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12_その夜

「ではまず、お越しいただいてありがとうございます。」

「あ、いえ……。」

「どうも……。」

ルミの挨拶にセレナとヴェロニカが応える。


ここはローエンタール子爵の私邸の一室、ルミの部屋だ。

セームを訪ねた一行は、その日そのまま夕食までセームと同席した。

そしてその後、ヴェロニカとセレナだげがルミの私室に呼び出されたのであった。

女同士の話し合いである、クローには聞かれたくない事もあるかもと、二人はクローが隠れて会話を聞く事は断り、完全に三人だけの話し合いとなっている。


「──始めに確認いたしますが、お二人はクロー様と正式に交際している、という事で間違いないですか?」

「はい、間違いないです。」

「……違いない。」

ルミの問いに、セレナとヴェロニカが答える。

こういった会話の時、物怖じしないのはどちらかと言うとセレナの方であった。

「……それは、それぞれ別に申し出があったのですか?それが露見した結果、今の状況になった、という?」

「いえ、二人同時に、三人でいる場面で交際を申し込まれました。」

「……えと、それはまた珍妙な告白をしたものですね、クロー様は。」

セレナの答えにルミは目を見開き、彼女にしては珍しく表情がでてしまった。


「前提として、私達二人が先に好意を伝えていました。そして、どちらかを選ぶか考えてもらったのです。その結果、どちらかを選ぶなんて出来ない、という事でそうなりました。」

「……私も正直、恋愛には疎いのですが、いくら好意を向ける相手であっても、そんな事を言われたら普通は冷めてしまったりするのではないでしょうか?」

セレナの説明に、ルミがもっともな質問を返す。

「そうかも知れません。ですが私達の場合は、我々二人がそもそも仲が良かったのと、お互いに負い目があったので、そこまで気になりませんでしたね。」

「負い目、とは?」

「私の場合、そもそもクロー君がヴェロニカさんが好みだと言っていたのを聞いていたので、私は選ばれないものと思ってたんです。それが覆されたので、良かったと安心しちゃいました。ヴェロニカさんは──」

「ワタシの場合、家系的に訳アリで迷惑を掛けてしまう事がある。それを知った上でなお付き合いたいと言われたものだから、それならばと。」

セレナが言葉を区切ると、息ぴったりにヴェロニカが後を継いだ。

「その訳アリとは、クロー様には全て隠さず話しているのですか?」

「ああ、誓って仲間の事は騙してないし、隠し事もしていない。」

それまで、やや伏し目がちに話していたヴェロニカだが、このセリフだけはしっかり顔を上げ、ルミの目を見据えて語るのだった。


「……分りました。信じましょう。お二人とも他意あってクロー様に取り入ろうとしてるのではないと。色々と質問してしまって申し訳ありませんでした。」

「いえ、なんと言うか……、もっと厳しく問い詰められるものと思っていたのですが、意外に落ち着かれてたので安心したくらいです。」

「ひょっとして、ワタシ達が悪意でクローに近付いたのではないかと心配しての事だったのか?」

「そうです。考えてみてください。僭越ながら母親代わりと思って、もしくは弟の様にと思って、生まれた時から見守って来た方が、年端もゆかぬうちに、見ず知らずの年上と思しき異性を二人も交際相手として連れて来たのですよ?心配になるのが当然かと思うのですが?」

「「確かに……。」」

ルミ視点で語られた状況に、二人は納得する。

「しかし、お二人とも澱みなくクロー様への思いをお答えいただきました。何より、クロー様御本人がお二人を好いているのでしたら、これ以上私が申す事はありません。クロー様の事、お願いいたします。」

そう言ってルミは、二人に深く頭を下げるのだった。


「……先程、「息子か弟のように」見守って来たとおっしゃいましたが。」

しばしの沈黙の後、セレナが言葉を発する。

「……?はい。」

「本当にそれだけですか?我々はクロー君から、「ルミさん」の事を色々聞いていますよ?」

「……っ?!」

「「……。」」

セレナの言葉に表情は変えず、目だけ見開いて反応するルミを、二人は黙って見つめている。

「……そうですね。白状しますが、この屋敷に来たばかりの頃は、クロー様を一人の異性としてもお慕いしておりました。」

ルミの独白に、ヴェロニカとセレナはピクッと揺らし反応した。

「ですが、クロー様はご実家に居た頃から、私の事を好きとは言ってくれましたが、クロー様から手を出そうとはされませんでした。だから、クロー様にとっての私は、母親か姉のようなメイド、でしかないのだと思っていたのです。」

「私が出会ったばかりの頃、クロー君は「女性として一番好きなのはルミ」さんだと言っていました。ですが、そうですね……、若さゆえの純粋さというか、潔癖さから、使用人に手を出す事に忌避感があったのではないでしょうか?」

