いだ。この先、ハスト家からお前を召し抱えたいとの申し出があれば、儂は喜んでお前を送り出すぞ。」
「……っ?!」
ハックさん、言葉も無く驚いてますわね。
「お前を追い出したいからではない。その方がお前の才能を存分に発揮できるからだ。それで万が一、失態を犯してハスト家を放逐されたなら、儂がもう一度雇ってやる。安心して行くが良い。……まぁ、ハスト家が本当にそんな事を言ってきたら、の話だがな。」
主からこれ程想われていたと知れるなんて、さぞ嬉しい事でしょう。
この話、昨日も聞きましたが、セーム様の懐の広さに感服してしまいますね。
「身に余るお言葉、ありがとうございます。あちらがどう動こうとも、私なりに気になる点は多々目に付きました。その点を考えてみようと思います。幸いな事に、クローが帰って来ているので、クローにも相談してみようと思います。」
「うむ、それが良かろう。なぁ、クロー?」
「……。」
「ん?クロー、どうした?」
どうしたのでしょう?
こんな時、黙って無視される方ではないのですが……?
「ハ……。」
「は?」
「ハック兄上が長文でシャベッテルーッ?!?!」
「「はぁ?」」
クロー様がまたおかしな事をおっしゃるので、周りはポカンとしてしまいました。
「アハハハハ、分かりますよぉ、クロー様。ホーンテップ領に居た頃のハック様しか知らないと、驚きますよねぇ?」
そんな中、チーコと呼ばれる女性だけはクロー様の思いが分かるようで、爆笑してました。
「……いや、うん。私も分かるよクロー。ホーンテップ領に居た頃は、言葉さえろくに掛ける事も無かったからな。我ながら、酷い兄だったと思う。」
「あ、いえ、それはハック兄上の個性と思ってましたので、酷いとは思いませんでした。声を掛けられるにしても、面倒臭い方の兄上も居りましたし。それに比べればよっぽどマシでしたよ。」
「そ、そうか?」
面倒臭い方の兄上?
クロー様にはもう一人お兄様が居るのですか。
そう言えば、以前、生い立ちについて聞いた時に、お父様と一緒に捕まったお兄様が居るとも聞きましたので、その方の事ですかね?
「改めて頼む、クロー。私に色々教えてくれないか?」
「はい。ボクなんかがお力になれるな、いくらでも聞いて下さい。ただ、ボクとてまだ齢十三のガキです。知ってる事も限界がありますし、もしかしたら正確では無いかも知れません。それをご承知下さい。」
「ああ、分かった。」
若干、堅苦しい気もするけれど、クロー様とハックさんの兄弟仲は悪くは無さそうですわね。
「は〜い、じゃあ次はぁ、私から報告しますぅ。」
話の纏まった所で、今度はチーコさんが語り始めました。
「ご注文の遊技盤、便利グッズについては納品させていだきましたぁ。また、こちらの店舗で同じ物を販売する事も決定しましたぁ。遊技盤については、旧ホーンテップ領でそうしていたように、高級品以外は孤児院に依頼する事にいたしましたぁ。」
「うむ、ご苦労だの、チーコちゃんや。」
「いえいえ、こちらこそ販路拡大にご協力いだき感謝ですぅ。」
……あれ?セーム様まさかデレデレですかね?
