10_お土産(前編)
「お帰りなさいませ、クロー様。」
「ルミィッ?!?!」
ローエンタール家の入口でメイドの一人に挨拶されたクローは、素頓狂な声を上げた。
そのクローの声に、隣に居たワタシもセレナも驚いてしまった。
ちなみに、クローは後ろで髪を結び、服装も普段のものを着ている。
ワタシはヴェロニカ。
先触れとして行かせたリックから、「来てくれ」という合図を貰い、ローエンタール子爵様の屋敷まで皆で来た所だ。
しかし……、ルミ?
このヒトが話に聞くルミさんか。
しかしそのお腹は……、恰幅が良い訳ではないよな?
「…………えっ、ルミ?そ、そのお腹は、まさか?!」
「……はい。年明け一月後が出産予定日です。」
そう言いつつルミさは、膨らんだお腹を軽く撫でた。
おお、あと二月も無いのか、それでは目立って当然だな。
「……。」
ん?
何故かクローは黙り込み、小刻みに体を震わせている。
……どうした?
「……おめでとうっ、ルミ!!そうだっ、ルミにもお土産を──」
「これっ、クロー!屋敷の主への挨拶が先だろう?……気持ちは分かるけど、順序は守りな。」
ああ、クローは喜んでいただけか。
そして、そんなクローを諌めた女性は本当に恰幅が良いな。
「あっ、ごめんなさい。ナタリーさんも、ただいま。」
「はい、おかえりクロー。……セーム様、首を長くしてお待ちだから、とっとと行った行った。」
このヒトがナタリーさんか、どこかで聞いたな。
確か……、そう、プフィルさんと会った時だな。
……確かに、恰幅が良くて姉御肌な所がそっくりだ。
まぁ、流石にドワーフと人族では、顔の造形までは似ないか。
チラッ
ワタシはティアナ達の方を盗み見る。
……お〜、三人とも急に背筋を伸ばしたな。
いや、ティアナの姿勢が良いのはいつもの事か。
でも、表情は強張って緊張しているな。
そんなにプフィルさんに怖いイメージがあるのだろうか?
あちらも世話焼き好きで気の良い女性に思えたのだけど。
ともあれ、ワタシ達はナタリーさんに促されるまま、子爵殿と会う部屋へ向かった。
***********
「おおっ、クロー!まずは元気そうで何よりだ。」
「お久しぶりです、セーム様。セーム様も屋敷の皆も元気そうで。」
「ああ、よいよい。堅苦しい挨拶など不要だ。まず、お前の仲間を紹介してくれ。」
我々が待つ部屋に入って来た子爵殿は、機嫌良さげにクローと会話した。
裕福な人族の年配の者によく見られる身体のたるみも無く、精悍ささえ感じる体つきをしている。
案内された部屋は大部屋ではなく、椅子と膝位までの高さの机がある小さめの部屋であった。
机の対面にセーム殿は腰掛け、我々はその正面に前後二列になって腰掛ける。
クローだけは、机の横の短い面に座っている。
席順はクローに指定されたので、それに従っている。
「それではまず前列、セーム様に向かって左奥から剣士のティアナさん、司祭のセレナさん、魔術師でエルフのヴェロニカさんです。続いて後列奥が剣士で猫獣人のスノウノさん、同じく剣士のフラウノさん、そして先触れをしてもらったポーターのリックです。」
「ふむ。」
クローは話を一旦区切り、セーム殿のリアクションを待って続けた。
「こちらがローエンタール子爵位のセーム様。元伯爵様なのだけれど、そちらは御子息に譲って、今はカダー王国東部を占める派閥の領袖をされている。カダー王国における重要人物を上から指折り数えた場合、十本の指の中には収まるほどの御方だよ。」
……驚いた。
気安い感じの方に思えたが、アプリコット公爵様並に国の要人ではないか?!
「はっはっは、持ち上げすぎだ、クロー。なに、親の役目をそのまま引き継いだだけのことよ。他にやりたい者が居ればいつでも譲るのだがな。まぁ、今は楽隠居しているような身だから、暇潰しには丁度良いお役目だと思っておるよ。」
暇潰しとは……、それで良いのか、派閥の領袖殿よ?
「少なくとも、そんな立場だから自分は偉い、などとは儂は思ってはおらぬよ。だから皆、気安く呼んでくれて良いぞ。クローが世話になっとるお仲間なのだからな。」
「お気遣いいただき、ありがとうございます。……そして、セーム様の後ろに控えているのが、カイルさん。セーム様の付き人で、国内屈指の実力の剣士でもある。」
カイル殿、その名も聞いた事があるな。
確か、先程のルミさんの伴侶でもあったはずだ。
……それにしても、体躯が凄い!