「今思えば、そうかも知れません。結局、私はもう一人好きな方が出来て、その方の伴侶となりました。けれど、クロー様を大事に思う気持ちは変わりません。」

「そうですか……。」

ルミの話を聞いて、セレナもそれ以上の言葉は思い浮かばず、三人の間にしばし沈黙が訪れた。


「……なんだかすまない。ここに来る前は、何か文句を言われるものかと構えてしまっていた。だが本当に、ただクローを心配しての事だったのだな。考えたら、2対1では呼び出したルミさんの方が、内心プレッシャーだったろうに。」

沈黙を破ったのはヴェロニカだった。

彼女はそう言ってルミを慮った。

「それは……、まあ、そうですね。でも本音を言えば、クロー様の恋人という女性に嫉妬する気持ちもありました。おかしなものです、これ以上ない最高の伴侶に巡り会えて、その子をもうすぐ産むというのに、違う人の恋人に嫉妬するなんて……。」

ルミはやや自嘲気味に答えた。

「女性は縄張りに部外者が侵入する事を本能的に嫌うそうです。」

「えっ?」

思いもよらないセレナの返しに、ルミはハッとして顔を上げた。

「例えば息子に嫁が出来た際に、その嫁を本能的に部外者として嫌い、敵認定してしまう。嫁姑問題が起きるのはそれが大きな原因の一つと言われているそうですよ。」

「はぁ……。」

「セレナ、お前よくそんな事を知ってるな?」

言葉を掛けられたルミは、どう応じたものか分からず、生返事を返してしまった。

その横からヴェロニカが、半ば関心したような、半ば呆れたような口調でセレナに問い掛ける。

「あはは、教会の司祭は完全に男女別の生活なものだから、皆、異性を気にぜず大っぴらに色恋話や噂話をしてるんです。それに、懺悔室で聞く話でも、嫁姑問題に悩む方は本当に多いんですよ。だから私もすっかり耳年増になってしまって。」

「へぇ。」

「まぁそんな訳で、ルミさんの嫉妬という感情も、クロー君という家族の様なヒトに、自分の知らない部外者が関わって来たせいで湧き上がって来たものだと思います。それは他人と比べて特別劣っているとか言う類のものではありません。ごくごく自然な心の動きなのですよ。」

「むしろ、そんな感情がありつつ、ちゃんとワタシ達と会話しようとしてくれるなんて、優しい方だと思うな。普通なら距離を取ったり、敵対しようとするだろうに。」

「そう、でしょうか……?」

二人から予想外に諭され、ルミは戸惑ってしまう。

「うん。そういった所はクローとそっくりだと思う。クローもよく「話そう」と言ってくれるしな。ワタシは口下手だから、そういうのが有り難いんだ。」

「……っ?!それは思わぬ効果ですね。私のはクロー様がよくそうされていたのを倣っているだけなのです。でも、それがクロー様と縁ある証ととられるのは嬉しいですね。」

だが、クローに似ていると言われると、もちろん嬉しくなってしまうルミであった。


「私も正直怖かったんです、ルミさんにお会いするのが。でも、一目見て分りました。ヴェロニカさんとよく似たヒトなんだな、と。きっと、クロー君がヴェロニカさんの事を「好みだ」と言うのは、母親代わりのルミさんに似ているのが理由の一つだと思いますよ。」

「……そんなに似ているか?ルミさんの方が、よほどしっかりしているように見えるが?」

セレナの言葉にヴェロニカが反応する。

その口調は、もう普段の二人の会話に戻っていた。

「しっかり、という面ではそうですね。」

「おい。」

「ふふ、でも根が真面目で、自分に厳しく、ちょっと頭の硬そうな所まで似てると思いますよ?」

「こら、それはルミさんにも失礼だろうが。」


「ふふっ。」

二人の会話の合間に、ルミの発した声が挟まった。


「「……っ?!」」

(ルミさんが笑った?!)

思わぬ事態に、二人とも驚き、ルミを凝視してしまう。

「あっ、失礼しました。二人の仲良さそうな遣り取りが楽しくて、つい。」

「いえ、失礼なんて事ありません。」

「そうだ。我々はもっとルミさんと話したいと思ってる。……出来ればクローの昔の話なんかも聞きたい。」

フォローを入れる二人だが、ヴェロニカの口からはついつい願望が漏れ出てしまった。

「良いですとも。その代わり、旅の間のクロー様の話も聞かせてくださいね。」

「はい、もちろん!最近だと、カダー王国に入ってから、ずっと女装していた話とかありますよ。」

「ほぅ?ちょっと詳しく……。」


気付けば三人は顔突き合うほどに距離を縮め、お喋りに興じるのだった。


**********


同時刻、クローとリックの客室。


「へ〜〜っくしょんっ!!」

「っ?!大丈夫っすか、クロー?」

「いや、なんか急に鼻がムズムズして……。悪寒もするような気がする。」

「風邪っすかね?」

「いや、どちらかと言うと嫌な予感の方かな……。」


この時クローは、よもやローエンタール子爵邸でも女装をするハメになる事など、知る由もなかった。

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