まぁ、とは言え個人的感情で領の利益を左右させるような、公私混同はされない方だとは思いますが。
「……もしかして、ここにコヨリ商会の店舗ができたの?」
ここまでの話を聞いて、クロー様がチーコさんに尋ねました。
「はい。ウチもいろいろ大変なんですよぉ。ハスト家の御用商会さんと上手くやって行かなくちゃいけなくてぇ。」
「……ん?でも、旧ホーンテップ領ではこれまで通り商売できるんでしょ?」
「それがまた面倒な事になってぇ──」
──ハスト子爵様は元々ぉ、旧ハスト男爵領に居を構えておられたのですがぁ、子爵様に昇爵されるに伴い、旧ホーンテップ家の邸宅に移られたのですぅ。
問題山積してたのはそちらでしたしぃ、邸宅もホーンテップ邸の方が見栄えが良かったらしいですぅ。
あとぉ、主要な街道へのアクセスもぉ、旧ホーンテップ領の方が良いですしねぇ。
(なるほど。家を変えるなんて、普通は嫌がりそうですが、昇爵を許される程に優秀な方ともなると、合理的に判断されるものですね。)
──でぇ、それに伴ってハスト家の御用商会さんもウチのご近所に出店されたんですぅ。
あちらは領主様のお抱えですからぁ、こちらも気を遣って品目の調整をしてぇ、なんとか住み分けをしたんですぅ。
ハスト子爵様もぉ、前の領主様の御用商会であったウチを無下にはなさるような事はされませんがぁ、それでも売り上げは落ちてしまってぇ。
なのでぇ、新しい販路を開拓すべく、ローエンタール子爵様の元へ訪れたのですぅ。
ここならぁ、王都にも近くて足掛かりにもなりますしぃ、クロー様とルミさんを頼ればワンチャンあるかな、と思ったのですぅ。
幸いウチにはぁ、他の商会に無い独自の商品、便利グッズや遊技盤が有りますからぁ、こちらの商会様にはご迷惑を掛ける事にはならないと思いましてぇ。
……ただ、ルミさんが居るのにクロー様が居ないとは思いませんでしたぁ。
その分、ハック様に応対して貰えたので問題は無かったですけどぉ。
「──私としても、旧ホーンテップ領の商会と取り引きをするのに仲介となる者が欲しかったし、便の立つチーコ君はありがたかったよ。」
「お褒めに預かり光栄ですぅ。」
ハックさんにすかさず言葉を返す様子からは、二人の仲が良好な事が伺えますね。
「今の話なんすけど、もともとチーコさん家のコヨリ商会があった場所に、他の商会がやって来たんすよね?それなのに、品目の調整までしてあちらに気を遣う必要なんてあるんすか?コヨリ商会側は、ただ損をするだけじゃないっすか?」
リックが先程の話に対して質問されます。
確かにそこはわたくしも気になっていました。
領主様の御用商会とはそこまで忖度する必要のあるものなのでしょうか?
「そうですねぇ。永く商売をする上で大事なのは信頼関係なんですぅ。それは良い取り引きを続けることで培われますぅ。では良い取り引きとはぁ?父の受け売りですがぁ、一言で言うと「互いに得をする」事なんですぅ。一方だけが得をする取り引きは、絶対に永くは続かないのですよぉ。」
……っ?!
「な、なるほどぉ……!」
正直、そこまで的を射た言葉が出るとは思わなかったので驚きました。
それはリックも同じだったようです。
「それは店先で物を売るのでも、仕入れでも同じですぅ。今回の件で言えば、こちらが調整に応じる事で、あちらと領主様に恩を売る事ができますぅ。特に領主様はあちらの商会を誘致した面目が立ちますので、その分だけ信用してもらえる事が期待できますぅ。また、あちらと良い関係を続けられれば、商売でお互いに協力する事もあるかも知れませんしぃ、上手くすれば旧ハスト男爵領にこちらが出店する事も出来るかもですぅ。」
チーコさんは澱みなく、にこやかに事情を語ってくれます。
この娘、良いですわね……。
セーム様が気に入るのも分かる気がします。
外見も可愛く、話し方も緩そうなのに、商人としての信念はしっかりしている。
良い意味でギャップになってます。
それに、物怖じしない所はスノウノに、わたくしの知らない商売人としての道理を説いてくれる所はフラウノに似ている気がします。
気付いたらわたくしも、すっかりチーコさんが気に入ってしまっていました。
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「はっ?!なんだか泥棒猫の気配を感じるニャッ!」
「……急に何を言ってるんだ、スノウノ?ちゃんと手も動かせよー。」
「ニャぅ……。」
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「……なんだか、私のアイデンティティが侵されている気がします。」
「えっと……。急にどうしました、フラウノさん?」
「あ、いえ。なんとなく……。」