体も大きく、全身余すとこなく筋肉に覆われているようだ。
間違いなく一流の剣士の体つきをしている。
その後、メイド長のナタリーさんとルミさんを紹介された。
「この場に居るヒトは以上かな。ではさっそくお土産をお渡ししたいのですが、良いですか?」
「んっ、良いぞ。ちゃんと皆の分あるのだろうな?」
「もちろんです。まず、セーム様にはトレント材のペンと押印を造る素材を、あとリプロノで買ったお酒です。」
「おお、ありがとう。トレント材の押印とは洒落てるな。明日にでも工房に依頼しよう。酒の方も楽しみだ。」
セーム殿、満面の笑みだな。
それほどクローに目を掛けてるという表れだろうか。
「カイルさんにはトレント材の籠手です。」
「ほぅ……。」
コンコンッ
「──硬いな、革製の物より丈夫そうだ。何より軽い。これは良いな、ありがとう。」
カイル殿も土産を気に入ったようだ。
しきりに触感を確かめている。
「ナタリーさんには髪留めと、「北の山脈」の麓で買った布と香辛料です。悪くはなってない筈ですよ。」
「へぇ!ありがとう。こんな気の利いた物、馬鹿息子達には貰った事ないよ。香辛料については、使い方を後で教えておくれ。」
「はい。もちろん。」
ナタリーさんに渡した布は、地方色の出た柄となっており、こちらでは珍しいだろう。
シャクローで土産を探していたクローに薦めた甲斐があったな。
「そしてルミにだけど……、ヴェロニカさん。」
「ん、分かった。」
クローの合図で、ワタシは『アイテムボックス』からまず包みと小箱を取り出し、机に置いた。
これは、この屋敷に来る前にクローから預かった物だ。
クローは自身が魔術師である事を、ここでは公にしたくないらしい。
セシル殿、というか彼の主人である副宰相様に、クローの過去の事がバレてるようだし、これ以上深掘りされる要素を増やしたくないのだとか。
あと、また何処かへと行こうとする時に、引き留めが激しくなりそうという理由もあった。
「ほぅ、『収納』か?!」
セーム殿が目ざとく反応する。
それとコレはちょっと違うモノなのだが、魔術の知識が無い者にとっては同じ事か、敢えて指摘するような事はしない。
「この包みの中身は「アーク・ボア」というAクラス推奨の魔物の齒です。」
「えっ?!これ、入れ物とかでなく、齒そのものを包んであったのですか?!私の頭より大きいじゃないですか!」
説明を聞いたルミさんが驚きの声を上げた。
うん、驚くよな。
頭どころか、ルミさんの胴回りより明らかに太いからなあ。
「で、こっちの箱の中身は、Cクラス推奨の魔物「ピーカ・ベアー」の魔石です。」
「……はぁ、綺麗な石ですねぇ。」
ん、反応が薄いな。
魔石は、魔物が魔術を使用する際の核になる器官と考えられている。
魔物と呼ばれる存在の体内には必ず魔石が存在する。
「ピーカ・ベアー」は体表を保護色に変えて擬態する魔物だ。
そのせいか、その魔石も見方によって七色に変化する色合いで、宝飾品としての価値もあるのだ。
……ルミさんはあまり宝飾品には興味無いのだろうか?
かく言うワタシも宝飾品としてはあまり興味は無いが、魔石としての価値はそれなりに分かっているつもりだ。
「あは、やっぱりあまり興味ないかな。まぁ、価値がある物とだけ分かってくれたら良いよ。そして最後に……。」
そう言ってクローが再び合図を出した。
ワタシはそれを見て、最後の品を取り出す。
よっと──
「──っ?!……木、ですか?」
ワタシの出したものを見て、ルミさんが反応する。
うん、木だ。
正確には太めの枝から先なのだが。
「……待ってくれ、まさかコレ。」
お、カイル殿は気付いたか。
身を乗り出してまじまじと見ている。
「はい、トレントの枝でも太めの物です。鑑賞用に置いておくも良し。売り飛ばしてもそれなりの値が付きますよ。」
そう、トレントの枝だ。
シャクローの町で聞いたが、いざという際にうりとばせる飾りとして、トレントの枝を飾っておく者も居るそうなのだ。
「待て待て待て待てっ!どれも貴族の家の家宝になっていてもおかしくない品じゃないか?!いったいどれほどの値が付くと思っているのだ?!」
あ、セーム殿が叫んだ。
気持ちは分かる、いくら大事なヒトへのお土産にしてもやり過ぎだよなぁ。
「えっと……、フラウノさん分かります?」
「えっ?!……ええと、三つ合わせて金貨二十枚は下らないかと。」
クロー自身もあまり価値は分かってなかったらしく、商家の出のフラウノに聞いた。
おそらく、「珍しい物」程度の認識だったのだろう。
「にじゅ……、そんな高価な物を私室に置いておくのですか、私?!」
ほら、ルミさんも取り乱してしまったではないか。
「……まぁ、そこはルミから儂が借りる形で、この屋敷のエントランスにでも飾る事にでもしよう。しかしなクロー、屋敷の主への土産より豪華な品を、主の目前で使用人に渡すのは関心せんぞ?」
それはそうだろう。
本気で腹を立てている訳ではないだろうが、一言釘を刺しておきたくもなる気持ちも分かる。
「何を言っているのですか。形あるお土産は確かにルミの方が豪華かもしれませんが、セーム様にはそれ以外にもたくさん、情報というお土産を持ち帰って来てるんですよ?」
「……ほぅ、それは興味深いな。お前がそこまで言うなら、大層な情報なのだろうな?こう見えて儂も、それなりに耳は早いつもりだ。そんな儂を驚かせる話なのだろうな?」
セーム様が意地悪そう顔でニヤリと笑う。
……ハードルを上げてるつもりなのだろうが、多分、そのハードルは超えそうだと思うんだよなぁ。
「はい。えぇと……、まずはリプロノ王国第三者王女のリグレット・レーヴェハーツ様とお会いして来ました。」
「はあぁぁぁぁぁぁあっ?!噂の獅子王女だと?どうやって会ってきたのだ、社交場にもまだ出て来ない、リプロノ王家の秘蔵っ子だぞ?!」
あ、一つ目の情報であっさり驚いたな。
これで驚かれるとなると、この先やや心配だ。




