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UN:KNOWN 2  作者: エイト
3/5

全身、前進

 顔は猿。胴体は狸。背には大きな鷹の羽。2本の大きな前足は虎。後ろには前足より少し小さいがほぼ同じ大きさの犬の足が外側に2本。さらにそれらに包まれるように内側にも2本。合計足は6本。そして、尻尾は猫のものが2本。根っこの方で繋がるように生えていた。全長は2メートル。鵺のようであり、鵺ではない。雷獣のようであり、雷獣ではない。どっちも正しそうだが、正しくない。

 そんななにもかもがでたらめで存在そのものが矛盾だらけのような不完全な怪物が二人の前に降り立った。

 茜にビースト・フォームへと変化する時間を与えてしまったことに対する後悔よりも目の前に降り立ったわけのわからない生き物にたいする恐怖よりも二人が先に感じたのはとにかく自分の身を守るという無意識からの防衛本能と逃避だったのだが、その生物から感じられるなみなみならぬ威圧感から後者の方は叶わなかった。

 鉄の女性は無意識に身体を鉄へと変化させながらその怪物から目をそらすことはなく、その怪物の後ろ脚が少し下がったところまでは目でも追いついた。だが、次の瞬間、気づけば壁を背に身体には強烈な圧力がかかっていた。

 怪物の前足は鉄の女性の上半身を抑えつけるような格好になっており、その猿のような顔が鉄へと変化した首へと噛みついていた。いままでに感じたことすらない力。もし、鉄へと身体を変化させていなければ一瞬でかみちぎられていただろうというのが容易に想像できる。

「あああああああああああああっ!」

 さらに力が加わる。だんだんと感覚が失われていく。女性は初めて死というものに真正面から向かい合った気がした。次に感じたのは死に対する自分の無力だった。圧倒的な力を前にした人間は大抵、たとえそれが自らの命の危機に関することであったとしても知らず知らずの内に全身から力が抜けていき諦めが思考を支配するものであり、まさに鉄の女性がその状態だった。もはや抵抗する気力も体力もなく目の前の怪物のなすがままだった。 痛い。だが、不思議と抵抗はできない。まるで、これが運命であるかのように……運命なんて女性はこれっぽっちも信じてはいなかったし、そんなものは自分でどうにかするものだと考えてきたのであるが、そんな女性の信条は圧倒的で絶対的な力の前で脆くも崩れ去ったのだ。運命ならば、受け入れる。そう考えた時だった。

 それまで身体にかかっていた圧力が一気に消えた。そして、何かが壊れる大きな音。気づけば、女性はへたりと力なく床に膝をついていた。

 「大丈夫ですか?」

 緊張した声が聞こえる。見上げるとそこには美香が立っていた。その視線は前方を見据えたままだ。

 「わ、わたしは……」

 鉄の女性は自分の掌を見る。そして、握る。自分が生きているかどうかわからなかったのだ。だから、自分を感じるために手を握った。これは自分の手だ。自分の意志で動く。極度の緊張から解かれた女性は一気に疲労感に襲われる。さきほどまでのあの感覚がだんだんと遠ざかっていく。

 「くっそ、あのやろう」

 女性は脚に力を入れ、立つ。

 だが、彼女の意志と無関係に脚は全く動いていなかった。

 「あ、あれ? どうして?」

 女性は脚を見る。自分の足のはずなのに……思い通りに動かない。まるで、床にはりつけられたように、床と同化しているように動かない。もう一度、女性が脚に力を入れ、立ちあがろうとした時、突然の眩暈が彼女を襲った。先ほどのショックから彼女は心身ともに立ち直っていなかったのだ。

 一方、美香は駅の改札口へと吹っ飛ばした怪物、茜と対峙していた。鉄の女性が殺されそうになるのを見てつい感情的に、全身全霊の力を込めた蹴りを茜の横っ腹にブチ込んだのだが、心配などいらなかった。怪物となった茜はまるで無傷だった。怪物の脚に視線を集中する。先ほどもそうだったのだが、武の能力者である美香の身体能力は格段に上がっているため何もわからず駅構内にまで吹き飛ばされた鉄の女とは違い、茜の動きが多少は見えていたのだ。ただ、今の茜の速度ははるかにそれを越えているため、なるべく早いうちに茜の行動を予測する必要があった。下手をすれば、どうくるかはわかっていても知らないうちに殺されている恐れがあるのだ。

茜の後ろ脚が軽く折り曲げられる。

来る。美香はそう思った。だが、この時脚にばかり気をとられていた美香は見落としていた。茜が猿の口を大きく開いたのを。だが、それでも美香が猿の口から放たれる赤い玉を避けることができたのは、やはりそれを発射するまでのタイムロスだっただろう。美香は視界の端にある奇妙な赤い玉に気づき、気づくと同時にほぼ反射的にそれが何かも確認せずに横に飛んでいた。もし、美香がそれがなんであるのかを確認してから飛んだのであれば、確実に命を奪われていたであろう。美香が乱暴に床に着地すると同時に背後から凄まじい爆音と爆風、さらにガラスの割れる音がする。何が起こったのか反射的に美香は振り返ろうとするが、正面から聞こえた奇妙なこの世のものとは到底思えない鳴き声が耳に届いたため、振り返らず、飛びかかる茜に応戦することができた。茜は太い前足で美香の顔面を狙う。対して、美香は相当の危機が迫る、一瞬の判断ミスが命取りであるはずのこの場においても冷静だった。いや、一瞬の判断ミスが命取りになることを十分にわかっているからこそ冷静だった。美香は着地した姿勢、両手両足を床についた姿勢から脚だけを天井に向けるとそこから腕の力だけで飛び、茜の攻撃を避ける。そして、そのまま茜の背中へと着地した。

 そこからは空中戦になった。背後に美香が乗ったのを感じた茜は一気に上昇し天井にあった天窓を突き破ると空高く跳び上がった。回転を加えて上昇していく力に耐えられなかったのではなく、自ら美香は手を離した。落下。地上から数十メートルの高さから命綱もなしに美香は落下することを選んだのだ。ただし、根負けした上の無策ではなくキチンと計算しての落下だ。おそらく、茜は追い打ちをかけてくるであろうという計算。そして、それは当たる。美香は茜が落ちたのを確認すると、真横から猿の口を大きくあけて突進してくる。おそらく、首に噛みつくであろう。逆さに落下しながら美香はタイミングを計る。

 今だ!

 美香は茜の首めがけて突進してくる茜の前足を左手で掴むとそこを軸に茜の顎にひざ蹴り。さらにひるんだ茜に追い打ちをかける。

この時、美香は何故、これほどまでに茜の動きに自分の目がついていくのかを深く考えることはなかったし、またそんなことを考えている時間的、精神的余裕もなかったので代わって解説しておくと、それは茜がビースト・フォームになったことと深く関係があった。

 ビースト・フォームとはつまり理性を捨てた姿で、茜がこれまでやってきた身体の一部を猫に変えるような理性の下に制御した姿とは対立する位置にある。そして、ビースト・フォームになると理性の下で制御していた能力とは比べ物にならないほどの能力を得られることができるのであるが、同時にその能力の維持にはかなりの精神力が掛かる。つまり、茜の精神力は限界にきていたのだ。そのため、茜の動きは最初の頃と比べると格段に鈍くなっていたのである。それは先ほど、たいして広くもない駅構内で茜が美香の顔面めがけて飛びかかったのを美香が避けられたところからも推測できる。

 美香の連打を浴びた茜はついに精神力の限界が来たのだろう、ビースト・フォームから元の姿へと戻った。美香は同時に攻撃の手を休める。そして、茜の手をつかむと、公園の木に向かって放り投げた。

 ガササと音がして、茜は地面に落下。どうやら、計算通り、落下の衝撃は軽くてすんだようだ。美香は脚に力を入れ、着地。茜はピクリとも動かない。どうやら、意識を失っているのだろう。

 美香は茜のことは後回しに、駅構内へと向かう。中では鉄の女性が、上半身だけ鉄の能力を解除して床に胡坐をかいて座っていた。美香が駆け寄ると声をかける。

「あーあ。アンタ、やるなあ。わたしがでしゃばる必要なかったかもな。で、あいつ、あの様子じゃあ、殺してないんだろ?」

 と揶揄するような口調で言う。

「はい。たぶん、気絶してると思います」

 美香は毅然とした態度で、真っ向から立ち向かうように答える。

「じゃあ、アンタには無理だろうし……わたしが殺しとくよ」

 と立ち上がり、

「おつかれさん。もう、帰りな」

とすれ違いざまに美香に声をかける。

「待ってください」

 美香は振り返る。

「殺さないでください。お願いします」

振り向いた鉄の女の目を見据える。

「それは無理だろ。あいつの思想は危ないからな。自分の世界が全てだと思っていやがる。世の中を全て思い通りにできると思っている。他人のことなんざ、これっぽっちも考えてない。そういう奴にこそ……そういう奴にこそ、こんな力はふさわしいのかもしれないが、だが、そういう奴に対抗するために他にもこんな力があるんじゃないかとも思う」

「それは、わかります。でも、彼女はまだ知らないだけです。わかってくれると思います」

「わかるまでに、また、何人犠牲がでるかもわからない。ならば、ここで殺すのが道理だ。わたしが――」

 爆音。そして、衝撃が二人を襲った。

 咄嗟に身を伏せた二人が目を開けると、二人の目に飛び込んできたのは最悪の光景だった。

 駅の中にいたはずなのに――二人の視界には曇り空がしっかりと確認できる。辺りはコンクリートが散らばっている。まるで、地震で建物が崩れたような感じさえするが、だが、不自然にも崩れたのは駅の前半分だけ。まるでえぐりとられたかのように不自然に。自然現象ではないように不自然に。

 二人はただならぬ気配を感じた。そして、見た。自分たちの延長線上にある人影を。

 おそらく、あれの仕業だ。

 二人は一瞬で理解した。

 目の前にいるそれは人でも獣でもない、なにかだった。


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